AIの「導入」から「協働」へ
経営にとって重要なキーワードの1つとなった「AI」。実際、「生成AI」や「AIエージェント」などのAI技術は想像を絶するスピードで進化しており、企業活動の在り方を根本から変えようとしている。
しかし、この技術革新の波を単なるコスト削減や効率化の道具として捉えるだけでは、真の競争優位は得られない。
重要なのは、「いかにAIを導入するか」ではなく、「AIと社員がどのように協働し、企業の価値を最大化するか」という、人間中心の視点に立った経営の再構築である。
多くの企業がAI導入を急ぐ一方で、現場の社員からは「自分の仕事が奪われるのではないか」「AIを使いこなせるのか」「そもそもAIについてよく理解できていない」といった不安の声が散見される。このような状態では、AIの真価を引き出すことはできない。本稿ではAI時代において、経営者や社員一人一人がAIと共存し、より創造的で価値の高い業務に集中できる組織を実現するためのポイントについて解説する。
AI格差を乗り越え「全員参加」へ
AIが注目され始めた当初は、「AIが人の仕事を奪う」という議論が盛んに行われていた。
しかし、実際にはAI自身が仕事を担っているわけではなく、AIを活用することで人間の生産性が向上し、その結果として、これまで必要だった業務が不要になる。その意味で「仕事が奪われる」という状況が生まれつつある。米国のAI半導体メーカー大手であるNVIDIA(エヌビディア)のCEO、ジェンスン・フアン氏も次のようなコメントを残している。
You won’t lose your job to AI — you’ll lose your job to someone who uses AI(AIに職を奪われることはない ──AIを活用する誰かに職を奪われるのだ)
この言葉が示唆するように、AIの活用こそが今後の働き方を大きく左右する。しかし、残念ながら、AIの恩恵を享受できる人とそうでない人の間で「AI格差」が生じていることが各種調査で明らかになっている。総務省「情報通信白書 令和7年版」においても、日本のAI利用率は、先進国だけでなく新興国と比較しても低い状態であるとされている。
これは国家間の比較に限った話ではない。企業内においても、AIを活用している人と、AIを使ったことがない人との間で格差が広がっている状況が見られる。実際、コンサルティングの現場や研修の受講生にヒアリングをしたところ、AIを活用した経験がある人は全体の1、2割程度にとどまるという結果だった。一方、AIを活用している人は複数のツールを日常的に活用しており、未使用者との間で活用度合いの差が広がっていると考えられる。AIへの注目が高まり、利用が広がりつつある中で、活用状況の格差が課題として浮上しているのである。
この企業内格差は、AI導入の成功を阻む最大の障壁である。一部の部署や社員だけがAIを活用しても、組織全体の生産性向上やイノベーションにはつながらない。AIの恩恵を組織全体で享受するためには、「使えない人」をなくす施策と、「協働」を前提とした組織文化の醸成が不可欠となる。具体的には、次の3つのポイントが重要だ。
❶AIリテラシーの底上げ
全社員にAIの可能性と限界を正しく理解する機会を提供すること。
❷ 業務プロセスの再設計
AIが担当する領域と、社員が担当する領域を明確に分離し、協働しやすい仕組みを構築すること。
❸ 不安の解消とモチベーション向上
AIは社員をサポートし、より付加価値の高い業務に集中させる「パートナー」であるという共通認識を浸透させること。これらの施策を通じて、全社員がAIを当たり前に活用できるようになり、組織全体で競争力を底上げできる。
ただし、リテラシーの底上げだけで、AIに代替されない「創造的な仕事」を生み出すことはできない。AI時代に本当に求められる能力=「人間力」を磨き上げることが大切である。
「人間力」の向上が鍵となる
内閣府ではAI戦略における「人工知能基本計画(案)」(2025年11月21日時点)において、4つの「基本方針」を閣議決定に向けて示している(【図表1】)。ここで注目すべきは、4つ目の方針で「人間力」の向上が掲げられている点である。
【図表1】「人工知能基本計画」における4つの基本的な方針
出所 : 内閣府「人工知能基本計画骨子」(2025年11月21日)よりタナベコンサルティング戦略総合研究所作成
AI時代における「人間力」とは「チャレンジ精神や主体性、行動力、洞察力、企画発想力、創造性」など、AIが代替できない、またはAIが苦手とする「人間らしい」領域であり、AIと協働しながらも、人間が主導権を握り、人間中心のAI社会実現のための重要なスキルとされている。
「三現主義2.0(AI時代)」への進化
AI時代に求められる「人間力」を発揮し、AIと効果的に協働するための具体的な行動原則こそが「三現主義2.0」である。AIに代替されない「人間力」と「三現主義」を一体のものとして推進することが重要となる。
AI時代における「三現主義2.0」は、従来の「現場」「現物」「現実」を重視する考え方に加え、デジタル空間でAIが提供する洞察や予測を組み合わせ、検証・深化させるものと定義する。従来の「三現主義1.0」が「情報不足」や「データ欠如」を補うために現場へ赴くアプローチであったのに対し、三現主義2.0は「情報過多」や「データのバイアス」を是正し、AIとの協働による価値最大化を目的とするものである。(【図表2】)
