100年に1度の出来事が毎年起こる世界に生きている
2020年から2021年にかけて、世界中で新型コロナウイルスが猛威を振るい、私たちの日常生活や社会・経済活動に大きなダメージを与え、その影響は今も続いている。今まで一般的でなかった“パンデミック”という言葉が、日常的に使用されるようになった。世界規模のパンデミックは1918~1920年のスペイン風邪以来ということであるから、まさに100年に1度の緊急事態だと言える。
私たちが思い起こす近年の大きな出来事としては、東日本大震災とそれに伴う福島第一原発事故、リーマン・ショック、それに連鎖した世界金融危機などが挙げられるだろう。産業界においては、第三次産業革命とも呼ばれるIT革新や、自動車の常識を覆すCASE※がある。いずれも100年に1度と表現されるような、大きな変化やインパクトである。
テレビや新聞などで比喩的にも使用される「100年に1度」が、なぜ数年に1度程度の頻度で多発するのか。
視点は2つある。1つは、単純に分野が異なるためである。世の中は、社会、経済、政治、科学、産業など多数の分野で構成されている。研究や知見が深まるに従い、それらのカテゴリーが細分化されたり、拡大したりしながら多様化していく。多様化した各分野において100年に1度の出来事が起きれば、毎年のようにそれを体験しているような感覚になる。
経済の視点で見ると、国が定める産業分類は中分類でも99種ある。例えば、自動車製造業は中分類「輸送用機械器具製造」の中の小分類の1つ、「自動車・同付属品製造業」に過ぎない。このことからも、自動車業界全体で見た場合、先ほどのCASEのような革新が多発する理由がお分かりいただけるだろう。
そして、もう1つの要因がボーダレス化である。ボーダレス化は、文字通り「境界がない」ことを意味する。ITの急速な進化が主導する形で、世界からあらゆるボーダーが消失してきている。国境、製造業と小売業といったサプライチェーン区分、販売者と消費者の情報差など、マクロ・ミクロを問わず、ボーダレス化が進んでいる。
これによって、地球の裏側で起きた金融危機が世界経済を揺るがしたり、遠い国の不況が自国の失業率を上げたりすることになる。当初はほとんど無関係だったITが小売業や出版業界などを窮地に追い込み、自動車業界の変革にも多大な影響を与えている。
つまり、分野分類の多様化が進む一方、ボーダレス化が進んでいるため、遠くの世界や分野の変革が自分の領域にも影響を与える可能性が高くなっている。多様化とボーダレス化がシナジー効果を発揮しながら、さまざまな分野で「100年に1度」を多発化・加速化させていると言える。
そして今、予測不能な変化の激しさは「VUCA」という言葉でよく表現されている。VUCAはVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という4つの言葉の頭文字で構成されているキーワードだ。
ただ歴史を振り返れば、現代だけがVUCAというわけではなく、激動激変の時代は数多くあった。現在は、ボーダレス化によって、今までは一般には分からなかったさまざまな事象が可視化されることで多様なVUCAを知覚・体感するようになり、そのスピードも加速している。つまり、「VUCA加速化の時代」という捉え方がより適切であろう。
「ダボス会議」として知られる「世界経済フォーラム」において、世界的に著名な有識者が毎年「グローバルリスクトップ10」を発表する。そのリストを2019年以前へ10年程度さかのぼってみても、上位は、異常気象、気候変動、自然災害、戦争・紛争、水資源枯渇などで、パンデミックという言葉は出てこない。今回のコロナウイルスの世界的流行によって初めてパンデミックが上位にランクインされている。つまり、当然のことながら、専門家や有識者といえども、誰にも未来のことは予見できないということだ。100年に1度の変革が多発し、VUCAが加速化する時代に、私たちは生きている。
※Connected(コネクティッド)、Autonomous/Automated(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)の頭文字を取った次世代の自動車像を表す造語
激変する世界の中でより際立つ不変の価値観、理念とビジョン
企業を形作る組織は、経営のバックボーンシステムという体系によって機能的に運営されていく。理念を最上流に位置付け、未来のビジョン、それを実現させる長期ロードマップ、中期経営計画という形で構成される。そして、その中期経営計画に即して落とし込まれたものが年度方針、年度計画となる。
