評価の高いM&Aとは?
出典 : ブリヂストンホームページを基にタナベ経営作成
M&Aの戦略構築ステップ
その点では、デューデリジェンスにはリスクを緩和する効果があるが、リスクを完全に取り除くものではない。デューデリジェンスは相手方が出してきた情報をもとに精査を行うものであり、相手方が提示してこない情報については、基本的にアクセスすることが難しい。
最終合意後の統合作業(PMI)が最も難しいフェーズである。統合作業では、ヒト・モノ・カネの三つを自社の基準に合わせていかなければならないが、異なる風土の社員がいきなり同じ考え方をするだろうか。また、異なる人事制度を運用していた企業をいきなり一つにしたときに社員の間に納得感は生まれるだろうか。一足飛びに合意を得ることは難しいのが実情だ。
実際、契約書のまき直しや決裁フローの整備など、社員の感情が絡まない場面での統合作業でも、「従来の業務の慣習が崩れる」として相手方社員から抵抗を受ける場合がある。従って、社員の感情や組織の風土など、目に見えない要素をいかにして一つにしていくかが重要だ。同時に、事業上で当初予定していたシナジーが出るかどうかを売上高・利益の上昇やシェアの拡大で客観的に測るのである。
統合作業の最中に、ブリヂストンのように何度も経営危機にさらされる場合もあるが、そのたびに、目的に立ち返り、事業をどのようにしていくべきかを考えなければならない。
統合作業はチームビルディングに始まり、長期的目線で展開する施策と、短期的に効果を上げなければならない施策に分けられる。期間としては、最終合意後からおよそ100日間で今後の方針を立てねばならない。時間との勝負である。
中堅・中小企業には、買収前の企業風土や制度をそのまま継続することで、社員に生じる違和感や不満を和らげ、円滑にM&Aの効果を引き出そうとする方法も見受けられる。このような方法が有効な場合ももちろんある。ただし、その場合でも業務に関するPMIは少なからず必要になってくるはずだ。
PMIの過程でうまく新しい企業の風土またはやり方に順応させ、シナジーを生み出すことがM&Aの成功と呼べるのである。
M&Aは実行フェーズに目が向きがちであるが、実際は、戦略の構築と実行後の統合フェーズの中で双方の定量的指標や定性的な目標が達成できたかどうかが問われる。仮に想定したシナジーを生み出すことができない場合、双方が不幸になることもある。M&Aを成長戦略に取り込み、「時間とノウハウ」を買うことにより変化の速い時代に対応することが必要だ。まだM&Aを実施したことがなく、選択肢の一つとして考えている企業は、一歩を踏み出していただきたい。
1.M&Aのトレンド
日本のM&A市場は、2018年からの流れを継続し、2019年に入っても件数が増加している。2019年1~9月時点で、前年同期比10.4%増の3038件であった(レコフデータ調べ)。過去最高水準で推移しており、M&Aが企業にとって事業戦略や経営戦略を実現するための有効な手段として定着しつつあることがうかがえる。大企業が何千億円もかけて買収を実行したというニュースがテレビを駆け巡るが、いまやM&Aは大企業だけの経営技術ではない。中堅・中小企業も実行できる(使いこなさなければならない)手法である。
M&Aの評価は、譲渡契約書を締結した時点で決まるものではなく、M&A後の企業の成長で決まる。では、M&Aが「失敗した」と捉えられるのはどのような場合だろうか。失敗の主な要因は、ディール(取引)の各段階に合わせて三つ考えられる。このうち、最も大きなポイントは「戦略的失敗」である。
M&A失敗の主な原因
そもそも出発点に問題があると、その後ディールが進んでいったとしても取り返すことは難しい。いかに低い価格で買収できたとしても、一度掛け違えたボタンを直すことは容易ではない。
「目的は何か?」「その会社は本当に“欲しい”会社か?」
この問い掛けから、M&Aがスタートするのである。
-
- 1. 戦略的失敗
- 2. 買収価格が高い(高値づかみ)
