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タナベコンサルティンググループの各分野のプロフェッショナル・コンサルタントが、経営戦略・事業戦略・組織戦略などの経営メソッドを解説・提言します。
コンサルティングメソッド 2019.06.28

中長期ビジョンは将来へのロードマップ:福元 章士

今後10年に全国で約半数の社長交代が終わる

 

団塊世代の社長交代が進まず、社長の平均年齢は上昇し続けている。東京商工リサーチの調査によれば、2018年の全国の社長平均年齢は前年より0.28歳伸びて61.73歳と、最新の調査においても最高年齢を更新した。(【図表】)

 

【図表】全国社長の平均年齢推移

出典:東京商工リサーチ「全国社長の年齢調査」

出典:東京商工リサーチ「全国社長の年齢調査」

 

 


中小企業経営者の引退時期は68~69歳と推察される(中小企業庁「2018年版中小企業白書」)。つまり、今後10年間で事業承継がさらに加速し、新たな経営者が誕生することになる。そこで、後継経営者がまず手を付けなければならないことは何か、何を優先的に実施すればよいのかについてお伝えしたい。

 

 

 

中長期ビジョンを考え明示する意義とは

 

後継経営者は、まず何をすべきか?それは、後継者自身が自社の現状を正確に把握することである。自分自身の目で社内を確かめること、いわゆる「現場主義の徹底」から始めるべきだ。

大切なのは良否や優劣ではなく、あくまで事実として、自社がどのような状態で、どこに課題を有しているのかを認識することである。これを前提として、自分自身が描く10年後の会社の姿を考える。

どのような会社になっていたいか?それは、定性ビジョンと定量ビジョンの2つで示すとよい。

 

例えば、「○○分野でナンバーワン企業になる」という定性ビジョンを掲げるとする。仮に、○○分野の市場規模が1000億円として、ナンバーワンシェア30%を獲得するためには、売上高は300億円が必要だ。そこで、定量ビジョンは「売上高300億円、売上高経常利益率10%以上」と設定する。

このように、定性ビジョンを定量ビジョンで具体化すると、社員は達成すべき目標をイメージしやすくなる。ゴールが決まれば、あとはその目標を達成するために、どのような戦略を立案するか検討する。

 

社員の大半は、新しい社長が会社をどのように導いていきたいのかを知る機会がない。新社長が何を考えているのか、分からないことの方が多いだろう。

その疑問に答えるのが、中長期ビジョンである。中長期ビジョンこそ、経営者が社員に振り出す“約束手形”なのである。

 

 

 

A社の中長期ビジョン策定事例

 

では、具体例として、私が関わったA社の中長期ビジョン策定事例を紹介しよう。

A社は創業50年、売上高200億円の電子・半導体関連商社だ。創業者であるカリスマ経営者の下、着実に業績を伸ばし、全国に展開するまでに成長した。

 

創業経営者が圧倒的なリーダーシップを発揮する企業は、いわゆる「文鎮型組織」になりがちである。A社も例外なく、そうであった。役員はいるものの、全ての意思決定は創業経営者が担うため、自律的に動けない受け身体質の役員や社員が多い企業風土だった。

 

創業経営者の息子が社長に就任し、これから経営のかじ取りをしていくに当たって、私は相談を受けた。その時に伝えたのは、次の3点を自分自身の言葉で考え、明確にすることだった。

 

① 新社長として実現したいことは何か?
② これまでの創業経営者から受け継がねばならないものは何か?
③ 新社長として新たに生み出すものは何か?

 

そして、これらを実現する期限を10年という時間軸で設定し、直近3年までと、5年後までにやるべきことの優先順位を付ける。

 

A社の後継経営者は、自身の思いを経営理念に込めたいとの意思を持っていたため、まず経営理念の見直しを行った。この際に大切なポイントは、次の3点である。

 

① 現在の経営理念は、これまでのA社の企業風土の一部であり、全否定すべきではない
② 今まで会社を支えてくれた古参の人材にも配慮しつつ、今後コア人材として貢献してもらう社員へのメッセージでなければならない
③ 全社員に理解しやすい言葉を使い、伝えることに主眼を置く

 

「経営理念を見直すプロセスを通し、後継経営者としての覚悟や、これから経営を担うための価値判断基準をしっかりと持つことができた。この価値判断基準があるからこそ、自社の戦略がより実効性のあるものになった」

A社の後継経営者からは、後にそう評価いただいた。

 

 

 

策定するだけでなく浸透させることが重要

 

産業構造や価値観の急速な変化により、今の常識が近い将来、非常識になる可能性は、ますます高くなっている。そのような経営環境下においては、過去の延長線上に未来を考えるのではなく、10年先の未来を想定し、そこから逆算して今なすべきことを考える必要がある。

 

ただ、環境がどう変わるかは分からない。そのため、「中長期ビジョンを立案する意味がない」、また「ビジョンでメシは食えない」という意見もよく耳にするが、発想が逆である。分からない未来だからこそビジョンを立案し、それをよりどころに経営をしなければならないのだ。

 

また、ビジョン策定だけで終わってはならない。このビジョンを全社員に浸透させることこそが本来の目的である。

では、浸透させるとはどのような状態か?それは、中長期ビジョンの内容を全社員が共有し、理解し、日々の活動として実践している状態のことである。

 

前述したA社では、新社長が自ら全拠点を回り、自身の言葉で、策定した中長期ビジョンの趣旨・目的を全社員へ伝えた。社員への思いが詰まった行動であり、トップとしてビジョン実現に懸ける覚悟の表れである。この行動こそが、社員が新社長の本気度を知るバロメーターとなった。

 

これから事業承継を控える後継経営者の皆さまは、自身の思い描く未来を、まずは中長期ビジョンとして形にして明示いただきたい。社員に自分の覚悟を示すと同時に、策定プロセスそのものが、今後の経営者としての幅を広げる取り組みとなる。一歩ずつ着実に足場を組み上げ、自社とともに経営者として成長されることをお祈りする。

 

 

 

 

 

 

PROFILE
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福元 章士
Shoji Fukumoto
経理・財務を専門分野として、建設、住宅、小売、自動車部品製造業、紡績業など幅広い業界でコンサルティングを展開。モットーは「現場で把握する“生きた数字”の意味についての理解を前提に物事を考えること」「1社でも多く経営がうまくいくよう誠心誠意協力すること」。関西学院大学卒。