企業は創業者の意思によって生まれ、その設立の趣旨や目的は理念として明文化される。理念は根源的な存在意義であり、企業哲学であり、半永久的に変わらないもの(Eternal)である。そこを原点・出発点として、自社の進むべき未来を指し示したものが長期ビジョンである。
10年以上先を見据えた未来への指針は環境変化によって、安易に揺らぐものであってはならない。さまざまな変化や逆境があったとしても揺るがない企業として、その未来に向かう確固たる意思(Solid)を込めたものこそが長期ビジョンとしてふさわしい。
その半面、長期ビジョンを実現させる企業としての論理的な中期経営計画は、環境変化に応じて柔軟に(Flexible)変化させなければならない。つまり、不変の(Eternal)理念、確固たる(Solid)長期ビジョン、柔軟な(Flexible)中期経営計画という意思と構成が重要となる。時間軸としては、理念が半永久、長期ビジョンが10~20年、中期経営計画が3~5年が目安となる。
当社のクライアントで、未来の予見が困難であるため、創業50年以上の業歴の中で今まで中期経営計画を立案したことがなかったメーカーがあった。事業承継のタイミングで、新社長のもと長期ビジョンと中期経営計画を初めて策定し、全社に発信したものの、その直後にコロナショックが起こり、発信した中期経営計画を見直さなければならなかった。
しかし、その社長は「このタイミングで初めてビジョンと中期経営計画を打ち立て、全社員に発信できたことがとても良かった」と言っていた。理由は、全社で進むべき未来の方向性をビジョンとして明示していたため、100年に1度のパンデミックで社会経済が混乱する中、現在の中期経営計画推進が後ろ倒しになったり、足元の施策を変更したりすることがあっても、社内でのベクトル統一が図られていたおかげで組織的な混乱はなく、業績へのインパクトも軽微なもので済んだためである。まさに、意思としての確固たる(Solid)ビジョンが組織と社員に安定感をもたらし、中期経営計画を柔軟(Flexible)にアップデートできた素晴らしい事例である。
「未来は予測できないため、中長期計画は策定しても意味がない」という理由で取り組まない企業は多く、一理あるように思える。しかし、企業の使命は未来予測ではなく、未来のおいてどのような姿でありたいか、理念に基づく使命は何かという意思が本質である。中期経営計画のない年度方針、年度計画は、「昨対何%」という積み上げの思考から脱することが難しい。そうすると、投資判断や戦略施策も近視眼的になりやすい。
また、長期ビジョンに準拠しない中期経営計画は、柔軟に修正や変更を加えるたびに、当初の長期的な目的から外れてしまい、柔軟を通り越して、場当たり的になりがちである。そうすると、社員の目線も目先の数値目標の達成だけに注がれ、その目標達成の目的や中長期的な戦略意識などを見失っていく。その目標達成の先にあるものの共有があるからこそ、エンゲージメントも生まれる。ビジョンやエンゲージメントがなければ、単にノルマという受動的でネガティブなものの域を脱しない。
永久的(Eternal)な理念を原点・出発点として、10年程度先の未来を確固たる(Solid)意思で長期ビジョンとして明文化し、3年の中期経営計画であれば3回転で、5年の中期経営計画であれば2回転で、そのビジョンを実現可能なものとして柔軟(Flexible)かつ論理的に策定していく。これがESFアプローチである。
【図表1】ESFアプローチ
出所:タナベ経営作成
長期ビジョンと中期経営計画策定のメソッド
長期ビジョン策定メソッド
長期ビジョンと中期経営計画の策定方法について解説したい(【図表2】)。まずは未来への方向を示す長期ビジョンについて見ていこう。
【図表2】長期ビジョン×中期経営計画策定
出所:タナベ経営作成
長期ビジョンは未来における自社のありたい姿であり、社会における役割、業界でのポジション、それに伴う数値目標と事業進化の方向性、組織や人に対するポリシーなどを包含する内容となる。近年ではこれにESGやSDGsの要素も盛り込まれていることが一般的になっている。日本のSDGs の原則に、「普遍性」や「包摂性」が明記されているため、企業の未来ビジョンや経済活動との親和性も高いことがその要因である。
長期ビジョン策定方法は、大きく3つある。1つは企業のトップである社長が、自身の思いを独断でビジョンとして明示する“ワントップアプローチ”だ。予測できない外部環境や現在の組織能力の調査や分析に重きを置かず、まずは“意思ありき”で他のメンバーと合議することなく決定する。そのプロセスとして、社長が一人で考えることもあれば、コンサルタントをエグゼクティブコーチングのようなスタイルで活用しながら形作っていくこともある。
