なぜ人事考課は行き詰まるのか
「評価制度がうまく機能していない」という悩みを、経営者や人事担当者から頻繁に聞く。人が人を評価する「人事評価」というものが本質的に難しい仕事であることは、携わった人であれば誰もが納得することだろう。会社に集う社員はそれぞれ生まれも育ちも、人生観や仕事観、価値観も違うわけだから、人事考課という「人の行為を採点する作業」が困難を極めるのは必然である。
この課題に対し、今までにどのような対策が取られてきたか。多くの場合、考課者の価値観に左右されないよう、会社の価値観や経営目標を寄りどころとして、さまざまな「評価基準」が設けられてきた。営業職であれば売り上げや利益の目標達成度、製造職であれば生産性、スタッフ職であれば業務改善目標などが挙げられる。また、高い成果につながる行動特性として「コンピテンシー(業績が高い人に共通してみられる行動特性)」が明示され、これを軸に行動評価がなされてきた。
しかし、いくら基準をきめ細かく設定しても、考課者による評価のばらつきが許容できる範囲に収斂するには、相応の時間を要する。加えて、変化が激しい経営環境へ適応するには事業戦略の柔軟な見直しが欠かせず、評価基準のベースそのものも変えなければならなくなってくるため、「正しい評価」がどんどん遠のいてしまうのである。
その結果は両極端に作用する。1つは「評価基準の追求」であり、職種・階層別に、よりきめ細かい評価基準を策定し、考課者によるばらつきを軽減しようとする「いたちごっこ型」。もう1つは、「良きに計らえ」とばかりに考課者に運用を委ねる「現場丸投げ型」である。いずれもうまくいかないのが現状だ。前者は膨大なエネルギーを要し、後者は考課者の能力への依存度が高い博打のような評価制度になってしまう。
【図表】月次ショートレビューの流れ
考課者を「一人ぼっち」から救え
とにかく「考課者を一人ぼっちにしない」ことが、評価制度を改善する最大のポイントである。人事評価はとかく孤独な作業になりがちだ。期初には組織目標を部下に伝えて目標を設定し、期末には評価を実施して結果を会社に上げる。
これら一連の業務は、「上から下」もしくは「下から上」への一方通行になる特性を元来備えている。考課者は、「他部門の考課者がどのような目標設定をしているのか」「どのような評価をしているのか」という情報に乏しい。一人で悩みを抱えて根本的に正解を知ることなく、個人で解決を図っているのが現状だ。考課者は、営業や製造など固有技術については高いスキルを持つものの、多くは「考課者としてのスキル」をそれほど有していないと認識すべきである。
そこで、人事評価を改善するポイントを2点、紹介する。1つは「ショートレビューの徹底」であり、もう1つは「考課者の情報交換の仕組み化」である。
この2つを徹底的に実施できれば、評価レベルは劇的に改善する。少々手間はかかるものの、評価後に全体調整や修正に労力をかけるよりもはるかに生産的であり、何よりも被考課者の評価に対する納得度が向上し、考課者の価値観も徐々にそろってくる。
(1)ショートレビューの徹底
期初に策定した個人目標を、少なくとも月に1回のペースで進捗確認することである。良い評価をするためには「事実を押さえる」ことが大原則であるが、きめ細かく確認することで事実を押さえる頻度が上がり、評価に対する納得度が大きく向上する。
また、目標自体が陳腐化することに対して修正も可能で、環境変化に対応しやすくなる効果も大きい。目標は「大事に引き出しにしまっておくもの」ではない。常に達成度を確認しつつ、未達であれば対策を立て、そもそも目標の価値がなくなれば新たに設定し直す必要がある。
(2)考課者の情報交換の仕組み化
ショートレビューと同様に手間はかかるものの、やることはシンプルだ。1次考課が終了した段階で考課者が集まって、それぞれの考課内容を情報交換するのである。何も難しいことをする必要はない。互いに考課表を持ち寄り、「この人にはなぜこの点数を付けたのか」「具体的にどのような行動を評価に結び付けたのか」などの意見を交換する。
自由にディスカッションすることが大切で、繰り返していくことで判断基準が徐々にそろってくる。これは必ず成果が出るのでぜひ実施していただきたい。
実施に当たっては、こうした情報交換の場を人事評価フローに入れて仕組み化し、「○○ミーティング」などと名前を付けて実施することが重要である。人事評価は「重要だが緊急度はそれほど高くない業務」に分類されるので、現場の声が強い組織では忙しさを理由になかなか実施できず、うやむやになることも散見される。人事評価が形骸化する大きな要因の1つである。
いずれにせよ、ショートレビューも考課者の情報交換も、経営サイドや人事部門が率先して徹底的に実施し、会社が組織として評価制度とその運用に注力している姿勢を見せなくてはならない。「現場優先」という御旗に押され、考課者を孤独にする運用をしてしまえば、どのような制度を構築しても本来の目的は達成できないだろう。「人事制度は運用8割」と言われるゆえんである。