人事評価を進める中で、「考課者による評価のバラツキ」が問題となるケースが非常に多い。しょせん「人が人を評価する」ので、ある程度のバラツキが発生するのは仕方ないことではあるが、調整を図ると評価された側の納得度が下がり、モチベーションに悪影響を及ぼすことも少なくない。こうした問題を、徹底した考課者支援の仕組みで回避した事例を紹介する。
仕組み100点、成果0点
製造業A社の事例である。同社は、10年以上前に構築した人事評価賃金制度を運用していた。制度自体はコンセプトも仕組みもよくできており、必要に応じてマイナーチェンジが施されるなど、しっかりと運用がなされていた。制度構築と継続的なブラッシュアップが、ここまで徹底できている会社は少ない。その意味で「仕組みは100点」である。だが、人事評価の結果が社員のモラール(士気)を下げる要因となっていた。
最大の問題は、考課者による評価結果のバラツキが極めて大きいことにあった。5段階評価で「3」の評価が70%以上に達する考課者や、高評価または低評価に集中する考課者が散見されたのだ。こうしたバラツキを2次評価や最終評価で補正していたため、結果的に1次評価とは全く違う最終評価となる。しかも、フィードバックがしっかりと実施されるものだから、1次評価で受けた上司の評価とは全く違う評価結果がフィードバックされることとなる。しっかりとした制度運用が裏目に出てしまったのだ。
社員は「上司(考課者)が話していたことと違う!」と憤まんやるかたなく上司に詰め寄るが、上司もその理由を明確に説明できないため「最終的には会社が決めたからなぁ」と、のらりくらりとかわさざるを得ず、せっかくの人事制度がモラールを下げる要因になってしまっていた。仕組みは100点でも「成果は0点」、むしろマイナスですらあった。
問題の本質はどこか
こうした状態は、どうすれば打破できるのであろうか。よく、「評価基準を明確にして考課者によるブレを回避する」という対策が打たれる。しかしA社のケースではどうだろう?評価基準は比較的明確になっている。社員が自ら目標を設定し、その進捗を評価する部分もあり、かなり柔軟な人事考課表が策定されていた。
こうした現状で「考課者のブレを少なくするために、人事考課表を作り直しましょう」といって、大変な労力をかけてブラッシュアップしたとしても、結局、同じことが起こるのではないか。
そこで私たちはディスカッションを重ね、問題の本質がどこにあるのかを追求した。その結果、「評価表を作り込めば評価できると錯覚し、考課者任せの制度運用となっていた」ことが真因だと結論付けたのである。
徹底的に考課者を支援せよ!
問題の真因を導き出すことができれば、あとは対策を打てばよい。その際、大切にした考え方は「考課者の能力に依存せず、経営システムとして構築する」「持続可能なシンプルな仕組みとして構築する」というもので、突破口を「考課者の徹底支援」として評価フローを徹底的に見直し、大きく4点の施策を立案した。(【図表】)
(1)ミッションシート
考課者の組織づくりを支援するツールとして設計。各社員の組織貢献目標を、考課者でもある部門長が全体設計し、部門内で公開することとした。これを基に、各社員は個人目標を人事考課表で設定していく。目標設定のレベルを上げる施策である。
(2)チームビルディング・ディスカッション
ミッションシートで自部門の役割分担を設計した後、部門長がこれらを持ち寄ってディスカッションを行う。部門目標を達成するための役割の与え方が適切か、個人の目標設定が等級に見合うものか、相互にチェック・アドバイスを実施することにより、部門間の目標設定のレベルを合わせていく。
(3)パーソナル・ショートレビュー
個人目標の進捗管理を面談で実施する。あえて「ショート」とし、毎月5分でよいので、必ず進捗確認の面談を実施するようにした。全くしないよりは、短くとも継続する方がよいとの考え方である。
(4)チームパフォーマンス・ディスカッション
1次評価を終えた結果を持ち寄り、考課者がディスカッションを実施する。評価の付け方にバラツキがないか、甘くないか、辛くないかを相互にチェック・アドバイスしていく。必要であれば1次評価をやり直す。
取り組みが始まると、すぐに結果が出た。チームビルディング・ディスカッションを通じて目標設定のレベルが上がったのだ。難易度の低い目標や、あいまいな表現で終始していた目標が明らかに減った。相互チェックの仕組みが有効に働いたのである。今後も運用面でのブラッシュアップを進めることにより、A社の評価制度のレベルが上がり、モラールアップにつながることを楽しみにしている。
「WHY NOT YET?」
私たちビジネスパーソンが課題解決を試みる際、「WHY NOT YET?」(なぜ、できていないのか)を追求することが非常に重要である。課題の真因にたどり着くことができれば、おのずと解決策は策定される。A社のケースもこうした思考法を大切にした結果、導き出された施策なのだ。
逆に、よくない問題解決手法は「コインの裏表」といわれるものである。例えば、「新規開拓が進んでいない」という課題に対し、「新規開拓に注力する」という対策を出すことだ。これでは課題解決にならない。なぜ新規開拓ができないのか、その真因への対策でなくてはならない。分かり切ったような話であるが、散見される事象である。
組織や人の課題は、特にこうしたことが多い。人の感情が絡んで問題が複雑化するからだ。しかし、表面的な課題解決だと体質は変わらない。真因にたどり着くことで初めて、効果的な施策が立案できるのである。