長期ビジョンを事業ポートフォリオへ落とし込む
戦略とは、経営資源の配分である。何を伸ばし、何をやめ、限られたヒト・モノ・カネ・データをどこに再配分するか。この意思決定こそが戦略の本質である。長期ビジョンの実装とは、突き詰めれば、この資源配分を10年という時間軸で描き直す作業にほかならない。
しかし、現場で長期ビジョンを掲げても、事業構成が「今の延長線上」で語られ、中期経営計画は既存事業の改善計画にとどまりやすい。人口減少による国内市場の縮小、デジタル技術による事業構造の非連続な変化、資本市場からの成長期待の高まりといった環境変化により、既存事業の延長線上では立ち行かなくなる企業が多い。
中期経営計画は中期的な投資と実行計画であるのに対し、長期ビジョンは事業構造そのものを非連続に変える設計図となる。改善を積み重ねる延長線上に変革を待つのではなく、非連続な到達点を先に定め、そこへ至る道筋として目先の改善を位置付け直す。この順序を誤ると、中期経営計画は部門別の数値の積み上げに終始し、数字は整っていても事業構造そのものは何一つ変わらないという事態に陥る。長期ビジョンの実現に不可欠なのは、10年後のありたい姿から事業ポートフォリオを逆算し、それを支える人材・資源配分までを一体で設計することである。
つまり、長期ビジョンとは、10年後に自社がどの事業を柱に、どのような価値を社会に提供する企業でありたいかを描く構想なのだ。
多くの企業が長期ビジョンの策定で立ち止まるのは、ありたい姿を売上高やシェアといった総量目標でしか描けないためである。総量目標だけでは、どの事業をどこまで伸ばし、どの事業から資源を引き揚げるかという構造転換の意思決定に落とし込めない。長期ビジョンは、事業構成比という「構造」の言葉に翻訳されて初めて、事業ポートフォリオへ落とし込むことができる。
事業ポートフォリオとは、単なる事業一覧ではない。複数事業の組み合わせによってシナジーを生み、限られた経営資源を成長領域へ集中投下し、企業を次のステージへ導く経営の仕組みである。ビジネスモデルの規模と数の組み合わせが付加価値額を決める以上、全事業を一律に伸ばそうとする発想では、経営資源は分散し、結局どの事業も伸びない。
企業の成長段階に応じて必要な戦略が変わるように、事業ポートフォリオもまた、長期ビジョンが描く10年後の姿から逆算し、規模の節目ごとに組み替えを迫られるのである。
経営目線の事業単位で事業ポートフォリオを描く
事業ポートフォリオの設計でまず着手すべきは、既存の事業区分を見直すことである。多くの企業では、事業は売上高を管理するための部門・拠点単位になっている。しかし、この単位のままでは、成長性の高い事業と成熟した事業が同じ枠に混在し、資源配分の判断を誤ることになる。顧客、商品・サービス、収益モデル、必要資本が近い事業を1つの事業単位としてくくり直し、その単位ごとに成長性/市場魅力度、資本効率・収益性/競争優位性を評価する。この事業単位へのくくり直しこそが、事業ポートフォリオ設計の出発点である。
その評価結果を可視化した上で、各事業の方向性を、「伸ばす事業」「磨く事業」「組み替える事業」「縮小・撤退を検討する事業」の4象限(【図表】)に分ける。
【図表】事業ポートフォリオの4象限
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
ここで重要なのは、全事業を一律に成長させようとしないことである。経営資源には限りがあるため、何に投資するかと同時に、何への配分を抑えるかを決めなければならない。撤退の決断は、経営の意思決定の中でも特に難しい。だからこそ、平時のうちに数値基準を伴う撤退ラインを定めておくことが、10年後の経営体質を左右する。
事業ポートフォリオを構築する経営資源は、ヒト・モノ・カネ・データの4つに整理できる。特に労働集約型の企業が高成長事業へ進出する場合、自社の人員だけで全てを賄えるとは限らない。その場合は、採用・育成だけでなく、M&A、業務提携、外部専門人材の活用など、事業ごとに最適な資源調達方法を選ぶ必要がある。すなわち、事業ポートフォリオの転換には、それを推進する人材の裏付けが欠かせない。
事業戦略を実行する人材へ、そして中期経営計画へ
事業経営を成り立たせる要諦を、タナベコンサルティングでは「1T4M」と呼ぶ。テクノロジー(固有技術)がマーケット(市場)とかみ合って初めて事業は成立するが、それを支えるマネジメント、マネー(資本・財務)、マン(人材)が機能しなければ、優れた技術も事業として結実しない。事業ポートフォリオの転換において最も見落とされやすいのが「マン」である。成長事業を定め、投資資金を確保しても、推進する人材がいなければ、戦略は実行段階で止まる。
したがって、事業ポートフォリオで定めた方向性ごとに、必要な人材の質と量を逆算し、採用・育成・外部活用を組み合わせて確保する。具体的には、まず事業単位ごとの必要人員数と現有人員のギャップを可視化し、充足方法(採用・育成・M&A・外部活用のいずれか)を一覧化することが、着手の第一歩となる。人材確保は事業ポートフォリオに従属する実行機能であり、事業の設計が先にあることを見失ってはならない。
そして、中期経営計画には、事業計画と資源配分計画を切り離さずに落とし込む。新規事業であれば、投資額と同時に、事業責任者の配置、必要な人員体制、獲得手段、育成のマイルストーンまでを一体で計画する。経営会議のレビューでも、売り上げ・利益の進捗と並べて、事業ポートフォリオの転換が計画通り進んでいるか、それを支える資源配分は十分かを定期的な頻度で確認する。
未来の事業を現在の組織に合わせるのではなく、未来の事業に合わせて現在の組織をスクラップ・アンド・ビルドする。この発想転換を経営トップ自らが主導し、長期ビジョンから事業ポートフォリオを逆算し切れるかどうかが、経営計画を実行力あるものへ昇華させる要諦である。
自社の長期ビジョンは、今、何枚の事業ポートフォリオ図に翻訳されているだろうか。その問いから、10年後の資源配分設計は始まる。
タナベコンサルティング
ストラテジー&ドメイン ゼネラルマネジャー
企業の成長戦略において、アイデア創出から市場分析・顧客価値設計・収益モデル構築・事業性評価までを一貫して手掛け、実行可能性の高い新規事業開発を支援。併せて、経営トップとのディスカッションを通じて中長期の「あるべき姿」を構造化し、長期ビジョンから中期経営計画への落とし込みによる「戦略と実行が連動した経営基盤」の構築を推進している。特に、新たな収益の柱を構築する事業ポートフォリオ再設計や、成長ドライバーの再定義において豊富な実績を持つ。