国内建設市場においては、約1年後に迫った東京オリンピック・パラリンピックの開幕(開会式:2020年7月24日)に向けた再開発や「国土強靭化計画」などが進められ、その後も都市部を中心とした大型プロジェクトの存在により、短期的には建設需要が拡大している。(【図表】)
【図表】名目建設投資額の推移
加えて、建設資本ストックの維持更新投資の観点に立つと、建設後50年以上経過する社会資本の割合は急速に拡大することが見込まれており、長期的に見ても潜在的な建設需要は一定規模の拡大が見込まれる。
一方、建設業界では人手不足が深刻化している。ヒューマンタッチ総研の試算によると、建設技術者数は2019年の48万1477人から減少に転じ、2025年には45万4821人となる見通しだ。建設市場が現状維持で推移した場合、2025年には6万7219人が不足するという。
また、建設現場で働く技能労働者を含めると、2025年度までに109万人が退職するとの試算結果(日本建設業連合会、2015年)もある。産業間で人材争奪戦が激化すれば、労働条件面で劣る建設業はいよいよ劣勢に立たされることが予想されよう。
さらに、地方部の停滞も進んでいる。「金融システムレポート」(日本銀行、2019年4月17日)によると、約6割の地方銀行が10年後の2028年度に最終赤字になると試算された。地方都市の人口減少と地域経済の伸び悩みによる資金需要の先細りが背景にあるが、これはローカルを基盤とする地場ゼネコン(地方建設会社)の先行きを暗示している。
私は近年、タナベ経営が主催する「建設ソリューション研究会」での活動を通じ、多くの建設関連企業を視察・研究している。その中で、地場ゼネコンが生き残る上で多くの示唆を与えてくれるモデル事例と出合うことも少なくない。本稿では、その一つである「須山建設」(静岡県浜松市、須山宏造社長)を紹介したい。
同社は創業100年以上の長寿を誇る、地域密着型の建設会社。独自のワンストップソリューションシステムに磨きをかけ、地場の建設企業の中でも群を抜く高収益を上げている。
高収益を支える包括的アプローチ
「ワンストップシステム」と「生産性向上活動」
1905年創業の須山建設は、公共・商業施設の建築物から環境整備まで、事業企画・設計や施工・維持管理をワンストップで手掛ける。またグループ9社で舗装工事や下水道推進工事、リフォーム、建設仮設レンタル、不動産、サービス付き高齢者住宅(サ高住)、建築構造設計、空調設備などの関連事業を多角展開している。
企業規模は売上高284億円、営業利益21.4億円(売上高営業利益率7.5%)、従業員数400名(グループ計、2019年3月期)。高い収益力とともに無借金経営と、財務安定性にも優れている。
事業は、環境(土木事業)、都市(建築事業)、マンション(賃貸マンション事業)に大別され、全売上高に占める事業別構成比は36%、50%、14%。このうち自社の設計施工物件は50%に及ぶ。同社の強みは、デザインビルド(設計・施工一括提案)を中核に据えた「ワンストップ建設ソリューションシステム」と、「トヨタ生産方式を取り入れた生産性向上活動」である。川上から川下のバリューチェーン(価値連鎖)と、オペレーション全体に及ぶ包括的なアプローチが高収益を支えている。
(1)ワンストップ建設ソリューションシステム
建設事業に関わる「企画立案コンサルティング→設計→施工→アフターサービス→更新・改修→不動産土地活用」という6機能を、グループの総合力によって高い次元で提供する。特に、意匠・設備・構造の専門スタッフが一体となって提供する「総合設計力」は、設計・施工一括受注の構成比率の引き上げに大きく貢献し、地域密着展開に欠かせない。
システムの要である「企画立案コンサルティング機能」を磨く上で、早くから賃貸マンション事業に取り組んできたことが奏功している。「リワード」ブランドで展開する賃貸マンションは累計600棟、7852戸(2019年3月)を数え、近年はサ高住やシニア向け賃貸マンションの企画・運営事業につながっている。
(2)トヨタ生産方式を取り入れた生産性向上活動
同社は1979年から40年にわたり、製造業の発想を経営活動全般に取り入れ、コストダウンや生産性向上を実現。具体的には、JIT(ジャスト・イン・タイム)生産方式や改善提案活動、VE、5Sなどのトヨタ生産方式を習得する過程を通じて、「SPS(Suyama Production System)」という独自のシステムを構築している。
近年の実績を見ると、社員による改善報告書提出は年間4500件以上、コストダウン効果は2億数千万円以上だ。また、地の利を生かして機械メーカーと施工現場の自動化・省力化設備(ロボット)の共同開発に取り組み、移送式足場用電動キャスターやコンクリート工事に使うコードレスバイブレーターなどを開発した。
「勤勉、誠実な社風」の形成を促す改善活動
競争力の高い企業を説明する際、ある特長的な経営資源のみに基づいて言及すると分かりやすい(「日産自動車は電気自動車に強い」など)。しかし、そうした説明は、実は本質を捉えていない場合が多い。
例えば、トヨタ自動車の真の強みは、決して一言では言い表せない。それは、多くの活動にまたがるテーマ(低コスト、顧客サービス、ある特定領域の価値など)が、その企業のあらゆる活動の網の目、いわば「有機的に統合された活動システム」によって体現されたものであり、限定された特長のみから導き出されたものではないからだ。
須山建設も同様に、包括的なアプローチが全方位的な活動のため、特長を一言で語りにくい。有機的に統合された複雑なシステムのため、一つのキーワードでは言い表せない。つまり、同社の競争力は「勤勉、誠実な社風(他社が一朝一夕にはまねできない究極の経営資源)」に根差しており、外部には“高収益の秘訣”を説明しづらいのである。
同社の社是の第一には、「誠実を旨とし、仕事に尽力すべし」が掲げられている。この社風づくりに、長年にわたるトヨタ生産方式の移植活動が寄与しているのでないかと、私は強く感じる。
世界中の経営学者や研究者が、トヨタ自動車の強みとして異口同音に論じる点は、「正しいプロセスで仕事をすれば、結果は必ず伴う」という経営思想だといわれる。須山建設は、トヨタ生産方式に基づく改善活動に長年取り組む中で、「プロセス重視」の勤勉・誠実な社風をつくり上げてきた。それはグループを結び付ける経営思想ともなっている。