デジタル革命を機に住宅産業から「暮らし産業」へ:山本 剛史
IoT、ビッグデータ、ロボット、AI(人工知能)――。これらによる「第4次産業革命」とも呼ぶべき技術革新が今、従来にないスピードとインパクトで進行している。
2017年10月、中国のEC(電子商取引)大手アリババ・グループが今後3年間で研究開発予算に150億ドル(約1兆6900億円)を投じると表明した。金融情報サービス大手ブルームバーグの集計データによれば、アリババが過去3会計年度に投じた研究開発費は64億ドル。発表した支出額はその2倍余りに上る。併せて、世界各地に研究所を7カ所設立し、AIやIoT、量子コンピューティングなどの研究員を100人採用するとも発表した。
一方、国内に目を向けると、政府が成長戦略(「未来投資戦略」)の中核となる技術革新としてIoTを挙げたほか、ソフトバンクが日本企業として過去最大となる約3.3兆円を投じ、英国の半導体設計大手ARM社の買収を発表した。これらも将来のIoT需要を見据えた動きと推測できる。
2017年5月に中国・浙江省烏鎮で行われた、グーグル・ディープマインド社(英国)が開発した囲碁ソフト「アルファ碁」と、世界最強と目される中国の棋士・柯潔氏の対決は、アルファ碁の完勝(3連勝)という結果で幕を閉じた。
囲碁はボードゲームの中で最も難しいものとされ、AIが棋士に勝つのは10年先とみられていた。ところが2015年10月にプロの囲碁棋士に初めて勝ち、2年たたずに世界のトップを破った。いかにAIの開発スピードが加速しているかが分かる。2017年10月には、さらに腕前を上げた「アルファ碁ゼロ」が発表された。
「コンピューターは人類を追い越す」といわれてきたものの、多くの人々は「まだまだ先の話だ」と考えてきた。こうした例はアルファ碁に限らず、私たちの暮らしの周辺でも、気が付かないうちにコンピューター化が浸透しつつある。次に3つの事例を紹介しよう。
(1)アナログ社会からデジタル社会へ
iPhoneには紙の説明書がない。製品について知りたいことがあれば、Web上でテキストを閲覧する仕組みになっている。また、不動産取引でも同様の動きが進んでいる。2017年10月から賃貸不動産取引での「IT重説」が解禁され、対面が原則だった宅地建物取引士による重要事項説明をテレビ会議などオンラインで行えるようになった。例えば、チェーン展開する不動産会社で、A店の来店客にB店の取引士が重説を行う、または顧客が自宅や職場で重説を受けるといったことも可能になる。
不動産取引における営業担当者の接客スキルを、AIでデータ化する動きもある。クライアントの要望に応じてカスタマイズも可能だ。「家を売るためにはどんな準備が必要か」「このエリアで良い物件はないか」など数千パターンの質問にAIが応対するというものである。
AIのカスタマイズは、まず優秀な営業担当者にインタビューすることから始まる。よくある質問内容など大量のデータを集めて学習させながら、トップ営業担当者に近づけていく。分厚いマニュアルにまとめる従来の手法とは一線を画している。
(2)情報インフラの変化
2つ目は、インターネットによるデジタル革新により、暮らしを取り巻く情報インフラが急速に変化している事実である。
不動産情報サービス会社のアットホームが、1人暮らしをする18~29歳の男女2038名にアンケート調査を実施した(2016年)。それによると、現在居住する部屋を探した際、①ほぼ半数の人は不動産会社1社しか訪問しなかった、②社会人の多くはスマートフォンやパソコンで部屋を探している(特に女性は8割以上がスマホ)、などが分かった。(【図表】)
①の結果については、SNSやホームページなどで事前に調べて絞り込んでいるためだと考えられる。また②についても、賃貸物件をオンラインで探すことが当たり前になっていることが分かる。パソコンの容量は一昔前にメガ(M)だったのが、ギガ(G)、その1000倍のテラ(T)、さらにその1000倍のペタ(P)までが主流になりつつある。デジタル革命の加速化がいかに激しいかが、ここからもうかがえる。