2つ目が“エグゼクティブ・ディスカッション・スタイル”である。トップである社長をリーダーとし、現在の役員・経営幹部メンバーが討議を重ねながら練り上げていく方法だ。この場合、トップは自身が持つビジョンの核のみを抽象的に示し、他の経営幹部メンバーはその核を具体的な内容へ形作っていく。
そして、最後3つ目が“ミドルアップ・トップディシジョン・スタイル”である。運営の仕方はエグゼクティブ・ディスカッション・スタイルと同様だが、大きく異なるのは中心となる参画メンバーである。現在の役員・経営幹部が主体ではなく、その下のレイヤーの幹部メンバーが主体となる。
その理由はシンプルだ。10年後のビジョンに到達する時機に役員・経営幹部として会社を担う世代こそが、そのビジョンを描くべきだということである。もちろん会社によって異なるが、現在の役員陣が10年後も役員として企業を経営しているケースは極めて少ないだろう。だからこそ未来の経営メンバーにその意思を託しながらビジョナリーな視点を持ってもらおうという目的がある。ただ、現在のポジションでは高い視座が持てないことが多いため、内容を精査しながら最終的にはトップメンバーが意思決定するという方式となる。
中期経営計画策定メソッド
中期経営計画の策定方法は長期ビジョンの策定方法と似ている点もあるが、根本的には異なる。まず、長期ビジョンであるワントップアプローチは推奨できない。ビジョンと異なり、中期経営計画は事業計画、経営改善の具体的な内容やスケジュールにまで落とし込んでいくため、外部環境や内部環境・組織能力の分析と把握は必須となる。この現状認識がしっかりとできていないと、中期経営計画が実現不能、実行不可能なものになってしまう。そのため、社長としてトップ方針を出した上で、策定は各事業部や部門で行うことが重要になる。
ここで各事業部や部門からの計画が、前年からの積み上げ式になってしまうことを防ぐためにも、長期ビジョンが必要になる。ビジョンを実現するための中期経営計画でなければならない。
中期経営計画の策定プロセスは、フェーズIの現状認識からフェーズIIの戦略設計・計画構築が中核となり、その後、フェーズⅢのアクションプランへ落とし込まれていくフローとなる。プロセスは基本的に同じだが、策定するアプローチは大きく3つある。
1つ目が、経営企画部などが主幹となり、各事業部・部門でプロジェクトチームを編成して推進していく“チームプロジェクト・スタイル”だ。2つ目は、現在の役員・経営幹部メンバーが経営会議や戦略会議などトップレイヤーの会議を通じて意思決定していく“エグゼクティブ・ストラテジー・カンファレンス”。最後の3つ目が、次世代の役員・経営幹部候補者メンバーが、戦略や経営の知識をインプットしながら研修形式で中期経営計画を完成させていく“ジュニアボード・メソッド”である。
長期ビジョンと中期経営計画、それぞれ成果物は1つであるが、それを完成させるプロセスとアプローチは複数あり、各企業の状況や目的に応じて活用することが望ましい。
長期ビジョン策定に際し、このVUCA加速化の時代、外部環境を精緻に分析し予測することよりも、自社が切り開く未来の姿を、確固たる意志として示すことが重要である。そして逆に、激変する外部環境に適応すべく、戦略を含む事業計画は柔軟に変化させるマインドと姿勢が求められる。
山の頂上は1つしかないが、登頂ルートは複数存在し、天候によってプランを変える必要もある。重要なことは、臨機応変に計画をアップデートしながらも、到達すべき長期ビジョン(=未来のゴール)は不変であるということだ。
中長期ビジョン構築・推進支援コンサルティング
2030年に向けた長期ビジョンを描き、バックキャストした中期経営計画に、社会価値を高める要素を盛り込んだ新たなビジョンロードマップを創り上げます。

PROFILE
村上 幸一
Kouichi Murakami
タナベ経営 執行役員 ドメインコンサルティング東京本部長。ベンチャーキャピタルにおいて投資先企業の戦略立案、マーケティング、フィージビリティ・スタディなど多角的な業務を経験後2007年タナベ経営に入社。2020年執行役員、ビジネスモデルイノベーション研究会リーダー。豊富な経験をもとに、マーケティングを軸とした経営戦略の立案、ビジネスモデルの再設計、組織風土改革など、攻守のバランスを重視したコンサルティングを実施。高収益を誇る優秀企業の事例をもとにクライアントを指導している。中小企業診断士。