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タナベコンサルティンググループの各分野のプロフェッショナル・コンサルタントが、経営戦略・事業戦略・組織戦略などの経営メソッドを解説・提言します。
コンサルティングメソッド 2019.08.30

「資金運用計画書」作成のススメ:経営コンサルティング本部

資金運用計画書の作成目的

 

「今期末の借入金残高はいくらですか?」「今期の売上高・利益計画を達成すると、期末の現預金残高はいくらになりますか?」

これらの質問に対し、的確に答えられる経営者は少ない。あまつさえ期末時点での自社の貸借対照表を、大まかにイメージできる人もそう多くない。

 

私は企業経営者や後継者に向けたセミナーで、こうした質問に答える手法として、「資金運用計画書」の作成を勧めている。前期(期首)の貸借対照表(B/S)と損益計算書(P/L)、当期の売り上げ・利益計画から、期中の資金運用(源泉と使途)を一覧表にて明らかにする。そして、作成した資金運用計画書から当期末時点の目標B/Sを導き出すのが狙いである。(【図表1】)

 

【図表1】資金運用計画書を活用した目標B/S作成の流れ
201909_review3_01

 

資金運用計画書を作る目的は、大きく次の四つである。

①売り上げ、利益、設備投資、運転資金の増減、借入金を、キャッシュ増減を軸にして有機的に理解できる
②自社の売り上げ、利益が増加(減少)した場合、運転資金とそれに伴う借入金がどれだけ必要か分かる

③計画的な資金調達や設備投資の指示、金融機関との交渉などができる

④B/Sに経営者としての「意思」を入れることができる

 

多くの経営者は計数や財務に苦手意識を持っているが、この考え方をいったん理解してしまえば、B/SとP/L、C/F(キャッシュフロー計算書)まで有機的に結び付けることができるようになる。さらに、資金運用計画書から2、3年後の目標B/Sを作成することにより、経営者が意思を持って「B/Sを変える」こともできる。

 

【図表2】資金運用計画書の作成例
201909_review3_02

 

 

 

 

作成の流れ

 

(1)資金運用計画書とは

作成に当たって、まず前期のB/SとP/L、当期のP/L計画を用意する。次に、【図表2】のフォーマットに従い数値を記入していく。具体的には、中長期経営に必要な「固定資金」を上段、短期の「運転資金」を下段に配置し、それぞれを資金の「源泉」(調達)と「使途」(運用)に分ける。

 

そして、前期B/Sの期末現預金(当期の期首現預金)を出発点に、前期B/SとP/L、当期P/L計画を基に資金繰りの増減を算出し、当期末の現預金がどうなるかを求める。これで資金運用計画書が出来上がる。

 

その期末の現預金と、算出の過程で増減を求めた売上債権・買掛債権、設備投資による固定資金の増加と、減価償却費による減少、内部留保による利益剰余金の増減などを前期B/Sに反映させると、当期末の目標B/Sが出来上がる仕組みである。

 

(2)固定資金の使途と源泉のバランスを取る

まず固定資金について、前期末の現預金残高がキャッシュポジション(手元流動性、以降CP)として適正かどうかをチェックする。自社でCPを定めている場合は、それと比較してみる。定めていない場合は、一般的に月商(年間売上高の12分の1)の1~3カ月分が目安となる。CPが適正であればその水準を維持するように、そうでなければ最終的に期末の現預金を適正水準に収めるよう意識する。

左側の源泉の欄には、当期P/L計画から経常利益と減価償却費、予定している借入金(または直接金融による増資など)の調達金額を記入する。右側の使途の欄には、法人税など税金の支払額、長期借入金の約定返済額、当期に予定している設備投資金額などを記入する。

 

そして、左右のバランスを見て、使途の金額に比べて源泉の金額が少なければ、長期借入金の調達金額を増やしたり、設備投資を減らしたり、または当期のP/L利益計画自体を見直したりなど、是正策を検討する。逆に、使途に比べて源泉が多ければ、それを運転資金に回す、または長期借入金の返済に充てることなどを検討する。

 

固定資金の検討が終われば、期首の現預金が、固定資金の調達・運用によってどう変化するかを確認する。期首の現預金が減少し、想定しているCPを下回るようであれば、バランスの調整を考えねばならない。なぜなら、ここのバランスが悪いと、そもそも長期借入金で調達すべきところを短期借入金で調達したり、キャッシュのバランスを崩してまで過大な設備投資を行ったりすることにつながるからだ。

 

(3)売り上げの増減による運転資金の増減を算出する

次に、運転資金を検討する。まず、前期P/Lから月商と月の支払原価(売上原価の12分の1)を求め、売上債権、棚卸資産、買掛債権それぞれの回転期間を算出する。回転期間は、月商の何カ月分を売掛金や在庫、買掛金として保有しているかを表すため、会社の資金回収条件や支払条件、ビジネスモデルとも深く関係する。

 

そして、当期P/L計画から当期の平均月商と支払原価を求め、それらに前期で求めた売上債権・棚卸資産・買掛債権の回転期間を掛けると、前期と同様のビジネスモデルで商売を行った場合の売上債権・棚卸資産・買掛債権の残高が算出される。

必要運転資金は、「売上債権+棚卸資産-買掛債権」の数式で求められる。前期と当期の運転資金の差額(増減額)は、前期と当期で売上額が変動したことによる必要資金を表している。

 

(4)必要借入金を検討し、期末の現預金をコントロールする

必要運転資金を算出できたら、それが固定資金の余裕資金で賄えるのか、または短期の借入金で手当てするのかを検討する。必要運転資金が増加し、期末の現預金が大幅に減少すると見込まれる場合は、無理せずに増加した運転資金分を短期借入金で賄いたい。運転資金の増減を確認し、借入金を検討するなどして期末の現預金残高まで確認できたら、資金運用計画書は完成である。

 

あとは、作成する過程で算出した各勘定科目の増減を前期B/Sに落とし込めば、当期P/L計画に基づく当期末の目標B/Sが出来上がる。この目標B/Sと、中期経営計画などに組み込まれている次期、次々期のP/L計画を使えば、2、3年後の目標B/Sを作ることも可能だ。

 

資金運用計画書は四則演算(+-×÷)しか使わないため、手順に従えば容易に作れる。経営に対する理解も確実に深まる。ある経営者は「今までP/L計画ばかり追い掛けてきたが、売り上げが増えるほど資金は足りなくなり借入金が増える一方だった。(資金運用計画書の作成によって)ビジネスモデルを変えて売上・買掛債権の回転期間を変えないと、売り上げが増えるほどキャッシュフローが苦しくなる一方だということに気付いた」と言った。

 

売り上げが伸びて、資金繰りに苦しむようでは話にならない。財務が苦手な経営者は、ぜひ資金運用計画書の作成に自ら取り組んでほしい。