「観光は、過去60年間にわたり拡大と多様化を続け、世界最大かつ最速の成長を見せる経済部門の一つとなった」(国連世界観光機関発行「ツーリズム・ハイライト(2017年)」日本語版序文)
世界の観光マーケットは1950年以降、長期にわたって拡大を続けている。国連世界観光機関(UNWTO)の最新の発表によると、2017年の世界全体の国際観光客到着数は13.2億人(前年比6.7%増)と8年連続で増加した。2030年には18億人に達すると予測している。(【図表1】)
出典:国土交通省「2018年版 観光白書」
資料:UNWTO(国連世界観光機関)
さらにマーケット規模(国際観光収入)は1950年の20億米ドルから、2016年には1.2兆米ドルへ急増。世界全体の観光輸出総額は1.4兆米ドルと化学、燃料に次ぐ3番目の規模であり、自動車関連や食料品を上回るという。
世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)が2018年3月に発表した報告書※によると、世界の観光産業のGDP総寄与額は8.3兆米ドル(2017年)、雇用効果は3億1300万件に上り、全世界のGDPの10.4%、全雇用の10分の1を占める。まさに観光産業は世界経済のキープレーヤーとなっている。
※「旅行・観光産業 世界における経済的影響と課題2018」
日本においても、観光産業は急成長マーケットである。特に有望視されているのがインバウンドだ。2017年の訪日外客数は2869万人(前年比19.3%増)と5年連続で過去最高を更新した。2012年(836万人)から5年間で2000万人も増えたことになる。人口減少と過疎化が進む地方にとって、インバウンドはビジネスチャンスが極めて大きいマーケットと言えるだろう。
地域格差はあるが、街が様変わりするほど外国人旅行者が増えている地域もある。顕著な例が京都市だ。京都市観光協会と京都文化交流コンベンションビューローが発表した2018年4月の「外国人客宿泊状況調査結果」によると、同月に市内宿泊施設(主要37ホテル)を利用した訪日外国人の割合が単月で過去最高値の52.5%となり、初めて外国人と日本人の比率が逆転した。(【図表2】)
【図表2】京都市/客室稼働率・利用割合の推移(主要37ホテル)
出典:公益社団法人京都市観光協会・
公益財団法人京都文化交流コンベンションビューロー
「平成30年(2018年)4月の外国人客宿泊状況調査」(2018年5月31日)
日本人を含む客室稼働率は94.1%。京都市観光協会が提携するホテル業界専門調査会社「STR」の調査結果では、平均客室単価(ADR)が国内4都市中、最高の2万5000円超となり、香港やシンガポールをも上回った。
宿泊実人数の前年同月比伸長率を国・地域別で見ると、カタール(74.4%増)、トルコ(44.2%増)など中東地域の伸び率が高い。これは日本航空が4月1日より、カタール航空が運航する日本=ドーハ線のコードシェア(共同運航)を拡大し、中東・アフリカ・中央アジアからの航空環境向上が後押ししたためとみられている。
近年のインバウンド増加は、LCC(格安航空会社)を中心としたアクセスルート開拓とリピータ―(再訪問者)の拡大が大きな要因となっている。
こうした追い風を背景に、政府は2016年、訪日外国人旅行者数を2020年に4000万人、2030年には6000万人へ増やすことを柱とした新観光ビジョンを策定した(【図表3】)。この構想で注目したいのが、インバウンドを都市部から地方部へ誘致していくという点である。
【図表3】新観光ビジョン/インバウンド目標値(倍数は対2015年比)
出典:観光庁「明日の日本を支える観光ビジョン」(2016年3月30日)
外国人延べ宿泊者数について、3大都市圏(東京・大阪・名古屋)と地方部の比率を2020年に50:50、30年には40:60と逆転し、インバウンドによって地方創生を加速させたい考えだ。そのためにも、地方部は訪日外国人旅行者が訪れやすいよう、宿泊、交通、食事など受け入れ態勢を整えることが課題となる。
定住人口が減少する地方部では、「交流人口」(その地域に訪れる人)を増やすことが重要となる。地域の交流人口が増えれば、宿泊や食事、土産品の購入などが発生し、地域経済の活性化につながる。
