製造業に求められるビジネスモデル転換
コロナ禍により、日本の製造業はかつてない危機に瀕している。労働政策研究・研修機構の鉱工業生産指数の国際比較によると、日本の生産指数の回復スピードは欧米諸国に後れを取っている。落ち込みのピーク(谷)は欧州に比べて浅かったものの、最新の指数(2020年11月)を見ると95.4で回復が頭打ちとなっている。(【図表】)
【図表】鉱工業生産指数(月次、季節調整済、指数)
この状況を打破するためにも、製造業は過去の延長線上での改善を図るのではなく、ビジネスモデルを変革する必要がある。変革に向け、次の2つの視点を意識していただきたい。
(1)製品・顧客向けサービスへの転換で売上高を最大化
これには掛け算の考え方が必要である。社会課題に対する製品・開発サービスによる「製品・サービス転換」と、販売方法やマーケティングモデルの組み替えによる「顧客転換」を掛け合わせ、売上高を最大化することが重要だ。
(2)「ものづくりイノベーション」で製造原価を最小化
これには足し算の考え方が必要である。1つ目は、工場の自動化やIoTの導入などのデジタル化による生産体制の改善。2つ目は、生産工程の改善による「固定費の最小化」。3つ目は、購買から調達、物流などの見直しによる「経費の最小化」。固定費と経費を最小化し、製造原価の最小化を図る。
これらの策を早急に打ち、「7割経済」といわれる環境下においても、中長期的に利益を生み出し続ける価値づくり企業へとビジネスモデルを転換させることが重要だ。
製造業の収益構造は非製造業と比べて複雑な中、業務や工場現場の見える化を進めている企業は少なくない。しかし、過去のコンサルティング経験を振り返っても、業績判断ができる試算表や変動損益計算書を作成し、自社工場の実力値を正確につかんで経営判断に活用できている企業は限られている。そのため、経営判断のできる管理会計の確立も必要である。
経営判断に役立つ管理会計のポイント
自社工場内で製造した製品実力値を把握するための「工場収益の見える化ステップ」を、事例とともに解説する。
(1)在庫金額の把握
クライアントである製造業A社の損益資料に目を通すと、商品仕入れ金額が商品売上金額を上回っている月が散見された。A社では月次の試算表に在庫金額が反映されていないため、正確な損益と言えない状態だった。システム担当者に確認すると、「自動倉庫の在庫は全て把握しており、全在庫の金額ベースで60%はつかんでいる状態」と言う。
この状態であれば、試算表に反映させるだけで損益の見える化が進む。在庫金額を把握できていない企業でも、増減の大きな在庫製品を把握することで見える化を進めることができる。業績の見える化の第一歩は、在庫の見える化なのだ。
(2)自社製品と仕入れ商品の損益の見える化
多くの製造業では仕入れ商品による売り上げも発生しており、売上原価には自社製品も仕入れ商品も含まれている。製造業B社の業績を分析すると、経常利益は黒字にもかかわらず、自社製品の売り上げは赤字であることが判明した。仕入れ商品で儲けている実態だったのである。
このように、自社製品の損益が見えていないケースは多い。解決策は、直課(賦課)できる勘定科目を自社製品と仕入れ商品に振り分け、直課できない勘定科目はルールを決めて売上金額などの構成比で比例配分することだ。それにより、製品・商品別に損益を見える化できる。
(3)在庫の増減に注目する
製品在庫の評価方法によるが、製品在庫の評価には変動費だけではなく、固定費の一部を加えた金額で評価されることが多い。製品在庫が大幅に増減すると、売上総利益の増減にも影響を与えてしまう。
繁忙期対策で在庫を積み上げている場合、その期間の損益が良くなり、一気に販売した月の損益が悪化する。在庫の増減に注目し、在庫金額の評価を固定費と変動費に分けて算出することで、より実態に近い損益を算出できる。
コストマネジメントによる先行管理体制への進化
業績の結果管理体制から先行管理体制への進化は、目的でなく手段である。目的は、予算を達成するために適切な策を打つことにある。売り上げも重要であるが、自社の業務改革を徹底し、コストマネジメントを推進する必要がある。
製造現場、営業現場、管理部門の間で表面的な情報は共有されているものの、業績管理の視点で共有されていない情報が多い。これらをつなぎ合わせることで、情報の一元管理が可能となり、先行管理体制の構築につなげることができる。
製造原価の最小化には、前述の通り業績の抜本的な見直しを行い、必要な業務や経費が何かを棚卸しする必要がある。タナベ経営では、現状認識の手法として、①時間系列、②人脈系列、③空間系列で分析し、課題の見える化を図っている。
①時間系列と②人脈系列
時間系列では業務の流れに沿って棚卸しを行うが、部署ごとに業務と役割が異なるため、各部署と連携しながらフレームワークを進める。フレームワークでは、縦軸に業務フロー、横軸に関係部署を置き、業務の流れや関連性を可視化していく。その上で、各業務内容を分析し、課題と対策を検討する。
③空間系列
空間系列では、モノやヒトの動きを可視化することで、動線の重なりや無駄な動きを見つけ、課題と対策を検討する。
過去、コンサルティングを行った現場においても、目的を考えずに業務を行っている例は珍しくなかった。業務の遂行理由も「先輩から依頼された」「引き継ぎ時に言われた」など、疑問を持たずに大事な業務だと思い込んでいるケースがほとんどである。慣習で行うのではなく、各業務の目的をしっかりとつかみ、必要な付加価値業務へ転換すべきだ。
自社の業績管理や業務管理がどこまでコントロールされているのか見つめ直し、新たなビジネスモデルを追求していただきたい。