(3)Webでリフォームが申し込める時代に
EC企業によるリフォームへの参入が始まって久しい。しかし、本や服、食品のようにワンクリックでリフォームを“買う”には、心理的なハードルがまだ高い。しかし、思い出してほしい。「靴は試着しないとだめなので通販は無理だ」「眼鏡のネット販売は不可能だ」。これが、かつての常識だったはずだ。
リフォームのEC展開は、工事会社とエンドユーザーを単につなぐだけのマッチングサイトではなく、工事込みの“商品”として販売していることに注目したい。いくつかの問題を抱えているものの、比較的手軽に行える少額リフォーム工事は全て、そう遠くない未来にネット販売へ置き換わると思って間違いないだろう。
変化の激しいデジタル革命時代を生き抜くためのポイントは、次の通りである。
デジタル革命時代を生き抜く対策
(1)プラットフォームづくり
私たちが持っているスマホはアプリのプラットフォームであり、このオープン性が魅力を引き立たせている。誰もがスマホを利用する中で、LINEに代表される通信アプリやカメラアプリなどは、なくてはならないものとなっている。これを、住宅産業に置き換えるとどうか。
例えば、家の修繕履歴をデータ化する場合を考えてみよう。従来は「事業者視点」だった。事業者側が工事に必要な情報(図面や仕様書)をストックし、経年劣化のタイミングに合わせて無償・有償のサービスを提供するというスタイルである。仮に、一般消費者が自分のスマホで、手軽に自宅の“家歴”を閲覧・管理できるアプリができればどうなるだろうか(現にそういうサービス運用も始まっている)。事業者側が管理していたデータを、一般消費者が簡単な手元操作で閲覧できるようになる。カフェでコーヒーを片手に、スマホからリフォーム工事を発注することも可能だ。
そのアプリ上に、暮らしの情報(美容院の割引、イベント開催情報など)を載せてプラットフォーム化ができれば、日常生活に密着したアプリとなり、主導権が消費者側に移行する。工務店や不動産業者も、暮らし産業との連携が必須となるだろう。
新たなプラットフォームサービスの登場により、従来のサービスが一瞬にして淘汰されていくことも肝に銘じておかなければならない。
(2)暮らし提案
住宅産業において、デジタル革命で最も大きな影響を受けるのは、営業の仕事ではないだろうか。今までは、「○○さん(担当者名)だから家の購入を決めた」という理由で売れていた人も多かった。つまり、営業担当者自身が重要な購買決定要素だった。
ところが、これからの消費者は以前よりもデータを重視するようになる。ライバル商品と比較し、価格、性能、デザインなど、あらゆる面を数値的に取り出して、客観的判断で購入の意思決定をするのだ。双方のデータを比べれば自動的に優劣がついてしまう。
あるいは、ネット上で購入した人の閲覧履歴から、自分のテイスト・価値観に合うものを選び出すこともできる。このプロセスをAIでコントロールできれば、営業担当者とのやりとりは理論上、不要になる。営業担当者に求められるのは、購入後のライフスタイルをどう提案するかという1点に絞られるのではないだろうか。
デジタル革命の波は、住宅産業が「暮らし産業」へ変貌するチャンスと捉えるべきなのかもしれない。
住宅はハード産業から「ソフト産業」へ
自動運転の電気自動車が主流になれば、クルマは移動のための家電製品となり、自動車業界が持つエンジン技術は不要になる。クルマにパソコンを載せるのではなく、パソコンにタイヤを付けて走る発想である。
同様に、住宅業界でも「AI住宅」なるものが主流になれば、家は住むための家電製品になり、中身(暮らし)はAI(アプリ)でアップデートしていく、という状態になる。生活ステージに合わせ、「不要になった住宅アプリを削除して、新たなアプリを購入する」。そんな時代が来るかもしれない。