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タナベコンサルティンググループの各分野のプロフェッショナル・コンサルタントが、経営戦略・事業戦略・組織戦略などの経営メソッドを解説・提言します。
コンサルティングメソッド 2021.01.29

【特別対談】 インフラ・イノベーションが強くて豊かな国をつくる:京都大学大学院 教授 藤井 聡 氏 × タナベ経営 山本 剛史

 

 

 

京都大学大学院 工学研究科 都市社会工学専攻 教授 博士(工学)
京都大学レジリエンス実践ユニット長
藤井 聡(ふじい さとし)氏

 

 

公共事業不要論がメディアなどで声高に叫ばれる中、「インフラ投資削減は国家の衰退を招く」と警鐘を鳴らすのが、京都大学大学院の教授で都市社会工学を専門とする藤井聡氏だ。国内のインフラ・イノベーションの現場を見てきた藤井氏にインフラ投資の重要性を伺った。

 

 

縮小するインフラ投資
20年でピーク時の半分に

 

山本 タナベ経営は、地域の社会インフラの担い手として活躍する企業に学ぶ「建設土木の新規事業、ヒト、社会インフラづくり研究会」を全国で開催しています。インフラ事業は国や地域の基盤をつくる重要分野ですが、ここ20年で公共事業関係費は約半分へ縮小されるなど、厳しい環境が続いています。

 

藤井 そもそもインフラ事業は投資案件に含まれます。中でも、土木分野のほとんどは公共投資で公的資金が使われていますが、その効果は投資した年に返ってくるわけではありません。効果が出るのは5年後、10年後、15年後という場合もあるため、有権者の理解を得にくい構造となっています。

 

山本 そのせいか、公共工事を削減して社会保障を充実させるべきといった世論が強くなっています。

 

藤井 社会保障はすぐに効果が出やすいですから。ただ、公共投資をしっかりと行わないと国民の暮らしは良くなりません。目の前の豊かさや経済のみを優先してインフラ投資をないがしろにすると、将来、非常に深刻なしっぺ返しが待っている。そうした性質を持っているのが公共投資です。

 

これを社会心理学では「社会的罠」や「ソーシャル・フェンス(社会的障壁)」と言いますが、短期的な利益にばかり着目していると、結局は大損をしてしまいます。それが「罠」という表現の意味するところです。効果がすぐに表れにくい社会インフラはその罠に掛かりやすい構造を持っています。ですから、短期的な視点だけでなく、理性的になって長期的、広域的な視点から考えていく必要があります。

 

山本 実際、インフラ投資によって、町や地域経済が大きく発展した事例は多くあります。藤井先生はそうした事例について全国を取材し、著書『インフラ・イノベーション』(育鵬社、2019年)にまとめておられます。印象に残っている事例はありますか。

 

藤井 いくつもありますが、福島県・小名浜の港湾イノベーションは、比較的小さな公共投資によって地域が大きく発展した印象深い事例です。

 

いわき市の海岸に位置する小名浜は、もともと小さな漁村でしたが、近くの常磐炭田で豊富な石炭が得られたため、政府は小名浜港に石炭の積み出しができる公共埠頭を整備しました。それをきっかけに、民間投資で工場ができ、鉄道インフラが整備され、さらに企業立地が促進。その後、石炭を生かした火力発電所も建設され、政府によってさらなる港湾投資が行われたことで、化学や金属関連の工場が立ち並ぶ港湾都市へと発展を遂げました。

 

山本 インフラ投資によって産業が立ち上がり、民間投資が促されて町が発展していった好例ですね。

 

藤井 おっしゃる通りです。ただ、面白いのはこの先です。ご存じの通り、エネルギー環境の激変によって日本が石炭の輸出国から輸入国に転換すると、日本各地の炭鉱は衰退の一途をたどります。常磐炭田も例外ではなく閉鎖に至りますが、小名浜は残されたインフラを活用して「石炭を輸入する港」に方向転換。インフラ投資の追加によって港湾が整備された結果、現在は石炭輸入における国内の最重要港湾に位置付けられています。

 

また、輸入石炭を目指して大小さまざまな火力発電所が周辺に整備された結果、首都圏、ひいては日本の産業・エネルギーを支える電源供給地としての役割を果たすまでに発展しました。

 

 

 

 

 

 

社会を形成するインフラとスープラ

 

