ニューノーマル時代にインナーブランディングが人をつなぐ:平井 克幸
インナーブランディングで「自分ゴト化」する
当然の話だが、大層なコンセプトを発信するだけで中身がなければ、ブランドが単なる空き箱になってしまう。商品・サービスといった有形の価値も含めて、ブランドの価値はその主体である社員一人一人がどのように行動するかで決まる。そこで、社内向けのブランディング、いわゆる「インナーブランディング」が必要になる。
インナーブランディングの目的は、社員の「ブランドエンゲージメント」(自社のブランドに対する愛着や思い入れ)を高めていくことである。「ブランド=自分」と言えるくらいの思いがあれば、これほど強い状態はない。そのためには、一人一人に当事者意識を持たせ、ブランドを「自分ゴト」として捉えるよう仕向けていかなければならない。
インナーブランディングを進める上で最もやっかいな問題は、ブランド自体が社員にとって「他人事」になることだ。ブランディングは全社活動である。社長や役員、広報部門、プロジェクトメンバーなどの一部が理解し、実行したとしてもたかが知れている。しかし、部署や階層の壁を越えて、全ての社員を巻き込んだ形で進めていくことができれば、その効果は計り知れない。品質や顧客満足度の向上、採用の強化、新商品・新サービス開発など、さまざまな面での成果が期待できるだろう。
インナーブランディングには、大きく分けて三つのステップがある。第1ステップは「理解」である。まずはブランドを理解するためのバイブルに相当するものを明文化しておきたい。これは、ブランド価値を高める上での社員の行動指針や判断基準を記したもので、「ブランドブック」などと呼ばれることが多い。
ブランドブックに盛り込む内容は、ブランドコンセプトで示した世界観とストーリー、顧客との約束であるブランドプロミスや、社員の行動指針であるクレドが挙げられる。
また、クレドに基づく品質検査や顧客対応といった部署ごとのマネジメントルール、日常活動の「Do & Don’ts(やるべきこととやってはいけないこと)」など、さらに具体的な内容にして、ブランドマネジメントを展開していく。(【図表】)
【図表】ブランドブックへの記載内容(例)
これら一連の流れで体系的に伝えることが、社員がブランドの提供価値を行動レベルで理解し、実務に落とし込んでいくことにつながる。
ブランド価値を高めるためのプロジェクトチームの運営や、ブランドブックを使った教育研修も理解度を高める上では効果的である。職種別・階層別に実施しても良いが、アウトプットの中身より、ディスカッションに重きを置きたい。コンセプトやプロミスに照らして、自分たちの日常活動が正しいかどうかを見つめ直す機会になれば、行動の実践に向けた第一歩になるはずだ。
ブランドを体現する行動様式を企業文化に
インナーブランディングの第2ステップは「浸透」である。社員の自発的な行動を促すためにも、ブランドへの貢献度を人事評価制度や表彰制度と連動させるべきだろう。一部にブランドを体現するモデル人材が現れてきたら、さらに浸透させるチャンスになる。社内報を復活させる会社も増えているが、そうしたモデル人材をクローズアップする場として活用したい。やっていない人を批判するより、やっている人を称賛する方が効果的だ。
また、組織へのブランド浸透を進める前提として、現時点での社員の理解や実践に関する現実を知っておくことをお勧めする。例えば、ブランディングに関するサーベイ(全社員への無記名アンケート調査)などを実施して、ブランドコンセプトから見たあるべき姿と社内のギャップを定量化しておくと良い。定期的にモニタリングを行えば、インナーブランディングによる成果や変化の度合いを測ることもできる。
組織内でブランドを体現する社員が過半数を占めるようになれば、第2ステップは成功したと言える。それを企業文化にまで昇華することが最終的なゴールになる。したがって、インナーブランディングの第3ステップは「定着」である。
ブランドに即した考え方や行動は、一朝一夕には身に付かない。日常のコミュニケーションを通じて、徐々に企業文化として根付いていくものだ。そのためには、定期的な情報発信の頻度を増やすと同時に、双方向でのコミュニケーションの仕組みを作りたい。
社内向けのインナーブランディングと社外向けのアウターブランディングは決して別物ではなく、つながっていると言える。例えば、リアルやウェブでの広告やホームページ上でのメッセージなど、社外向けにプロモーションを実施する場合は、社員の多くが見ていると考えた方が良い。反対に、インナー向けに策定したブランドブックや社内報を社外にも公開して、ブランドへの思いを顧客と共有するケースも多い。あえてインナーかアウターかを問う必要はない。
その点では、ブランディングにおいて内外での言行一致は前提条件になる。社外に発信していることと会社としてやっていること、内部が認識している事実が食い違っていれば、顧客も社員も幻滅することになりかねない。
また、会社の将来を担う20歳代から30歳代前半までの若手社員は、2000年以降に成人となったミレニアル世代であり、デジタルネイティブであることも忘れてはならない。彼・彼女らにとって、コミュニケーションの手段がリアルの場面である必要はない。ウェブやSNS、動画などのデジタルメディアを駆使すれば、より多面的な交流が図れる。
今後、新型コロナ対策をきっかけにリモートワークが常態化すれば、社員がオフィスに集まる機会が減るため、企業のトップや幹部は組織内の一体感が失われていく不安に見舞われるかもしれない。その場合にも、インナーブランディングで取り組んだコミュニケーションの仕組みが効果を発揮するだろう。ニューノーマル時代に働き方が多様化しても、組織内にブランドエンゲージメントを確立できれば、所属する社員たちの心をつなぐことは決して難しくはない。
旬の経営テーマとの融合によるブランディング企業事例から学び、他にはない“突き抜ける”ブランドを実現していきましょう。