スタートアップ企業のスピード感とワクワク感:巻野 隆宏
新大陸に到達したコロンブスたちのもとに、彼の成功をねたむ男がやって来て、「そんなことは、誰にでもできることだ」と批判した。するとコロンブスはゆで卵を手に取り、「誰か、この卵を立ててみてください」と言った。ところが、誰一人として立てられない。コロンブスはゆで卵の殻をへこませ、立たせてみせた。
それを見た男が「簡単じゃないか。誰にでもできることだ」とつぶやくのを聞いたコロンブスは、「誰にでもできることだが、誰もこの方法を発見できなかった」と言い放った。誰にでもできることであっても、それを最初に成功させるのは難しく、だからこそ意義があるという教訓を説いた、あまりにも有名な話である。
他社に先駆けてスピーディーに事業創造に取り組み、ワクワクする新しい体験価値を誰よりも先に提供することは重要であるが、これが非常に難しいことであるということは想像に難くない。それを成し遂げるには、前述の通り「長期視点を持つ」「競争しない」「スピーディーに創造する」という3 つのキーワードに取り組んでいく必要がある。
では実際に、この3 つのキーワードを重視して行う事業創造とはどういうものか。ポイントは「ナナメ先を行く事業創造」「β(ベータ)版事業創造」「顧客に寄り添う事業創造」である。
① ナナメ先を行く事業創造
顧客ニーズの一歩先を行くだけでは、スピーディーな事業創造は実現しない。前衛的な取り組みを行っている顧客をターゲットとし、その顧客課題に対して、これまでにない前衛的な課題解決技術をもって、新しい体験価値を提供することが必要である。それは創造性を働かせた事業創造であり、今までの延長線上にはない事業創造である。故にカタチのない段階でのテストマーケティングは意味を成さず、カタチを示して初めて顧客はその体験価値に気付くのである。「前衛的な顧客課題×前衛的な課題解決技術=未体験の体験価値」、このナナメ先を行く事業創造へ取り組まなければならない。
② β版事業創造
β版事業創造とは、ビジネスモデルの仮説を小さな段階に分けて素早くリリースし、顧客に近いところで仮説・検証を行う、顧客を巻き込む事業創造である。
修正や手戻り、あるいは失敗も含めて試行錯誤が前提となる方法だ。初めから完璧を求めてはいけない。未完成でのリリースを恐れ、完成してからリリースしなければならないと考えるとスピードが遅くなり、競合他社の追随や外部環境の変化に負けてしまう。
未完成であっても、β版としてスモールスタートするのである。顧客と成果を早い段階で共有することで、いち早く顧客からのフィードバックを受け取り、次の事業創造に生かす。このβ版思考が事業創造のスピードを格段に上げるのだ。完璧主義的な意識を変え、常に改良を加えられるような体制を構築し、小さく素早く顧客へ問うことに重点を置くスピード重視の事業創造が重要である。
③ 顧客に寄り添う事業創造
イノベーションは現場から起きる。顧客から離れた場所で顧客を想像しても、スピーディーには事業創造できない。実在する顧客の近くに寄り添うことで、他社に先駆けて前衛的な顧客ニーズをつかみ、前衛的な課題解決技術へ一番先に取り組める。
顧客に近い場所で常に情報収集できる仕組みを構築し、顧客と共にトライ&エラーを繰り返す、顧客に寄り添った事業創造が重要である。
最後に、スピード感を持った事業創造には、同じ熱量を持った人を巻き込むコミュニケーションを重視したリーダーシップが非常に重要だ。この事業創造におけるリーダーシップの概念が近頃、変化しつつある。自らが先頭に立ち率先垂範、上意下達でどんどん引っ張る従来型のリーダーシップでは、事業創造におけるチーム力を十分に高められない事象が増えてきている。
今、求められるリーダーシップの形は、コミュニケーションを重視したリーダーシップであり、周囲を巻き込み、モチベーションを高めながら同じ熱量でつながるためのリーダーシップである。ポイントは次の3点だ。
①成功への強い意志力
まずはリーダー自らが、「必ず実現する」「自分たちがやらなければいけない」という強い意志を持つこと。
②明確なイメージとして表現できる構想力
その強い意志・ゴールをワクワクするイメージとして表現、ビジュアル化する構想力を持つこと。
③仲間へ伝え共感を得るためのコミュニケーション力
イメージを仲間に伝え共感を得るとともに、第三者からの評価を得るなどチームのモチベーションを高められるコミュニケーション力・演出力を持つこと。
これらのコミュニケーションを重視したリーダーシップが、いま、“アタラシイ”をスピーディーに生み出している。自らのリーダーシップの発揮の仕方を再認識し、世の中に貢献するビジョンを持ったワクワクする新規事業を、スタートアップ企業に負けないスピードで生み出すことへ挑戦しよう。