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コンサルティングケース 2020.05.29

田名部組:多様な企業を巻き込んで東北屈指のゼネコングループへ

田名部組が設計・施工を手掛けた、レストラン併設のお米専門店「コメクート」。同店は八戸市景観賞を受賞している

 

2019年に創業95周年を迎えた田名部組は、青森県ナンバーワンの売上高(2019年6月期)を誇る地方ゼネコンだ。倒産の危機から業績をV字回復させた4代目社長は、M&A(企業の合併・買収)でグループの拡充を図り、東北ナンバーワンを目指す。

 

倒産間際からV字回復

 

日下部 田名部組は青森県八戸市に本社を置く地方ゼネコンです。2019年8月に創業95周年を迎えた老舗で、同年6月期の売上高は85億円(グループ計)と青森県内の業界トップ、八戸管内では6年連続トップとなりました。まず、田名部組の概要と沿革についてお聞かせください。

 

田名部 1924年に、私の祖父・田名部政次郎が創業しました。祖父は農家の次男で、尋常小学校を卒業して大工の丁稚奉公へ出た後に田名部組を結成。当初は住宅や寺社などの建造・修理を手掛け、後年は市会議員も務めました。2代目は叔父の田名部匡省、3代目は父の田名部政志で、私は4代目になります。

 

地域に根付いたゼネコンとして良質な各種インフラをはじめ、商業施設やマンション、分譲住宅などを地元に提供しながら、宮城県と東京都に支店を設けて営業エリアを拡大。また、近年はM&Aにも力を入れ、12の関連会社・施設を傘下に置くTANABUグループ(2020年2月現在)として事業を展開しています。

 

日下部 社長が田名部組に入社されたのはいつですか。

 

田名部 私は1998年に大学を卒業してすぐ当社に入社しました。社長の息子というだけで、技術者ではないし、突出した能力もなし。自慢できるのは小学1年生から始めたアイスホッケーくらいでした。

 

日下部 経営環境はどのようなものでしたか。

 

田名部 当時はバブルが崩壊し、建設業界は「冬の時代」に突入していました。公共事業の予算が半減して過当競争が始まり、当社の売上高は激減。私が大学生活を謳歌していた1995年あたりは73億円に達した売り上げが、2006年には14億円までしぼんでしまいました。わずか10年で売上高が5分の1になったのです。社員は55名から38名に減り、資金繰りが悪化、資材調達も困難になりました。

 

当時、社長を務めていた父は詐欺に遭うなど悪いことが重なり、退任を決意。会社を畳むか、社長を外部から迎え入れるか、他社の傘下に入るかの決断が迫られる親族会議の席で、私は「あがきもせずに会社を畳むのは嫌だ。私が会社の改革に挑戦したい」と、2代目を務めた叔父に申し出ました。すると「うまくいかないことがあっても、絶対に他人のせいにしない」という条件付きで、「自分の好きなように経営していい。思う存分やってみろ」と言われました。それから当社を経営する中で、後ろ向きの考えを持ったことは一度もありません。ひたすら上を見つめ、改革に打ち込みました。

 

“地方のゼネコン”である田名部組が、宮城県内の自治体発注の災害復旧工事を元請として落札し、施工した「港橋(撤去)橋梁災害復旧工事」

 

田名部組では風力やメガソーラーなどの再生可能エネルギー事業を展開。自社で企画から携わり、工事、運用開始後のメンテナンスまで一貫して請け負う新しいビジネスモデル

 

 

田名部組 代表取締役社長 執行役員 田名部 智之氏
青森県八戸市生まれ。1998年日本大学農獣医学部卒業、田名部組入社。2001年常務取締役。2006年に31歳で代表取締役就任。2007年、自身を含め取締役総辞職、再び代表取締役就任。2015年田名部ホールディングス設立、代表取締役。好きな言葉は「人柄こそ力であり宝である事を知れ」。趣味はアイスホッケー(青森県社会人アイスホッケーリーグ現役選手)。

 

社員教育に注力し「建設業はサービス業」を掲げる

 

日下部 当時の経営課題として「価格決定権は顧客が握る」「営業エリアは八戸エリアだけ」「全ての仕事は下請けが施工」「業況は行政次第」「受注残がないため、売り上げは毎年ゼロスタート」が挙げられていました。そこから抜け出すために、どのような改革に取り組みましたか。

 

田名部 「復活」のキーワードとして掲げたのは、「価格競争に巻き込まれないビジネスモデルの構築」「売り上げ・利益のベース構築」「営業エリアの拡大」「業界の常識の打破」「一騎討ちから集団戦へ」「経常利益率10%」「“創注営業”の促進」の七つです。

 

