「成長型経済」変化する産業政策をチャンスに
日本経済は今、グローバルな地政学リスク、人手不足と物価上昇、金利のある世界の到来、AIの進展など、かつてないスピードで変化している。企業は環境適応業である。ゆえに企業自身もまた、大きな変化に向けて動き出している。その代表例が、3年連続で5%台の高水準となった賃上げと、史上最高水準にある国内設備投資である※。マクロで見れば、「成長型経済」への移行がいよいよ本格化していると感じている。
こうした時代において、日本経済の成長を支える主役として期待されているのが、“成長意欲の高い”中堅企業であり、“飛躍的成長”へチャレンジする中小企業である。行政サイドもその重要性を理解し、「中堅企業成長ビジョン」を策定し、「100億宣言」や「官民共創プロジェクト」を推進するなど、成長意志のある企業を支援する政策へと大きくかじを切りつつあるように見える。(【図表1】)
【図表1】成長志向企業を支える政策の全体像
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
誤解を恐れずに言えば、「セーフティーネットから“重点支援”へ」と言い換えても良いかもしれない。新しい制度が1つ増えたと捉えるのではなく、企業・産業政策そのもののパラダイムシフトが起きつつあると言えよう。
これまでの行政支援と言えば、補助金や助成金など、ある意味で「資金提供」が中心であったように思う。もちろん、それらの施策は引き続き重要である。しかし現在は、そこから一歩踏み込み、企業の可能性を引き出し、経営力を高め、日本や地域経済をけん引する存在へと成長を促す「伴走支援」が、重要政策の1つになりつつある。
例えば、グローバルや知財の専門家など、プロフェッショナル人材との共創を通じたネットワークプロジェクト、金融機関など地域支援機関と連携しながら成長意欲の高い企業を重点支援する経営力強化事業などは、その代表例である。
さらに、10社程度の域内企業に対する人的資本経営やリスキリング導入支援、個別企業の課題を「1on1」で明らかにし、生産性向上と人材定着を目指すコンサルティングに代表される人的支援領域など、多岐にわたる支援プラットフォームが形づくられている。
これらに共通するキーワードが、冒頭で申し上げた「伴走支援」である。加えて「重点集中」、そして何より「成長意欲の高い経営者(企業)」へのサポートであると、私たちは考えている。従来のように広く薄く支援するだけでは、十分な成果を生み出せないという行政サイドの危機感が、その背景にあるようにも見える。
100億宣言は、ある意味でその象徴の1つかもしれない。売上高100億円という数字だけを目標にする制度ではなく、「地域を代表する企業へ成長する」という経営者の覚悟、すなわち成長意志を社会へ示し、必要な経営資源を結集して支援する仕組みである。
「行政も変化しようとしている」。経営者として、この視点を持っておくことが有益ではないだろうか。
※ 内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2024」(2026年6月)
「ソフトインフラ」を活用し、成長エコシステムを創る
企業成長に必要なリソースの基本は、「ヒト・モノ・カネ」である。しかし今は、情報、知識、信用、ブランド、知的財産など目に見えない経営資源、M&Aやグローバル展開に代表される高度な経営技術、すなわち「ソフトパワー」が企業の競争力を大きく左右する時代になっている。しかし、中堅・中小企業にとってそれらを実装することは、簡単なことではない。
それゆえ、こうしたソフトな経営資源を「獲得し、磨く」ためのネットワークやプラットフォームの重要性が高まりつつある。本稿ではそれを「ソフトインフラ」と呼びたい。
今、行政(国・地方自治体)は、こうしたソフトインフラの強化に力点を置き始めている。金融機関との連携はもちろん、地域の経済産業局、都道府県、市町村、商工会議所、中小企業基盤整備機構、大学、研究機関など、地域に根差した支援機関や団体が、それぞれの専門性を生かしながら、ネットワークとして企業を支えていく仕組みである。
こうした動きは、成長意欲ある日本企業にとって、大きな競争力の一つになり得るのではないか。私はそう提唱している。
例えば、100億宣言を契機に、自治体や金融機関など、各種支援機関との対話が深まり、販路開拓や設備投資、人材採用、海外展開へと発展する可能性がある。
「この企業は成長を期待されている」という社会的信用とネットワークの創造により、金融機関やベンチャーキャピタルが成長投資を検討し、意欲ある人材がエントリーを希望し、大企業は共同事業を検討・提案し、大学は共同研究を進めやすくなると考えるからである。
むろん、それほど簡単ではないだろう。しかし、道路や港湾といったハードインフラが日本経済を支えるように、信用やネットワークというソフトインフラが中堅企業の成長を支える1つの鍵になる、そう捉えたい。その意味で、「信用やネットワークの価値」に、これまで以上に目を向ける経営視点も必要になると判断している。
企業単独で成長する時代から、「成長エコシステム」を創造し、成長させる時代へ──。この視点こそが、持続的・飛躍的成長への確かな一歩になる。
政策トレンドを俯瞰し、長期ビジョンで成長する