- 3. 統合作業がうまくいかない
2.ブリヂストンの事例
M&A実行時には物議を醸したが、20年近くたって評価を高めた案件が存在する。ブリヂストンだ(【図表1】)。評価を高めた要因は、「揺るぎない戦略」である。
ブリヂストンは、事業戦略上、北米進出が避けて通れない状況でM&Aを実施し、ファイアストン社の経営危機についても粘り強く対応した。
結果として、業績は日本国内をしのぐようになり、名実ともにグローバルカンパニーに成長した。M&Aの評価は買収当初こそ低かったが、現在では評価を挽回したと言ってもよいのではないだろうか。2度の危機に対して再売却や破産ではなく、立て直しを実施したのは、ブリヂストンの胆力がなせる業であったと言えよう。
【図表1】ブリヂストンのM&A事例
出典 : ブリヂストンホームページを基にタナベ経営作成
M&Aの戦略構築ステップ
1.事業戦略の明確化
M&Aは常にリスクとの戦いでもある。買収するまで、双方とも互いの企業の中身を真に知ることはできず、買収後も会計・法務・税務などの課題が山積する。また、風土の違いがシナジー(相乗効果)を生みにくくすることもある。そうした中で、買収交渉から統合作業までを粘り強く実行するためには、目指すべき姿が明確になっていなければならない。
例えば、第一交通産業は「多角化経営で“地域密着の総合生活産業”を目指す」ことを掲げてM&Aを実現している。M&Aの成功の定義、すなわち「M&Aで実現したいことは何か」を明確にしているのだ。
事業戦略が決まると、付随する機能的な戦略である経営戦略が決まる。つまり、「ヒト・モノ・カネ」の戦略である。どの順序で経営資源を強化するのかを決める必要がある。
2.参入戦略の選択
事業戦略と経営戦略が決まった場合、次に参入戦略を検討することになる。
冒頭で述べた通り、M&Aはあくまでも数多くある手段の中の一つである。M&Aの反対に位置する言葉にオーガニックグロース(自律的成長)がある。
参入戦略の検討段階では、自社の戦略をM&Aで実現すべきか、オーガニックグロースで実現すべきかなどを検討していくことになる。(【図表2】)
【図表2】参入戦略例
3.M&A戦略
参入戦略においてM&Aが選択された場合、M&A戦略を本格的に検討することになる。事業戦略構築⇒参入戦略検討⇒M&A戦略、という一連の検討がほぼ同時期になされる場合もある。
M&Aによって得られる効果はさまざまだ。吸収戦略(競合関係にある企業をグループに取り込む)やロールアップ戦略(規模の小さな企業や同業を連続的に買収)、許認可取得戦略(新規取得が難しい許認可を持つ企業の買収)、ブランド買収戦略(ブランド力のある商品・事業の買収)やクロスボーダー戦略(海外に事業基盤を持つ企業の買収)、垂直統合戦略(川上または川下企業の買収)、ポートフォリオ戦略(複数の事業を持つ企業が事業の組み合わせを変える戦略)などが考えられる。
プレM&A(M&A取引前の戦略立案)の段階では、「事業戦略×参入戦略×M&A戦略」の掛け合わせでM&Aの実施が決定付けられる。例えば、ハヤブサは、新規事業を垂直に立ち上げることと既存事業を補完することとを比較し、後者でのブランディング効果や新商品の共同開発を目指してM&Aを実行した。また、タカハシアートプランニングは活況である東京のエンターテインメントや外食市場に目を付け、関東圏での既存事業拡大を目的にM&Aを実行した。
戦略の大枠が固まったら、次にターゲットの選定である。ここが最も重要だ。「“良い会社”を買うのではなく、『欲しい会社』を買う」ことである。事業が近しいからと言って、ただやみくもにアプローチしても効果は薄い。買収候補先を複数リストアップ(ロングリスト)し、営業種目/取引金融機関/株主/主要仕入れ先/主要得意先/売上高/経常利益/有利子負債/想定シナジー/売却可能性を各社ごとに検討する。さらにアプローチ方法の難易度から優先順位を付け、ショートリスト(接触予定先)を仕上げていく。
