強いブランドには思想と美意識がある:平井 克幸
企業がブランディングを成功させるための鍵は、「根幹」をどう鍛えるかにかかっている。人間に例えれば「体幹」に相当するものだ。トレーニングによって体幹を強くしていくことで、どんなスポーツにも適応できる運動能力の基礎が出来上がる。
同様に、ブランドの根幹に相当するものは何だろうか。それはブランドコンセプトである。コンセプトとは目指している世界観や価値観を表現したもので、ブランドのエッセンスが凝縮されたものだ。コンセプトの強弱は、そのままブランド力の格差となって表れる。強いブランドには、それにふさわしい明確なコンセプトが存在し、その思想や使命感が強烈なほどブランドが際立っていく。ブランディングの全ての取り組みは、コンセプトを起点として進めるため、まずはこの部分を確立しなければならない。
強いブランドコンセプトを作成するために、押さえておくべきポイントとして、「独自性」「必然性」「普遍性」の3つが挙げられる。(【図表1】)
(1)独自性
「独自性」とは、他と違ったブランドであることを示して差別化することである。どんなに優れたコンセプトを自負していても、個性がなければ埋没してしまう。
最も分かりやすい事例は、スターバックスコーヒーの「The 3rd Place(第三の場所)」というコンセプトだろう。同社の店舗は「会社でも自宅でもない、自分だけの時間を提供する」ための空間であり、コーヒーはそれを演出するアイテムにすぎない。空間づくりのために、店舗のインテリアには徹底したこだわりがある。ソファやテーブルはゆったりくつろげるサイズで、内装全体が落ち着いたトーンで仕上げられている。また、大切なひとときを邪魔しないように店内に厨房を置かず、過度な接客サービスも行っていない。通常の喫茶店とは違ってコーヒーカップにソーサー(皿)がないのも、食器による音を出さないための配慮の一つだろう。全てがブランドコンセプトに沿って組み立てられている。
また、独自性が強ければ強いほど、それに共鳴する相手を選ぶことになる。顧客はコンセプトが自分の価値観と一致しているかどうかでブランドを選択する。逆に考えれば、顧客が自社を選ぶ基準がブランドの存在価値だという可能性もある。もし、ブランドに個性がなく、ありきたりに感じられる場合には、どのような価値で顧客から選ばれているのかを顧客の視点から見直してみるべきだ。自社の商品・サービスのどこが気に入って、どのような用途やシーンで使っているか、また今後は何を期待されているのかをひもといていけば、ブランドコンセプトの素材が見えてくるだろう。
(2)必然性
「必然性」とは、コンセプトに背景やストーリーがあるということだ。それは会社の歴史や事業内容との関係が深く、ブランドに特別な「意味」を与えている。
無印良品(MUJI)は、いまや世界中に受け入れられているジャパンブランドの代表格だが、その根幹には日本の文化や美意識に基づいたコンセプトがある。運営会社である良品計画のホームページには、「『これがいい』ではなく『これでいい』という理性的な満足感をお客さまに持っていただくこと」というメッセージで表現されている。
そこには「本当の豊かさとは何か?」を訴えかける独特の価値観がある。実際、無印良品の商品はどれも機能は必要最低限に絞られ、デザインは至ってシンプルだが、簡素な中にも美しさがある。まさに、余計なものをそぎ落とした「引き算の美学」を具現化している。
このようなコンセプトは、決して外国企業にはまねのできない日本独自のものだ。だからこそ、無印良品のブランドは海外においても高く評価されている。
日本的な価値観としては、それ以外にも自然との調和を重んじる思想、和の精神と利他の心、おもてなしの文化など、さまざまな思想や美意識がある。ブランドコンセプトにこうした日本人としてのバックボーンを取り入れることは必然性があり、グローバル展開やインバウンド需要を狙う企業にとっても大きな強みになるだろう。(【図表2】)
コンセプトやデザインをそのまま模倣して使うのは簡単だが、会社の歴史や文化までをまねすることはできない。ブランドとはその会社にしかない組織風土や企業文化といったDNA(遺伝子)レベルで形成されるもので、そこにつながるものが必然性である。
(3) 普遍性
「普遍性」とは、時代が変わっても通用するコンセプトで、社会や人間の本質的な部分とつながっていることがポイントだ。
教育サービスの分野では、公文教育研究会が挙げられる。「KUMON」ブランドの教室として海外50の国と地域に展開しており、生徒数は全世界で約430万人にも上っている。
同社には教育に対して独自の価値観があり、その根本にあるのが日本古来の「子宝思想」である。子どもは神から授かった宝物であり、親だけでなく地域全体で育てていくべきだという考え方で、それが形になったものが江戸時代の「寺子屋」である。地域に密着して展開し、近隣の身近な大人が指導者になる公文の教室は、まさにその現代版といえる。そして、子どもが持っている可能性を信じて最大限に引き出すことを目的に、個々の成長度に応じた課題を与える「ちょうど」をカリキュラムの基本としている。教室運営も「子どもから学ぶ」という姿勢で、常により良い指導方法の改善を行っている。同社のこうしたコンセプトは国や地域を超えて、子どもを育てる上での普遍性に通じるものだ。
コンセプトに正解はない。そこにあるのはブランドに込められた思想であり、意思である。これら3つのポイントを踏まえて、経営者と全社員が理解・納得できる、明確で分かりやすいブランドコンセプトが策定できれば、ブランディングは半ば成功したも同然である。
ブランドコンセプトを確立した次の段階としては、それを美意識に基づいて具体化し、ブランドイメージに換えていく。これを、ブランドキュレーションという。キュレーションとは、「精選する」という意味の言葉で、ブランドのもとになるさまざまな要素を、コンセプトに基づく価値判断で整理することである。
キュレーションによってブランドを際立たせるとは、簡単に言うと「絞り込む」ことだ。あれもこれもと欲張り過ぎると、結局は平凡なイメージになってしまう。そこで「捨てる」または「やらない」といった割り切った判断が必要になる。
例えば、商品・事業に関しては、「〇〇事業は行わない」「△△分野には進出しない」といったNG集を作るのもよい。価格面では、一定以上の金額に絞り、安売りや値引きはしないことを条件にしてみる。品質面では、厳格な品質基準で検査を行う方法もある。意匠面では、デザイン・ロゴマークの使い方やカラーリングの規定を設けるなどである。(【図表3】)
キュレーションによって編集されたブランドは、総じて不要なものが少なく、全体の統一感が増して、顧客に強いインパクトを与えることができるだろう。
ブランドは極めて情緒的・感覚的なものであり、決して理性では測れない。そこに心を揺さぶられる何かがなければ、顧客が共鳴することはないのだ。強いブランドの背景には必ずと言っていいほど、トップの思想や美意識が存在している。
まさに「経営とは、トップの思いを社員の力を借りて実現すること」だといわれる通り、会社を一つの作品と捉えれば、全ての社員はアーティストということになる。全社員が一致協力して強いブランドをつくり上げていくことが、ブランディングの真の姿に違いない。
ぜひ、思想と美意識の観点から、いま一度自社のブランドの在り方を見直していただきたい。