メインビジュアルの画像
コンサルティングメソッド
コンサルティング メソッド
タナベコンサルティンググループの各分野のプロフェッショナル・コンサルタントが、経営戦略・事業戦略・組織戦略などの経営メソッドを解説・提言します。
コンサルティングメソッド 2020.06.30

「2030ビジョン」を実現するリ・ブランディング:寺井 秀一

 

 

 

【図表1】事業セグメント別の利益率の分布

※四捨五入の関係で合計は必ずしも100%にならない
出典:経済産業省産業構造審議会新産業構造部会(第16回)2017年4月27日「事務局資料」より筆者作成

 

 

企業にブランディングが求められる背景

 

日本企業は「良いものをつくれば顧客は付いてくる」という考えのもと、品質や技術の追求にまい進してきた。だが、近年は開発手法やローコスト生産技術の向上で、新商品を投入してもすぐに類似品が市場に出回り、新技術もキャッチアップされる時代になった。「良いもの」は当たり前になり、競合との差別化ができず過度の価格競争に巻き込まれる企業が増加している。

 

企業の売上高営業利益率を国際比較すると、日系企業では売上高営業利益率10%未満の事業比率が91%と大半を占める一方、米系企業は28%、欧州系企業は66%、アジア系企業は59%である(【図表1】)。価格の引き下げで競争力を維持しようとする日本企業の低収益傾向が分かる。

 

この現状を打破し、中期ビジョンを実現していくための戦略技術がブランディングである。「より良いものをより安く」販売し、一定のシェアを確保していれば成長が期待できるという人口増加時代の成功体験を捨て、人口減少社会に求められるビジネスの高付加価値化、つまり「いかにして価値に見合う価格で買ってもらうか」を追求することがブランディングの成果であり、企業の成長を実現する方策となる。

 

日本企業が過去に取り組んできたブランディングとは、ネーミングやロゴによる差別化、広告やPRを活用したイメージアップ戦略であり、マーケティングやプロモーションの担当部署がその担い手となることが多かった。しかし、これからの時代のブランディングは組織全体で推進していく経営活動そのものであり、全社員一人一人が担い手でなければならない。そして、活動の中心となってリードする役割は経営者であることも忘れてはならない。

 

高速・大容量が特長の次世代通信規格「5G」の商用サービスが国内で始まったことで、モノと情報がデジタルを通して容易に入手できる環境はさらに広がっていく。こだわりのないものはできるだけ安く買い、こだわりが強いものは少々高くても買う。選ぶ側が「どうでもいい」か「こだわりたい」かの、どちらに分類するかで価格が決定する傾向が進むと考えられる。

 

これまで、競争優位性を確立するためには、品質や機能の訴求による合理的な意思決定へのアプローチが重要とされてきた。しかし、実際の顧客の意思決定までのプロセスは、対象となる商品・サービスに関する多くの情報や体験を非直線的に得たものがベースとなっている。合理的な理由付けよりも、情緒的なイメージとして人々の心に残るのだ。「合理性による選択から感性による選択への転換」こそ、ブランドが果たす重要な役割である。

 

 

 

 

 

 

【図表2】三つのブランドベネフィット

 

タッチポイントにおける顧客の体験価値の創造

 

ブランドとは長きにわたって蓄積されたイメージであり、無形の資産だ。それは、「この商品、サービスでなければ困る」という専門性、「社員の評判や社風が良い」という人間性、「世の中や地域社会の役に立っている」という社会性の三つが絡み合ってできている。このイメージは、企業が消費者に強制的に植え付けることはできない。自社のブランドイメージの在り方を定め、長期的に発信し続けることで「○○と言えばA社」というイメージをターゲット顧客に蓄積させることができる。

 

自社ブランドが目指している世界観や価値観の根幹にあるものが「ブランドコンセプト」である。自社のブランド推進によってどんな世界を実現したいのか、その思いを文章にまとめる。それは、伝えたい顧客の「心に刺さる言葉」であり、マインドシェアを高めるものでなければならない。

 

次のステップとして、ブランドコンセプトにのっとった表現が全てのタッチポイント(接点)で展開され、そのブランド「らしさ」を顧客に体験してもらうためのベネフィット(便益)を設計する。それは次の3点である。

 

(1)機能的ベネフィット
提供する商品・サービス本体など、ブランドの中核を成す部分である。「ここだけは譲れない」というこだわりを明確にするものであり、ブランドコンセプトを具現化する本質的機能だ。

 

(2)情緒的ベネフィット
本体の機能ではなく感覚的な部分で付加するベネフィットであり、代表的なものにデザインが挙げられる。優れたデザインは物事に意味を与える。

 

(3)体験的ベネフィット
ブランドと顧客のタッチポイントにおける経験や体験をベネフィットに替えていく。

 

自社のブランドコンセプトやベネフィットが定まることで、初めてクリエーティブ展開に向けたブランドコミュニケーションの方向性が定まり、ブランド「らしさ」を表現する仕組みが整う。ブランドコミュニケーションの要素は、ブランドプロモーションとデザインプロモーションに大別される。自社のブランドらしい「語り方」や「見え方」を表現することで、顧客のブランドロイヤルティーを高めるのである。(【図表2】)

 

 

経営視点のリ・ブランディング

 

ブランドが持つ価値は決して永遠ではない。誕生から成長から衰退まで、時間の経過とともに変わっていく。ブランドの魅力を再構築し、会社と社員が「らしさ」を取り戻す活動がリ・ブランディングである。

 

その手法は大きく二つに分類できる。一つ目は「リ・フォーカス」。自社のブランドコンセプトや提供価値について社員の理解度が低く、顧客とのタッチポイントで適切なベネフィットが提供できない組織のインナーブランディング活動を言う。社員へのブランドの理解・浸透を図り、顧客体験に落とし込むことが重要だ。二つ目の「リ・ポジショニング」は、既存のブランド価値に新たな価値を加え再定義することで、これまでとは異なる顧客から選ばれることを目的とする活動である。

 

ぜひ、2030ビジョンの実現に向け、経営視点でのリ・ブランディングに取り組んでいただきたい。

 

 

 

 

 

 

PROFILE
著者画像
寺井 秀一
Shuichi Terai
大手小売専門チェーンにて店舗運営・管理業務に従事後、タナベ経営入社。中堅・中小企業の事業・営業戦略の策定、組織・経営システムの構築を中心にコンサルティングを実施。戦略を組織へ浸透させ、全社で推進していく仕組みづくりに定評がある。「明るく、誠実に」をモットーに、組織活性化に挑むコンサルタント。社会保険労務士。