山本 小さな漁村が首都圏を支えるエネルギー拠点へ変遷するとは興味深い事例です。

 

藤井 それを演出したのは公共投資です。小名浜港湾イノベーションは、小さな種から大きな花が咲いたモデルケースであり、適材適所にうまく公共投資を行っていくことで地域は大きく発展し、国家に貢献することを教えてくれる事例と言えます。

 

山本 インフラ投資がいかに大事か。それがよく分かります。

 

藤井 インフラが重要なのは、人類史や生物史にも共通しています。あらゆる生物史は、環境を整え、その環境の中で発展し、発展した活力を使って環境を整えるという繰り返しです。アリやハチ、トラ、サル、そしてヒトも同じ。住みやすいすみかを作って、その中で適切な活動を行って発展し、発展した種族がそのエネルギーを使って、すみかや環境に働きかける。環境と生態との間の無限循環が生物の活動です。

 

山本 すみかというインフラを整えてこそ、政治や経済、文化をはじめとする、あらゆる活動が盛んになる。社会はインフラというベースの上に成り立っているわけですね。

 

藤井 それを、「インフラ」と「スープラ」と呼びます。インフラは国土を意味する下部構造を指し、スープラが人類の活動そのものを指しています。例えば、経済や政治、文化などはスープラであり、上部構造となります。下部構造と上部構造の循環を通して発展していくのが生物であり、その循環がより高度化していくと人類はより豊かに、幸福になっていきます。

 

そして、循環を高度化する最大の技術が土木技術なのです。土木技術がしっかりとしていれば、火星や月にだって住むことができますよ。もちろん、アフリカや熱帯地域、極寒の北極や南極であっても、土木技術がしっかりとしていれば人類は発展し、社会をつくり上げることは可能です。

 

山本 インフラによって暮らしが大きく変わる。それは、イノベーションとも言えますね。

 

藤井 住む場所だけでなく、農業土木が進歩したことで人々は太陽の恵みから大地の恵み(コメなどの作物)を得ることができます。それはエネルギーも同じ。ダムを造る土木技術があるから、水力発電によって巨大なエネルギーを取り出すことができるのです。

 

つまり、与えられた自然環境を暮らしやすいように組み替えていくのが土木技術と言えますが、その発展がなければ原始時代、あるいは中世のままの社会が続くことになる。その意味で、人類の発展の上限を決めているのは土木技術であり、それを進化させることで幸福の水準を上げることが可能になります。

 

それにもかかわらず、そうした面が理解されないまま、公共事業やインフラ投資が抑制されていることは非常に残念です。

 

 

 

 

 

タナベ経営 執行役員 経営コンサルティング本部 本部長
建設土木の新規事業、ヒト、社会インフラづくり研究会リーダー
山本 剛史(やまもと つよし)

 

 

投資削減の背景にある社会的罠と空気の支配

 

山本 「公共工事は税金の無駄遣い」といった論調は盛んです。メディアがその一端を担っているところもありますね。

 

藤井 短期的なものに目がいきがちになるのは、人間なら誰もが持っている性質です。ただ、最近はマスメディアが刺激的な報道に走ったり、物事の1つの側面を強調したりする傾向が強まっており、それが社会的罠を深刻にする一因になっていると思います。

 

また、社会的罠だけでなく、「空気の支配」も短期的な思考に陥る要因です。特に日本人は場の空気やムードに流されてしまう傾向があります。ここ20年ぐらい、「インフラは悪」「インフラは無駄」「インフラは利権と関わっている」といった紋切り型の空気がこの国を支配しており、それと刺激的な報道に傾くマスメディアが結び付いて、「公共工事は不要」といった世論が強化されています。インフラ投資の落ち込みが、社会学的な集団心理現象によってもたらされていることは問題です。

 

山本 そのような状況を変えるために、藤井先生はインフラ投資や土木技術の必要性についてメディアなどで積極的に発信されています。

 

藤井 土木技術が人類や国家の水準、その発展の水準を決める点を鑑みると、今の状況は多大な国家的損失をもたらしていると言わざるを得ません。少しでも世論の空気を是正するには、ラジオやテレビ、さらに私の主宰する雑誌を通した言論活動によって、世論のゆがみを改善していくほかありません。私がメディアなどで発言するまでは、インフラ問題について言論活動をする人はほとんど皆無でしたが、最近はインフラを加味した上で言論を展開する人が増えています。

