M&Aの定着
M&A(企業合併・買収)調査会社レコフの調べ※によると、日本企業が関わったM&A件数は2000年以降増加し、2017年は年間約3000件に上った。
※MARR Online(マールオンライン)「1985年以降のマーケット別M&A件数の推移」より
M&Aと言えば、かつて大手企業が資金力を背景に、海外企業への対抗手段として使われることが多かった。例えば、ソニーが米映画会社のコロンビア・ピクチャーズ買収で合意したのが1989年。同年には三菱地所がロックフェラーセンターを買収した。「米国の魂を買った」と揶揄されるほど世間をにぎわせた買収劇から、約30年がたとうとしている。
そして現在、日本企業によるM&Aは、大手による海外企業買収に限らず、国内同士かつ中堅・中小企業も巻き込む形で展開されるようになっている。
M&Aの目的(期待すること)
M&Aの目的は多様化している。近年は、後継者難による事業承継の目的でM&Aを選択する企業も増えてきた。これは「企業の存続」が狙いだが、もともとの原初をたどれば、大きく2つの目的からM&Aは始まった。「規模の拡大」と「経営資源の拡大」である。
(1)規模の拡大
この場合は、M&Aを通じて「マーケットシェアを高めること(売上高の増加)」と、「生産・販売などを集約したり、コスト削減を行ったりすることで利益を創出すること」を指す。これは欧米企業のM&A戦略の基本にもなっている。
(2)経営資源の拡大
1社単体でイノベーションを起こすことが難しくなった今日、企業は新しい技術やアイデアを外部に求めるようになっている。ある新しい技術やアイデアをもとに新規事業を立ち上げたいのであれば、最も手っ取り早い手段は「その技術を持つ企業を買う」ことである。2018年にメディアをにぎわせた、某大手企業によるベンチャー企業への大型出資なども、イノベーションに対する先行投資(先行者利益の獲得)であり、経営資源の拡大が目的である。
M&Aにおける「成功」の意味
(1)買い手企業が負うリスク
M&Aの基本原理は「売り手のリスクは少ないが、買い手に大きなリスクが伴う」ということである。売り手側は、売り値が高い・低いという差はあれども、プレミアムを受け取って事業の表舞台から撤退する。他方、買い手側は、喉から手が出るほど欲しい企業については、高いプレミアムを付けて買収を実行する。
しかし、これがうまく規模の拡大や経営資源の拡大につながらないときの負担は、事業を一から社内で立ち上げる場合と異なり、ある事業年度に突然起こり得る。これが買い手側のリスクである。
(2)M&Aにおける成功の定義
売り手側の「成功」とは、自社が希望する売却価格で売れることである。他方、買い手側にとっての成功とは、買収した企業が経営戦略において期待した効果を得られたかどうかで判断する必要がある。しかし、これは簡単なことではない。M&Aにおいて期待した効果を得ている事例は、そう多くないのではないだろうか。
買収した企業が当初の期待通りの効果を得られない原因の多くは、買い手と売り手の間にある「情報格差」に起因する。事前の情報収集が不足していたため、買収後にリスクが顕在化し、結果として企業に損失をもたらす場合である。
この場合の情報収集とは、公開されている情報、つまり買収直前の当該企業の事業構造・財務構造・組織構造に関する情報以外に、簿外債務など表に出ていない水面下の情報や、買収後に効果を発揮させようとする分野とのシナジー(相乗効果)の見積もりも含まれる。この部分の調査が甘いと、買収後に期待した効果が発揮されず、企業に損失や再売却の手間が発生する。
先のソニーと三菱地所の事例で言えば、最終的にM&Aは成功しなかった。ソニーはコロンビア社の経営のかじ取りをうまく行うことができず、買収してから5年後に大幅な減損処理を迫られ、赤字に転落した。コロンビア社自体も赤字を垂れ流す状態であった。また三菱地所の場合、ロックフェラーを買収したころから米国の不動産市況が悪化し始めており、賃料が暴落。賃料収入は減少し続けた。ロックフェラーセンター自体も老朽化が進んでおり、結局、1995年に撤退を発表した。
(3)M&Aの成功に向けて
「安く買って儲もうける」のがM&Aにおける基本であるが、儲けるためには、M&Aによる到達点を明確にしておかねばならない。M&A自体は「手段」であって、“目的”ではないからである。
自社の中長期的なビジョンの中で、規模の拡大や経営資源の拡大が必要だと判断したのであれば、その戦略を社内でしっかりと描いてから、M&Aの本番が始まる。その際には、買収後の経営方法や自社の既存事業とのシナジーも併せて検討する必要がある。
経営戦略を決定した上で、あまたある買収対象候補の企業群から、買収する企業を選定する。そこで今度は入念な情報収集が求められる。デュー・デリジェンス(DD、資産査定)と呼ばれる調査を徹底的に行い、被買収企業の潜在的な問題点を洗い出し、評価することが必要である。洗い出した結果、たとえ従前には知らされていなかったリスクが発見され、結果として買収を断念したとしても、それは高値でつかまされなかったという意味では、「成功」と捉えるべきである。
近年は、大手企業の戦略としてではなく、中堅・中小企業の経営戦略の手段としても活用されていることはすでに述べた。中堅・中小企業にとって、M&Aは企業の生死を分ける可能性もある。資金力が豊富ではない企業が買収に踏み切った場合、被買収企業の経営がうまくいかなければ、本体の足を引っ張り、成長の妨げになるからである。
早い決断も大事だが、事前の入念な調査によってリスクを顕在化させることが重要である。また、手元にある情報から、自社に有利な条件で買収できるように交渉を進めていくことが必要である。事業を自力で一から積み上げるだけでなく、自社を成長させるために企業を買い取る“M&A巧者”を目指したい。