【図表2】AI時代の「三現主義2.0」
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
例えば、AIは学習するデータに影響を受けるため、過去の不適切な習慣や偏見を増幅する「データバイアス」を内在する可能性がある。そのため、現場・現物・現実の情報を基に、こうした偏りやノイズを取り除く必要がある。また、三現主義2.0は人間の役割をシフトさせるものでもある。三現主義2.0において人間に求められる役割は次の通りである。
❶ 設計者
適切な「問い」を設定する。AIに何を分析させるか、どの倫理的制約を設けるかを現場で定義する。
❷ 監督者
AIの行動を「評価」し、責任を負う。現物・現実に基づき、AIの予測や行動が倫理的・持続可能であるかを検証し、最終承認と責任を担う。
❸ 創造者
「新しい価値」を創造する。AIが効率化した時間とリソースを活用し、現場の深い洞察に基づいた革新的なアイデアを生み出す。
創造の本質は“違和感への執着”
AIは「平均的な正解」を導き出すことは得意だが、変革を起こすためには、「みんなが当たり前と思っていることに違和感を覚え、情熱を持って突き詰める」という人間ならではの姿勢が必要になる。
AIが大量のデータから導き出す結論は、あくまで「過去の最大公約数」であり、「既存の常識を最適化」した結果に過ぎない。AIは、論理的なデータ分析においては圧倒的な能力を発揮するが、「なぜこの常識や習慣は存在するのか?」といった問いを生み出したり、それに答えたりすることは不可能である。
三現主義2.0において、AIは「予測・洞察」という強力な道具を提供するが、その予測がたとえ「失敗確率は99%だ」と示しても、残りの1%の可能性に賭け、「絶対におかしい」と信じ続けることは、データや論理ではなく「信念」に根ざした人間の領域である。
AIは「信念(価値観やモラルに基づく譲れない思い)」や「執念(感情に根差した粘り強さ)」までは持ち合わせていない。したがって、AI時代において最も重要な「人間力」とは、AIが持たない「信念」や「執念」に基づき、データや論理が否定する可能性を信じ続ける「違和感への執着」に他ならない。この執着こそが、既存の常識を打ち破る真のイノベーションの源泉である。
私たちがよく知る革新的なサービスも全て、当時の常識に対する「違和感への執着」から生まれている。例を挙げると、Netflix(ネットフリックス)は「DVDレンタルは店舗があることと延滞料金があることが常識」という業界の当たり前に、「なぜ手間と不満が伴うのか?」という違和感を突き詰めた結果、サブスクリプションというまったく新しい価値を生み出した。
また、SpaceX(スペースエックス)は「ロケットは使い捨て」という巨大産業の常識に、「なぜ再利用できないのか?」という違和感を持ち続け、回収・再利用というイノベーションを実現した。【図表3】は、こうした「違和感」を原動力に変えた事例である。
【図表3】「違和感」を突き詰め、革新的サービスを生み出した事例
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
揺るぎない成長に向かって、われわれは信念や執念を持って向き合っていくことが求められている。数十個ある違和感の中から「決断し、徹底して突き詰める」には、違和感を突き詰める時間と、その違和感を否定しない組織文化が必要である。
AIに仕事を効率化させることで時間を創出し、創出された時間を「違和感の追求」という創造的な人間にしかできない活動に集中することこそ、AI時代の企業経営における競争優位性につながる。しかし、この違和感への追求を支え、揺るぎない信念として持ち続けるためには、論理やデータを超越した「情熱」が必要である。
最後に、AI時代に一人一人の心に火を灯し続け、組織を成長に導くこと重要性について考察する。
成長の原動力は「意志」と「情熱」
AIが効率化と最適化を担う時代だからこそ、経営者は、データやシステムでは測れない「企業の存在意義(パーパス)」を社員に伝え続けなければならない。
「なぜ自社がこの事業に賭けているのか」「なぜ自分がこの仕事に執念を持って取り組んでいるのか」「クライアントにどう貢献していきたいのか」といった気持ちに火を付けて燃やし続けることは、AIには絶対にできないからである。
その火を燃やし続けるのは、「人間の意志」や「ストーリー」である。「AIがすごいことをした」という事実よりも、「AIを使って、自分が新しい何かに挑戦できた」という体験こそが、長続きする本当のワクワク感を生み出す鍵である。
社員のポテンシャルを解放し、AI時代において真の競争優位性を確立できるかどうかは、経営者の「意志」と「情熱」にかかっている。
タナベコンサルティング マネジメントDX ゼネラルマネジャー
金融機関にて法人営業、融資審査業務に従事後、海外にて就業。その後、市役所に入庁し、市の総合計画の進捗管理・調整およびふるさと納税の推進・ECサイト管理を経て、タナベコンサルティングに入社。現在は、ERP導入支援、業務効率化支援、IT化構想、デジタル人材育成、新規事業開発、ビジョン・中計策定支援など幅広い分野で活躍し、クライアントの事業発展に貢献している。