 

山本 そうした活動が増えていくと、公共事業を取り巻く環境も変わっていくはずです。そのために個人や企業ができることはありますか。

 

藤井 ジャーナリストや有識者のモラル、国民の良識があれば、公共事業バッシングの暴走を止めることができます。まずはご自身が、インフラ事業が地域や国の発展、国民の幸福にとっていかに重要かを知ることが大切です。インフラについて分かりやすく解説した新書も出ていますし、雑誌の購読や企業であれば講演会のスポンサーになって言論活動を応援する方法もあります。

 

また、そうした情報をSNSなどで紹介することも、空気を変える一歩になると思います。特に、インフラ事業に関連する業界の方には、周囲の人や子どもたちに重要性を伝えていただきたいです。

 

 

 

 

優先すべきは防災投資と新幹線投資

 

山本 地方では、地域の経済や暮らし、安全を支えるために、インフラ事業に携わる企業、人材が重要な役割を果たしていることも事実です。

 

藤井 インフラ事業に携わる建設会社は地域に根差した企業体で、建設サービスを供給する組織であるだけでなく、地域の雇用を生み出して地域社会を直接的、間接的に支える存在です。半ば地域のインフラを守る役割を担い、場合によっては半公務員として復旧、復興にも取り組んでいます。ビジネスを超えた、地域にとって極めて重要な存在であると言っても過言ではありません。

 

山本 そうした役割にも注目しておかないと、災害などの危機に直面した際に多大な損失を被ることになるのではと心配です。最後になりますが、公共事業において今後5年、10年で優先すべき分野はどこでしょうか。

 

藤井 防災投資と新幹線投資は最優先で取り組むべきでしょう。私は安易なインフラ事業の削減が、東日本大震災の被害拡大や熊本県・川辺川ダムの工事中止に起因する球磨川の氾濫につながったと思っています。懸念されている南海トラフ地震や首都直下型地震など大型災害への対策はもちろん、年々大型化する台風や高潮の防災工事が急務です。

 

また、東京一極集中の緩和は、巨大地震やパンデミックの被害拡大を避けるのに不可欠であり、新幹線投資はそのための重要な施策と考えています。もちろん、それ以外の事業についても粛々と取り組んでいくべきなのは言うまでもありません。

 

山本 ここ数年、特に自然災害による被害拡大を目の当たりにして、国民の意識は変わりつつあるように思います。適正な公共投資によって地域の安全や発展、国民の幸福が実現できるよう、国民一人一人が理性的に、より広い視点で捉える必要性をあらためて痛感しました。本日はありがとうございました。

 

 

 

京都大学大学院 工学研究科 都市社会工学専攻 教授 博士(工学)
京都大学レジリエンス実践ユニット長

藤井 聡(ふじい さとし)氏

1968年奈良県生まれ。京都大学大学院教授(都市社会工学専攻)。京都大学大学院工学研究科修了。東京工業大学教授、イエテボリ大学心理学科客員研究員などを経て、現職。第2次安倍内閣で内閣官房参与(防災・減災ニューディール担当)を務めた。専門は公共政策に関わる実践的人文社会科学。2003年に土木学会論文賞、05年に日本行動計量学会林知己夫賞、07年に文部科学大臣表彰・若手科学者賞、09年に日本社会心理学会奨励論文賞および日本学術振興会賞などを受賞。『コンプライアンスが日本を潰す』(扶桑社新書)、『強靭化の思想』『プライマリー・バランス亡国論』『インフラ・イノベーション』(全て育鵬社)など著書多数。

 

タナベ経営 執行役員 経営コンサルティング本部 本部長
建設土木の新規事業、ヒト、社会インフラづくり研究会リーダー

山本 剛史(やまもと つよし)

企業の潜在能力を引き出すことを得意とする経営コンサルタント。事業戦略を業種・業態ではなく事業ドメインから捉え、企業の固有技術から顧客を再設定して事業モデル革新を行うことに定評がある。現場分散型の住宅・建築・物流事業や、多店舗展開型の小売・外食事業などで生産性を改善する実績を上げている。神戸大学大学院卒。


建設土木の新規事業、ヒト、社会インフラづくり研究会

新しい「インフラ」を地域に創り、地域イノベーションを全国各地で積み重ねていくことが求められています。本研究会では、全国各地で果敢にチャレンジする企業から実践事例を学びます。