次に、アプローチである。単純なノックやDM(ダイレクトメール)だけでなく、アドバイザーや金融機関、利害関係者を通じたアプローチが必要となる場合もある。こうした段階を経て、ようやく特定の企業との間でM&Aの交渉が進んでいく。そして、デューデリジェンスや最終譲渡契約締結に向けた交渉が展開されるのである。
M&A実行後
M&Aはプレフェーズから実行フェーズへと移り、最終的に譲渡契約書を締結したら完了かというとそうではない。最終合意はまだ始まりにすぎない。M&Aの最終的な成果は「シナジーの創出=成長」で測られなければならない。この部分がとにかく困難である。買収が完了して、初めて知る事実の方が圧倒的に多いからである。(【図表3】)
【図表3】PMI(買収後の統合作業)のステップ
その点では、デューデリジェンスにはリスクを緩和する効果があるが、リスクを完全に取り除くものではない。デューデリジェンスは相手方が出してきた情報をもとに精査を行うものであり、相手方が提示してこない情報については、基本的にアクセスすることが難しい。
最終合意後の統合作業(PMI)が最も難しいフェーズである。統合作業では、ヒト・モノ・カネの三つを自社の基準に合わせていかなければならないが、異なる風土の社員がいきなり同じ考え方をするだろうか。また、異なる人事制度を運用していた企業をいきなり一つにしたときに社員の間に納得感は生まれるだろうか。一足飛びに合意を得ることは難しいのが実情だ。
実際、契約書のまき直しや決裁フローの整備など、社員の感情が絡まない場面での統合作業でも、「従来の業務の慣習が崩れる」として相手方社員から抵抗を受ける場合がある。従って、社員の感情や組織の風土など、目に見えない要素をいかにして一つにしていくかが重要だ。同時に、事業上で当初予定していたシナジーが出るかどうかを売上高・利益の上昇やシェアの拡大で客観的に測るのである。
統合作業の最中に、ブリヂストンのように何度も経営危機にさらされる場合もあるが、そのたびに、目的に立ち返り、事業をどのようにしていくべきかを考えなければならない。
統合作業はチームビルディングに始まり、長期的目線で展開する施策と、短期的に効果を上げなければならない施策に分けられる。期間としては、最終合意後からおよそ100日間で今後の方針を立てねばならない。時間との勝負である。
中堅・中小企業には、買収前の企業風土や制度をそのまま継続することで、社員に生じる違和感や不満を和らげ、円滑にM&Aの効果を引き出そうとする方法も見受けられる。このような方法が有効な場合ももちろんある。ただし、その場合でも業務に関するPMIは少なからず必要になってくるはずだ。
PMIの過程でうまく新しい企業の風土またはやり方に順応させ、シナジーを生み出すことがM&Aの成功と呼べるのである。
M&Aは実行フェーズに目が向きがちであるが、実際は、戦略の構築と実行後の統合フェーズの中で双方の定量的指標や定性的な目標が達成できたかどうかが問われる。仮に想定したシナジーを生み出すことができない場合、双方が不幸になることもある。M&Aを成長戦略に取り込み、「時間とノウハウ」を買うことにより変化の速い時代に対応することが必要だ。まだM&Aを実施したことがなく、選択肢の一つとして考えている企業は、一歩を踏み出していただきたい。
『成長M&A』実践研究会
M&Aの経験が豊富な会社の事例研究を通じて、よりM&Aの成功へ近づくノウハウを学びます。さらに、M&Aの譲渡企業・譲受企業の両社の声が聞ける対談も実施。全6回のカリキュラムで戦略立案~PMIまで体感できる内容です。
PROFILE
丹尾 渉
Wataru Nio
タナベ経営 経営コンサルティング本部 部長代理。クライアントの成長に対する「真摯」な姿勢と、ビジョン実現へのステップを着実に進める「丁寧」さを持ち味とし、財務戦略を中心としたコンサルティングで活躍中。決算数値を企業改革の宝と捉える着眼で、共に成功事例を生み出し、業績が上がる体質を作ることを信条としている。