観光庁は観光による交流人口の増大効果として、「定住1=訪日8=国内宿泊26=日帰り81」という数字を挙げている。訪日外国人旅行者8人分の旅行消費額は、日本人の宿泊旅行者26人分、日帰り旅行者81人分の旅行消費額に相当し、さらには定住人口1人当たりの年間消費額(125万円)にも匹敵するという。その意味でも、インバウンドは地方部にとって救世主とも言うべき存在なのである。
では、インバウンド需要を取り込むには、何が必要なのか。その目安として、飲食店の情報検索・予約サイトを運営するぐるなびが2018年6月より開始した「ぐるなびインバウンド大作戦」を紹介する。これは飲食店が月額2万円の「木戸料(参加費)」を支払うことで、同社が持つ外国人対応のノウハウを利用できるサービスだ。
具体的には、ネイティブが校正した外国語メニューブック(英語、中国語/繁体字・簡体字、韓国語)の提供や外国語版の店舗サイトの利用、またオプションで店舗紹介動画を制作できる。このほかインバウンド決済(「AliPay」「WeChatPay」)やオンライン旅行会社(「Ctrip」「KKday」)のネット予約にかかる手数料の優遇、旅行口コミサイト「TripAdvisor」などを通じた海外プロモーション、外国語の電話予約代行といったサービスを用意している。裏を返せば、飲食店ではこれらの対応がインバウンドで求められるということだ。
決済環境の整備や多言語対応に加え、海外のインターネット旅行予約サイト活用、大型荷物置き場の設置、スマートフォンによる交通機関の運行情報提供など、インバウンドを迎え入れるための「入り口強化策」も重要である。このうち、ぜひ注力していただきたいのが、海外のネット旅行予約サイトの活用だ。
以前、中国人旅行者による「爆買い」が話題となったが、現在は訪日旅行の楽しみ方が変化し、「モノ消費」からアクティビティー(伝統工芸体験やレジャー活動)を重視する「コト消費」へニーズが移っている。その際、多くの外国人は予約サイトを使う。しかし中には、「日本語しか対応していない」「チケットの手配に手間がかかる」など、不満やストレスを感じさせるサイトも少なくない。
地方部がインバウンド需要を取り込むには、なるべく多くの言語に対応するサイトに登録し、予約機会の損失を防ぎたい。例えば、世界最大級の旅行・ホテル・航空券予約サイト「Expedia」は対応言語数が33カ国語、グループサイトを合わせると75カ国語と幅広い。このほか「Wanna Trip」(18カ国語)や「Klook」(アジア最大級の予約サイト)などのサイトがある。こうした多言語対応の情報・予約サイトは、インバウンドの集客において極めて有効なツールとなる。
インバウンドを促進するには、価値観の多様性に対応することも必要だ。例えば、外国人旅行者は「ラーメンが食べたい」というリクエストが多い。地元の特産物を好んで食べる人は意外に少ない。地場産の食材を強く押し出すと失敗する可能性が高い。外国人と日本人の観光ポイントは異なることを認識すべきだ。
また、外国人旅行者が最も嫌がるのは“無視”されることである。店で商品の説明を求めようと近づくと、言葉が分からないことを理由に断る、また気付かないふりをする店員も少なくない。外国人旅行者は「おもてなし」を体験しようと日本に来ているだけに、こうした対応をされると失望・幻滅する。
例えば、東京・品川区は2014年から、区内の商店街と連携し「英語少し通じます商店街プロジェクト」を進めている。商店街の店員が流ちょうな英会話を習得するのではなく、少しの英語におもてなしの気持ちを込め、外国人旅行者を積極的に受け入れる雰囲気を地域全体で作り上げる取り組みだ。
地域の魅力をどう“魅せる”のか。地元の日常は、外国人旅行者にとっては非日常である。つまり、そこに価値がある。地域の自然、気候、文化などを生かした野菜や飼育、昔から続く地域の風習や行事食(地元の伝統行事で食べる料理)など、「それを食べるの?」「どんな食べ方をするの?」といったものはどの地域にもある。そうした「地元では当たり前だが、外国人には珍しい」という地域資源を掘り起こしたい。