変化の方向性を捉え、将来の環境を描く
長期ビジョンを掲げる企業は増えた。しかしその中身を見ると、事業計画と数値目標の延長で組み立てられているケースが少なくない。原因は、長期ビジョンを「10年後を予測する作業」と捉えていることにある。予測精度を高めようとするほど、描けるのは現在の延長線に限られる。長期ビジョンを持つ意味は、10年先の姿から逆算して、今から必要な資源の仕込みに着手できることだ。
自社の10年先をピンポイントで予測することに、経営上の意味はほとんどない。10年前に、現在の生成AIの姿を正確に予測できた企業はなかったはずだ。しかし、AIが進化し、人の知的作業の一部を担うという未来を見据えていた企業は、生成AIの登場にすぐ対応できた。
重要なのは、いつ何が実現するかを当てることではない。私たちが置かれている市場が、テクノロジーの進化によってどのような変革の可能性を持つのかを、捉えておくことである。
方向性さえ認識できていれば、実現の時期が先行しても遅行しても、経営判断へのインパクトは小さい。逆に、3年先という見通しの立つ範囲だけで計画を組み立てると、時間軸のわずかなズレが計画の破綻につながる。
長期ビジョンを構想する上で検討すべきマクロの潮流は、人口動態、環境と資源、金融・国際貿易、テクノロジーなど複数ある。中でも人口動態は、10年後がほぼ確定している数少ない変数である。今、生きている人間が今後の人口を規定する以上、前提として織り込むことができる。
国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」によれば、2020年を100としたときの2050年の総人口指数が100を超えるのは東京都(102.5)のみで、残る46道府県は2020年を下回る。最も減少幅の大きい秋田県は58.4であり、地域によって縮小の速度は2倍近く異なる。
ここで読み取るべきは、地域差があるという事実ではない。速度が違えば、そこで事業を営む企業が直面する課題の質が変わるということである。縮小の速い地域では、より少ない人手で現状と同等以上のサービスを提供し続けなければならない。この変化は、店舗数や売り上げが減る問題にとどまらず、地域に必要な機能を限られた人手でどう維持するかという問題である。例えば、コンビニエンスストアが買い物の場を超えて生活を支え、医療や健康相談の窓口を担うような姿は1社単独では成立しない。異業種や行政との連携によって初めて成り立つ。このような地域では、業界や官民の垣根は、なくなるというよりも、なくならざるを得ない。
供給の制約は全国で生じる。速度の差は、その変化がどこから先に現れるかの違いにすぎない。日本の人口が減るという一般論ではなく、自社の顧客がどこにいて、そこで何が起きるのかまで分析して初めて、10年後の環境が像を結ぶのである。
将来価値を実現する資源を仕込む
10年後の環境を読み解き、その中で自社がどうありたいかを構想したなら、それと同時に決めなければならないことがある。その姿を成立させる経営資源を、いつから仕込み始めるかである。何を仕込むかは将来提供したい価値から逆算して決まり、かつ仕込みそのものに長い時間を要する。固有技術と組織能力の2つがこれにあたる。どれほど精緻に将来像を描いても、それを形にする技術と、実行を担う組織がなければ、ビジョンは構想のまま終わる。長期ビジョンが実現に至るかどうかは、次の2つを備えられるかにかかっている。
1つ目は固有技術だ。長期の射程に置くべきは、目の前のプロダクト開発ではなく、基礎研究を含む固有技術そのものの進化である。製品は市場の要求に合わせて更新できるが、その土台となる技術は一朝一夕には手に入らない。
ただし、技術開発には固有の難しさがある。年月が経つほど、当初の目的が次第に曖昧になっていくことだ。開発に着手した時点の事業環境と、数年後の事業環境は同じではない。それにもかかわらず、開発は継続されているという理由だけで走り続ける。最悪の場合、開発を続けること自体が目的となり、事業戦略との不一致が生じる。自社がコアとしてきた領域だから、極めてきた分野だからという理由だけで続く技術開発は、この状態に陥りやすい。
これを防ぐには、起点を自社の得意領域ではなく、将来提供したい価値に置くことだ。描いた将来環境の中で、自社は誰に何を提供するのか。それを実現するために必要な機能は何か。そこから逆算して、既存の固有技術のどこを伸ばし、転用するかを定める。既存技術を捨てるのではなく、磨く方向を選び直すということである。
もう1つが組織能力である。これは個人のスキルと、組織の仕組みに分けて捉えることができる。
個人のスキルは、採用という外部調達の手段があるため、短期でも一定は補える。しかし、短期で必要に迫られてからでは、選べる手段はその調達に限られる。既存人員のリスキリングは後手に回り、着手しても成果が出るまでに時間を要する。
さらに、それが個人の能力にとどまるうちは、組織の力にはならない。特定の誰かが持つスキルを、誰が担っても再現できるよう、ナレッジとして蓄積し、マネジメントの仕組みに定着させる必要がある。この転化にこそ、最も長い時間がかかる。
組織能力は、一度身に付ければ終わるものではなく、次の環境変化に応じて更新され続ける。したがって、10年後は最終到達点ではなく、一つの経過地点にすぎない。
【図表】長期ビジョンを実現させる経営資源の仕込みの流れ
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
ビジョンの方向性を中期計画で実行する
固有技術も組織能力も、着手から成果までの距離が長い。3年という射程では、到達すべき姿そのものを構想しきれないのである。方向性が定まったなら、次は配分である。将来提供したい価値から逆算したとき、全ての技術を磨き、全ての能力を備えることはできない。何に配分するかを決めることは、何に配分しないかを決めることでもある。長期ビジョンは、この取捨に座標を与える。
そして、配分を決めただけでは何も動かない。それを実行に移すのが中期経営計画である。その役割は、到達点を描くことではなく、着手を刻むことにある。10年先に必要な技術を最初の3年でどこまで進めるのか。組織の仕組みをいつまでに立ち上げるのか。長期ビジョンで定めた方向と配分を、3年という実行可能な単位に分解して初めて、資源は動き始める。
長期ビジョンの本質は、10年後を言い当てることにはない。予測できる変化を前提として織り込み、予測できない変化を可能性として持つ。その上で、成果が出るまでに10年を要する資源に、どこから、どれだけ着手するかを決めることにある。目の前の数字と10年先の構想を、1本の線でつなぐもの。それが長期ビジョンである。
タナベコンサルティング
ストラテジー&ドメイン チーフマネジャー
工場自動化領域で第二種電気工事士の資格を生かし、法人営業として製造現場の課題解決を経験後、タナベコンサルティングへ入社。ミドルオフィス部門の立ち上げを通じて、フロントメンバーが最大限の付加価値を発揮できる体制を構築している。製造業、IT業界、専門商社を中心に、事業戦略の構築や推進を支える組織づくり・人材育成を得意とし、企業の持続的な成長を支援。真摯で丁寧な対応とストーリー性のある提案が高く評価され、伴走型で課題解決を進めるスタイルを貫いている。