なぜ、中期経営計画と長期ビジョンを分けるのか
中期経営計画は、3カ年程度の数値目標とアクションプランを示した、実行のための計画である。一方、長期ビジョンは10年後のありたい姿を起点に、事業ポートフォリオの配分、成長投資の方針、財務・資本戦略、株主構成や事業承継までを含めて、経営の方向性そのものを定める構想を指す(【図表】)。長期ビジョンがあって初めて、中期経営計画はその実行段階として位置付けられるのだ。
【図表】長期ビジョンの位置付け
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
両者を分けて考えるべき第一の理由は、外部環境の不確実性である。為替の急変、自然災害、海外情勢の緊迫化など、自社でコントロールできない変化は計画の前提を覆し、3カ年の中期経営計画さえ機能しなくなる。長期ビジョンという「目指す旗印」を掲げておけば、環境が変わっても経営の軸がぶれることはない。中期経営計画は変化に応じて機動的に見直す実行計画であり、長期ビジョンは環境が変わっても揺るがない、会社の目指す方向そのものである。
第二の理由は、AIの発達である。過去の実績データによる内部環境分析と、市場動向や同業他社の動向による外部環境分析は、AIによって相当の精度で代替できるようになった。つまり、現状の改善策を積み上げる中期経営計画の骨子は、AIでも描ける。AIが描けないのは、10年後にどうありたいかという意志である。AIが発達する時代だからこそ、長期ビジョンの重要性が増しているのだ。
そして長期ビジョンには、もう一つ大きな効果がある。それは、一体感である。サッカーワールドカップやバレーボールの日本代表の躍進が教えてくれるのは、チームの力は個々の能力を足し合わせただけでは決まらない、ということである。全員が同じゴールを見ているかどうかで、結果は変わる。企業も同じである。共通の目指す姿があるからこそ、社員一人一人が一体となって、先の読めない時代を乗り越えることができる。
長期ビジョンの意味は上場と非上場で異なる
上場企業には、資本市場からの規律が働く。IR情報の開示、ROIC(投下資本利益率)・ROE(自己資本利益率)・ROA(総資産利益率)といった資本効率指標の説明責任、投資家との対話が、長期の企業価値創造ストーリーを描くよう事実上強制する。長期ビジョンを掲げ、成長投資の内容を開示するプライム企業が増えているのも、この外部規律の表れである。
一方、非上場企業には開示義務がなく、外部規律が働かない。そのため長期ビジョンは「あれば良いもの」として後回しにされがちだ。しかし、必要性が低いわけではなく、固有の論点がある。株主構成やオーナーシップのあり方、後継体制の構築と承継のタイミング、意思決定構造と取締役会によるモニタリングである。いずれも一朝一夕には整理できず、計画的に設計しなければ、事業承継時に意思決定が停滞し、企業価値を毀損しかねない。非上場企業では、これらを経営者自身が設計しなければならず、長期ビジョンという内部規律を働かせることが有効となる。非上場企業にとっての長期ビジョン構築が、単なる戦略立案ではなく経営基盤そのものの整備だと言えるのは、このためである。
受注型ビジネスの変革は改善の延長線上にない
物流業、建設業、製造業の業務委託・OEM、受託開発など、受注型ビジネスモデルの業績は、取引先や業界の動向に左右されやすく、特定顧客への依存率も高くなりがちである。卸や代理店を挟む場合は、最終ユーザーの動向すら見えない。
このようなビジネスモデルを本気で変革するには、中期経営計画だけでは足りない。中期経営計画は、既存事業を前提に、コスト削減、業務効率化、価格交渉などの改善を積み重ねる計画である。非常に重要だが、あくまで「今の延長線上の改善」にとどまる。受注型ビジネスは労働集約型で構造的に人件費が増え続けるため、改善を積み重ねるだけでは、利益率は頭打ちになることが多い。
ビジネスモデルそのものを変えるには、新規事業への参入、M&A、デジタル・AIへの投資、受注前の企画・設計段階から関与する提案型サービスの開発など、まとまった戦略投資が必要である。これらの投資は、単年度や中期の数値目標からは生まれない。10年後にどの事業を柱にするか、どこに経営資源を再配分するかという長期ビジョンがあって初めて、腰を据えた戦略投資ができるのだ。
実際に、アパレルの製造卸売業を営むある会社では、正しい現状認識に基づいて長期ビジョンを策定し、単一の事業ドメインだったビジネスモデルを製品特性別のセグメントに再定義した。さらに、新規事業やM&Aを含む10年のロードマップを描き、戦略投資を先に決めた上で、中期経営計画に落とし込んだ。改善を積み重ねた先に変革を置くのではなく、変革の設計図を先に描き、そこから改善を逆算したのだ。同社の社長は「わが社らしい長期ビジョンを策定できたことで、この後の中期経営計画も前向きに策定できた」と語っている。
10年後のありたい姿から今、何を変えるかを決める
長期ビジョンとは、目先の受注に振り回されないための羅針盤であり、戦略投資でビジネスモデルそのものを変える設計図である。非上場企業だからこそ、株主や資本政策の制約を踏まえながら、自らの意思で長期ビジョンを描き、戦略投資を決断できる。中期経営計画は現状の改善、長期ビジョンは非連続の変革だ。受注型ビジネスモデルの経営者は、この違いを理解し、変革のための長期ビジョンを今こそ描くべきである。
経営は、過去肯定・現状改善・未来創造。今の会社があるのは、これまでの歴史と実績のおかげである。その上にある現状をさらに改善し、未来を創る第一歩が長期ビジョンの策定だ。10年後のありたい姿を描き、そこから逆算して今、何を変えるかを決める。その一歩を、ぜひ踏み出してほしい。
タナベコンサルティング 上席執行役員
システム機器商社を経てタナベコンサルティングに入社。これまで物流業、建設業、製造業、卸売業、人材派遣業、SIer、廃棄物処理業など130社以上の企業を支援。2016年より物流経営研究会を立ち上げ、物流業のサステナブルモデルを開発。荷主側の経営課題を把握した上での物流会社の事業戦略構築を得意とする。熱意あふれるクライアントファーストの姿勢によるコンサルティング展開で多くのファンを持つ。全国理美容製造者協会やトラック協会(単県)など荷主側・物流事業者側での講演実績も多数。著書『物流業 4つのサステナブル・ビジネスモデル』(ダイヤモンド社)。