農林水産省では、持続可能な消費の実現に向けて「あふの環プロジェクト」をスタート。消費者に向けた多角的なアクションを通して、「サステナブルな商品・サービスを選ぶことが、より良い未来の実現につながる」という認識の浸透を図っている。
消費者の選択が未来を変える
井上 農林水産省は、安全な食料の安定供給から、水田や畑、森林、海などの環境保全、農山漁村の振興に至るまで多岐にわたる業務に取り組まれています。まず、最近の取り組みの方向性をお聞かせください。
永田 2020年3月31日に「食料・農業・農村基本計画」が閣議決定されました。これには10年先を見据えて今後5年間で取り組むべき方針が示されています。今回の基本計画では、SDGs(持続可能な開発目標)やESG投資(従来の財務情報だけでなく環境・社会・企業統治要素も考慮した投資)について初めて記載。農林水産省も、そのような流れを意識しながら施策を進めていくこととしています。
そもそも農林水産業は自然の恵みを維持・活用する産業ですから、同業に従事してきた方々は、持続可能性に配慮した事業を展開してこられたはず。自分の事業を持続させるために配慮してきたことが、自然を維持するために必要なことでもあるのですから、「自分たちはSDGsに関与した仕事をしている」と誇りを持っていただきたいと思います。
井上 「環境政策室」はどのような業務を担当しているのですか。
永田 農林水産業に関連する環境政策を担当しています。具体的には農林水産業に関わる気候変動の緩和策(温室効果ガスを減らす対策)と適応策(温室効果ガスが増えた状況でも事業を継続できる対策)、そして生物多様性や遺伝資源の保全・利用に関わる取り組みを行っています。また、省内の生産局や食料産業局といった物や業界に結び付いたセクションの環境にかかる施策の総合的な取りまとめも行っています。
井上 そのような業務に取り組む環境政策室に、「持続可能な生産消費形態のあり方検討会」が発足しました。その背景をお聞かせください。
永田 検討会が発足した要因は2つあると考えます。1つ目は、環境政策室が生産者や事業者との意見交換の中で「消費者がそれなりの価格で買ってくれないと、コストや手間をかけられない」という意見をよく頂いたからです。
2つ目は、2015年に国連でSDGsが採択されてから各省庁でも「SDGsをどう扱うか」についての関心が高まる中、農林水産省内での検討を進めるうちに、食と農林水産業のサプライチェーン全体を所管する当省が、消費を含むサプライチェーン全体へのアプローチを検討すべきではないかという話になりました。これは、SDGsでいうゴール12「つくる責任 つかう責任」に当たります。
井上 検討会の活動の経緯をお聞かせください。
永田 検討会では、「消費者と生産者が良い影響を及ぼし合って、より持続可能な方向へ向かうにはどうすべきか」という議論を深めました。2019年11月から2020年2月の間に検討会を3回行い、3月30日に「中間取りまとめ」を発表。ここには「持続可能な消費の実現に向けて、どのようなアクションを起こすべきか」が7分野22項目にわたって明記されています。(【図表】)
井上 アクションを行う主体も示されています。とても手応えのある結論を導き出せましたね。
永田 環境に配慮して手間とコストがかかった商品を、消費者がきちんと理解して「後押しする気持ち」で買う。その行動が蓄積すると、生産者の作る商品が変わります。それによって新しい市場ができたら価格が下がり、より多くの消費者が購入するようになる。そんな好循環をつくり出すためには、消費者に「自分たちがサステナブルな商品を選ぶことで、未来を変えていける」という発想を持っていただくことが重要なポイントになると考えます。その行動変容につながるアクションを中心に記載しました。
【図表】持続可能な消費実現に向けた具体的な取り組み(抜粋)
あふの環プロジェクト始動
井上 中間取りまとめを発表した「持続可能な生産消費形態のあり方検討会」が目指すビジョンをお聞かせください。
永田 検討会で決めたテーマは、「スペンドシフト~サステナブルを日常に、エシカルを当たり前に!~」です。スペンドシフト(spend shift)とは、お金や時間などの消費の仕方が変わること。日常に持続可能で倫理的な商品・サービスが当たり前に存在し、当たり前に利用できる状況を実現することで、消費概念の革新を進めるのです。具体的には「2025年までに、全ての生活者が持続可能なサービス・商品を利用し、全ての事業者が持続可能な商品・サービスを扱う」ことを目標に置いています。
井上 具体的で分かりやすいですね。かつて「エコ」という言葉は一般的ではありませんでしたが、現在ではごく当たり前の言葉になっています。「サステナブル」も生活に浸透した言葉にしていくのですね。達成への第一歩となる2020年度に取り組まれている事項をお聞かせください。
永田 中間取りまとめを踏まえて、「あふの環プロジェクト」を立ち上げました。「食と農林水産業のサステナビリティーを考える」をテーマに、消費者庁と環境省の協力を得て農林水産省が事務局を務めるプロジェクトです。SDGs同様、2030年までの達成を目指し、持続可能な消費を広げるための活動を推進します。プロジェクトメンバーはサステナブルな活動を行う生産者と事業者で、2020年度は100社・団体などの参画を目標にしています。ちなみに、“あふ”は日本の古語で「出会う、混ぜ合わせる、食事のもてなしをする」を意味します。
井上 あふの環プロジェクトの具体的な活動内容は?