「不透明な時代」である。企業が持続的に成長するために最も重要な視点の1つは、「未来の在りたい姿」、すなわち長期ビジョンにあると、私たちは考えている。
企業経営において、業績と向き合うことは欠かせない。しかし、それだけでは今の時代、企業は大きく成長できない。短期的な課題を解決しながらも、その先にある将来像を描き続ける企業だけが、新たな市場を切り拓き、持続的な成長を実現できる。
あるメーカー(A社)は、「世界に通用するニッポン品質」という価値を磨き続け、ブランドの確立に成功した。しかし、その地位に甘んじることなく、次なる成長ステージへと階段を駆け上がるべく、「地域発グローバル!ニッポンクオリティーを世界に届ける」というビジョンを掲げ、数年の歳月をかけて北米市場を開拓し、「再成長」への道を確実に、そしてスピーディーに実現しつつある。
一方、ある地域の建設会社(B社)は、「街づくり企業へと進化し、地域の成長に貢献する」というビジョンを掲げ、M&Aを最大限活用し、建築土木、不動産、インフラ、エネルギー、デザイン、ITソリューションなど多様な事業を展開する「多角的グループ経営」で大きく飛躍している。
長期ビジョンをベースに、グローバル展開(A社)と、連続M&Aによる成長(B社)。実は中堅企業成長ビジョンや100億宣言が目指す政策も、まさにこの長期志向の経営である。
産業政策の最重要テーマの1つとして、長期的視点で飛躍的な成長を志向する経営者を本気で支援し、増やしたいのである。加えて、この2社から学ぶ上で、もう1つ大切な着眼点がある。それが、産業・企業政策の理解を通して「市場トレンドを俯瞰する」ことである。
両社の経営者はいずれも非常に勉強熱心であり、行政ネットワークを通じた勉強会などのプラットフォームも上手に活用している。「現場に加え、トレンド(国の方向性)を押さえる」(A社社長)からこそ、スピーディーな決断が可能になるのである。経営者の覚悟はもちろん重要であるが、「己を知り、市場を知る」(B社社長)からこそ、チャレンジできる。そのことを示唆している2社でもある。
「骨太方針」をご存じだろうか。戦略17分野への官民共創ロードマップを起点とし、成長投資をエンジンとした国の中長期成長戦略である。AI、半導体、航空・宇宙、創薬・先端医療、フードテック、コンテンツなど、多様な成長分野への挑戦が示されている。(【図表2】)
【図表2】骨太方針・日本成長戦略が示す「戦略17分野」
出所 : 内閣官房「日本成長戦略」(2026年7月)を基にタナベコンサルティング戦略総合研究所作成
転換期にある日本において重要な視点の1つが、「日本が何で成長し、どこへ向かうのか」という国レベルでの方向性を捉える(俯瞰する)ことにある。経営者や経営チームは、その方向性と自社の強みを重ね、「自社はどの市場で価値を生み出すのか」「どの分野で地域や社会に貢献するのか」を考え、社員や顧客、パートナー企業などと共有する必要がある。大きく変化するマーケットの潮流を理解すること。今まさに、行政とのパートナーシップが大切な理由もそこにある。
戦略的パートナーシップ「官民共創」を戦略オプションに
繰り返しになるが、これからの時代、1社だけで成長し続けることはますます難しくなりつつある。「社会や地域の課題を解決することで成長する」。そうした局面では、一企業だけでは解決できない課題と向き合う場面が増えているからである。
そこで重要になるのが、「官民共創」という考え方である。ここでいう官民共創とは、行政が制度を提供し、企業が事業を行うという従来の関係だけを指すのではない。行政、企業、地域金融機関、大学、研究機関、大企業、スタートアップ、支援機関などが、それぞれの強みを持ち寄り、新しい価値を共に創り出すことである。
あくまで成長主体としての「企業の意志」が前提である。しかし、行政は制度やネットワーク、金融機関は資金と経営支援、大学は研究開発や人材育成というように、それぞれがプロフェッショナルとしての役割を果たすことで、1社では実現できない成長が可能になるのではないだろうか。
その意味で、行政との関係も「共に未来を創るパートナー」へと発想を転換する必要がありそうである。
経営者が成長ビジョンを宣言し、その成長意志を行政がソフトインフラで支援し、成長する企業が社会や地域に貢献し、人が集まる。こうした好循環を生み出すことこそ、「中堅企業成長ビジョン」が目指す姿の1つではないかと考えている。(【図表3】)
【図表3】官民共創の好循環サイクル
出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
「成長型経済」へ移行する日本経済。それに伴い、企業・産業政策は新しい時代に突入していると感じる。このパラダイムシフトを理解し、さまざまな形での官民共創も有効な戦略オプションの1つと捉え、行政との戦略的パートナーシップを構築していただきたい。
タナベコンサルティング 常務取締役
「次代の後継者、経営者リーダーシップ創造なくして企業なし」をコンサルティング信条とし、事業・組織特性を踏まえた、ドメイン・セクター別事業戦略の構築と実装に注力。「ビジョンマネジメント・コンサルティング(VM経営)」を通じ、100年発展モデルへチャレンジする企業・組織の戦略パートナー。