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タナベコンサルティンググループの各分野のプロフェッショナル・コンサルタントが、経営戦略・事業戦略・組織戦略などの経営メソッドを解説・提言します。
コンサルティングメソッド 2020.10.30

ポストコロナの「戦略人事」:古田 勝久

 

 

【図表】人事機能の体系イメージ

出所:タナベ経営

 

 

ニューノーマルと人事機能

 

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、緊急事態宣言発出後は多くの企業でテレワーク、シフト出勤が始まった。対面接触を避けるための急場しのぎ的なリスクヘッジとして、半ば強制的に働き方を大きく変えざるを得なかったからである。緊急事態宣言解除後も「新型コロナ禍前の平常」に戻ることはなく、ソーシャルディスタンスを確保した職場環境やテレワークの継続、オンライン会議の促進など、従業員の安全・衛生を第一とした「新しい生活様式」(ニューノーマル)に対応した働き方への対応が求められている。

 

また、働き方の価値観の変化だけではなく、新型コロナウイルスの影響によって消費者の価値観の変化などの事業環境も大きく変化した。経営者はニューノーマルに適用した新しい事業戦略をスピーディーに再構築しなければならない状況になった。

 

最も変革が求められる部門・機能として、人事部門が挙げられることを忘れてはならない。緊急事態宣言時のような「とにかく対面接触を減らす」という急場しのぎ・強制的なリスクヘッジ(守り)ではない。「ニューノーマルに適応した新しい持続可能な事業戦略」の達成をサポートする「攻め」の人事・組織を構築することが必要であり、その機能を担うのが人事部門であるからだ。

 

従来の人事機能と言えば、労務管理や給与計算業務など、管理・オペレーション業務を思い浮かべる経営者が多い。もしくは、「人事と言えば制度」というイメージで、仕組みやプロセスの運用などの人事に関する社内インフラを思い浮かべる経営者もいるだろう。もちろん、「日常・ルーティン人事」や「インフラ人事」も人事の大切な機能であるが、ポストコロナに必要な人事機能は、社会全体や働き方の価値観の変化の中で新しい事業戦略を達成するための「戦略的な人事(戦略人事)」機能である。(【図表】)

 

日常・ルーティン人事やインフラ人事、戦略人事という三つの機能は相互排他的なものではない。特に日常・ルーティン人事とインフラ人事は、程度の差はあるがどの会社にも存在するものであり、きちんと運用されていなければならない。平常時であっても「給与の支給日を間違えて遅配してしまった」などということがあれば、経営者も従業員も人事部門を信用してくれないからである。

 

一方、経営者や人事責任者が「正しい処理、運用」ばかりに気を取られていると、「事業戦略を達成するための人事」を考える時間がなくなり、結果的に事業戦略と人事を切り離して考える経営者や人事責任者が増えてしまう。そうなると、ニューノーマルに対応した事業戦略が構築できても、それを支える人事・組織が実現できず、事業と組織がちぐはぐになり、持続的な成長を阻害する要因となる。

 

 

 

 

 

 

戦略人事とは何か

 

最近、経営者から「戦略人事とは人事戦略のことですか」と質問を受けることが増えている。この違いを説明するために、語弊を恐れず極端な表現をすると、戦略人事は「人材という経営資源をどうマネジメントして事業戦略の達成をサポートしていくか」という戦略であり、人事戦略は「採用や教育、労務管理オペレーションなどの人事業務において何をするか」という戦略である。最も異なる点は、業績にコミットしているかどうかという点だ。

 

例えば、「新卒採用において優秀な学生を採用するために『○○ナビ』のような大手広告への出稿をダイレクトリクルーティング※に変える」のは人事戦略である。また、「給与計算業務を効率的に行うためにアウトソーシングしたり、給与計算システムを導入したりする」なども人事戦略である。これに対して、「ニューノーマルに対応した新たな事業戦略を達成するために優秀なシステムエンジニアが新たに5名必要であり、そのための組織・体制の整備、人材の確保を行う」のが戦略人事である。人事戦略が失敗しても事業戦略の達成に直接的なダメージはないが、戦略人事の失敗は事業戦略が達成できない直接的な原因になるという点で、業績へのコミットの度合いが違う。

 

ニューノーマルに対応した事業戦略を描き、持続的な成長に向けて経営しなければならない今だからこそ、戦略人事が必要なのである。

 

 

戦略人事への変革に必要な四つの機能

 

戦略人事においては、人事部門が事業戦略を正しく理解し、競合他社との差別化・優位性を人事面で構築するための機能を備える必要がある。『MBAの人材戦略』(日本能率協会マネジメントセンター)で著名なミシガン大学のデイビッド・ウルリッチ教授が提唱した考えがある。これを参考に、次の四つの機能を定義する。

 

 

(1)戦略パートナー

 

事業戦略に合致するように人事の戦略構築や組織設計を行う機能

 

(2)管理エキスパート

 

人や組織に関する全社的な取りまとめを行い、法的リスクを最小限にし、業務効率を高める機能

 

(3)従業員チャンピオン

 

従業員一人一人の声を聞き、従業員の意欲を高めるために、人事の戦略構築や組織設計を行う機能

 

(4)変革エージェント

 

企業理念・企業の付加価値・行動規範に合致する人事戦略や組織設計を行う機能

 

従来の人事部門を変革し戦略人事を実現するためには、「ニューノーマルに対応する事業戦略の達成の鍵を握るのは、人事部門の変革である」という経営者自身のマインドセットが必要だ。

 

経営者は、変化の激しい中であらゆる意思決定を並行して行うことが求められる。広い視野で事業ドメインの在り方や事業における戦略だけではなく、それを実現するための人材や組織まで構想していく必要がある。同時に、アウトソーシングやシェアードサービス、テクノロジーを活用するなど、従来の人事管理業務に割く時間を戦略的な人事業務へシフトできるよう、積極的な意思決定も期待したい。それが持続可能な成長への第一歩となるからだ。

 

 

※企業が求める人材を積極的に探し、直接アプローチする採用活動。(SNS、社員からの紹介、外部データベースからなど)

 

 

 


 

 

 

 

PROFILE
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古田 勝久
Katsuhisa Furuta
自動車部品メーカー、食品メーカーの人事部門にて採用・人材育成・人事労務に従事。タナベ経営入社後は、現場で培ったノウハウをもとに、経営的視点から人と組織にアプローチし、中堅・中小企業の成長を支援している。