永田 2020年度はプロジェクトメンバーとESGなどの世界の動向などを学ぶ「勉強会」、SDGsが採択された9月下旬の国連総会の時期に合わせて実施した「サステナウィーク」、サステナブルな商品・サービスを扱う地域・生産者・事業者を表彰する「サステナアワード」を予定しています。これらの取り組みや各プロジェクトメンバーの取り組みについての情報は、日本語と英語で国内外へ発信していきます。
井上 まず、勉強会の特長を教えてください。
永田 メンバー向けのセミナーによる情報収集と連携の機会を提供します。2020年度はインプットのフェーズとし、講演などを中心に世界のサステナビリティーに関する知見を深めていただいています。2021年度は日本のサステナビリティーの現状を整理する場に発展させたいと考えており、忌憚のない意見が飛び交うようなディスカッションの場をつくれないか検討しています。
井上 勉強会は、具体的なアクションプランを確実に進めるPDCAサイクルを回すエンジンになると思います。次にサステナウィークについて詳しく教えてください。
永田 サステナビリティーの認知を生活者に広げることを目的に、持続可能な生産消費に向けた活動を行う企業や団体が、生活者全体へ向けて一斉に「未来に向けたサステナブルな取り組み」をアピールする期間のことです。2020年度は9月17日~27日に実施しました。
まず、参画企業・団体がイチオシのサステナビリティーヘ配慮した商品に共通の「あふの環ロゴ」を貼付し、小売店やオンラインショップに並べてPR。サービスなどはイベントや動画を通してロゴの対象であることを発信できます。また、参画企業・団体が日本各地で、サステナビリティーをテーマにしたイベントを開催。さらに、身の回りの地道なサステナブルに関係した活動や取り組みについても、プロジェクトメンバーが「#サステナウィーク」とハッシュタグを付けて公式ツイッターなどで発信しました。
このような情報を日本地図にプロットして発信。消費者に近隣の活動拠点を知らせ、サステナブルな商品・サービスの購入へとつなげるチャレンジを行いました。
この企画のポイントは、サステナブルに触れる機会、きっかけを数多くつくることで、消費者の認知度の向上につなげたいと考えました。
井上 サステナウィークでプロモートする商品・サービスの条件はありますか。
永田 温暖化対策・生物多様性の保全・水質の保全・ゴミの削減・地域の支え合い・土壌の保全という6項目の中の少なくとも1項目に配慮し、残りの項目に大きな影響を及ぼさないものとしています。
井上 サステナアワードの詳しい内容をお聞かせください。
永田 サステナウィークで設定した6項目に関連する取り組みを行っている地域・生産者・事業者を表彰して光を当て、その優れた取り組みを国内外に広く発信していくことが目的です。地域で地道に活動しているけれど、なかなか理解してもらえない事業者にも光を当てたいと思います。
また、2020年度はコロナ禍で生まれた消費者と生産現場をつなぐ取り組みなどにも着目します。例えば、新型コロナの影響を受けて生産地に残った食材を、都会のレストランや消費者などに提供するといった取り組みです。
サステナアワードの授賞式は2021年2月を予定しています。
井上 勉強会やサステナウィーク、サステナアワードへの参加資格は?
永田 原則としてあふの環プロジェクトメンバーのみが参加できます。サステナアワードは、それ以外の方も参加いただけます。
日本のサステナビリティーを世界に発信していく
井上 持続可能な消費やSDGsを実現するために、私たちが目指すべき“食”の在り方についてのご意見をお聞かせください。
永田 まず、身の回りにある食べ物がどのような背景で作られているのかを想像し、興味を持っていただきたいと思います。そして、実際にサステナビリティーに配慮した商品やサービスを購入する。
このようなやり取りを通して、自分たちの未来をより良いものにするために、自分たちが起こせる行動があることを知る――。それが、持続可能な消費やSDGsの実現へ向けた第一歩になるのではないでしょうか。買い物をするときに「より良い未来にしたいから、サステナブルな商品・サービスに一票入れる」と意識していただきたいです。同様の考え方で、それぞれが携わるビジネスの場でも活動していただきたいです。
井上 これから農林水産省と民間企業はどのように連携して活動すべきだとお考えですか。
永田 役所と民間企業は立ち位置が異なるので、それぞれの役割を果たすことが大切だと考えます。役所は中立的な立場なので企業に声をかけやすく、国内外から信頼性の高い情報を迅速に入手できるといったアドバンテージがあります。これを個別の業界、分野、商品で力を発揮する民間企業にうまく活用していただきたいですね。あふの環プロジェクトの今後についても、メンバーからご意見をいただきながら思索していく所存です。
現在、気にかかるのは、欧州を中心にサステナビリティーの視点で多様な物事のルール化が進んでいることです。欧州の流れに飲み込まれて不利な立場に回らないように、日本の風土に応じたサステナビリティーを追求していく必要があると考えています。
そのためにも、消費者への一斉の情報発信や情報収集・交流の場として、あふの環プロジェクトを活用いただき、国内での取り組みを促進していきたいです。
井上 いまや“日本の食”は世界から注目を集めており、その消費の在り方も世界の注目を浴びるようになると思われます。持続可能な消費の実現に向けて、農林水産省と民間企業が連携して日本らしい「理想は高いが実行可能なルール」づくりに一刻も早く取り組むべきです。その起点となる、あふの環プロジェクトの成功を祈念いたします。本日はありがとうございました。
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- [あふの環プロジェクト 問い合わせ先]
- 農林水産省 大臣官房政策課環境政策室
- あふの環プロジェクト事務局
- E-mail:SCAFFF@maff.go.jp