これらのキーワードを実現するために、最も力を注いだのが社員教育(人材育成)です。もともと公共事業が主体の会社だったこともあり、あいさつをしない・電話口で待たせる・横柄といった悪習がはびこっていました。まず、そこを変えなければと、「建設業はサービス業」、そして「公共事業に依存しない体制づくりを目指す」と宣言しました。

 

日下部 建設業はモノをつくる仕事という固定観念がありますから、「建設業=サービス業」とはなかなか受け入れられません。公共事業に依存しない体制づくりも同様です。

 

田名部 日下部さんに「おはようございます」から始まる基本動作を集合研修で教えていただいた時も、参加者は嫌々やっていましたよね。そんな現状を打破するために「ここから田名部組は再スタートする。つぶれかけている会社の過去の栄光なんてどうでもいい」と社員の啓蒙に取り組みました。

 

しかし、ベテラン社員は反発しましたし、銀行に事業計画書を持って行っても話を聞いてもらえない。不安が募った時期に、タナベ経営の当時の役員に会って当社の状況を聞いていただくと、「あなたは間違ってない。そのまま突っ走れ!」と励まされました。うれしかったですね。コンサルティングのプロの言葉が心の支えになりました。

 

それからは自信を持ってジュニアボードやビジョンボードの実施、商品開発、人事制度・給与制度の見直しなどを徹底的に推進。社員教育の成果が少しずつ表れて勤務態度が改善し、役所からの評判も良くなりました。そして予想に反して公共事業が伸長。今まで100%下請けに出していた施工を自社でも行える体制に改革したので、大きな利益を生むことができました。すると運まで味方に付いたのか、入札のくじ引きで3連勝したこともあります(笑)。

 

日下部 社員教育の一貫として、タナベ経営の幹部候補生スクールも活用するようになりました。そのきっかけを教えてください。

 

田名部 最初に幹部候補生スクールへ送り込んだのは、役員に登用した古株の技術者です。全7回コースの初回受講後、劇的に変わって帰ってきたので驚きました。

 

彼は「社長の話す言葉の意味を初めて理解できました。私は役員として技術面をがっちり支えていきます。任せてください」と言って技術者を束ね、業績向上に大きく貢献。改革の推進力が増したと実感しました。彼が育てた土木部門は、北東北ナンバーワンの人材と技術がそろっていると自負しています。

 

このような素晴らしい成果が上がったので、当社の幹部になる社員は幹部候補生スクールを必修としています。

 

 

タナベ経営 経営コンサルティング本部 支社長代理 戦略コンサルタント 山内 一成
タナベ経営入社後、社員教育の企画・運営や研修教材の開発・制作などに従事。現在は、経営管理システムの構築から人材制度の構築まで幅広くコンサルティング活動を展開。特に人材教育で数多くの実績があり、体制構築、研修実施、フォローまでのきめ細かい展開で高い評価を受けている。

 

タナベ経営 経営コンサルティング本部 東北支社 副支社長 日下部 聡
「現場第一、先行思考、情熱主義」をモットーに、各企業の業績改善・体質改善に取り組み、多くの実績を残している。専門分野は経営戦略構築、営業強化、人材育成による組織活性化。稼ぐ観光・地域活性化モデル研究会リーダーとしても活躍中。

 

 

社内向けにとどまらず社外向けアカデミーも開校

 

日下部 現在、取り組まれている「TANABUアカデミー」についてお聞かせください。

 

田名部 TANABUアカデミーとは、タナベ経営の指導で創立したデジタル社内大学校です。土木学部・建築学部・技能学部・営業学部・管理学部を設けて、テクニカルな内容やビジネスマナー、会社の基本知識などの多彩な内容を当社の社員が動画で紹介。対象者はパソコンやスマートフォンを使って好きな時間・場所で学習することができます。

 

さらに、LMS(学習管理システム)を導入して「誰が・どのコンテンツを・どれくらい受講しているのか」を「見える化」し、人事評価システムと連動させました。勉強している社員は仕事の出来栄えが違うので、人事評価が上がって当然。その成果にとても期待しています。

 

日下部 現在はプロジェクトチームが構成したカリキュラムに沿って動画を作成していますが、現場から「こんな動画を作ってほしい」という声が出てくるとコンテンツがさらに充実します。TANABUアカデミーは社内用ですが、社外に向けたアカデミーも開校されましたね。

 

田名部 取引会社を対象にした「田名部塾」を設立しました。当社では直接施工への転換に注力していますが、土木・建築に関わる全ての業態を自社内で持つことは難しく、協力会社に頼ることがあります。その場合は「元請け責任」があって協力会社の行為は全て田名部組の責任になります。つまり、協力会社のレベルが上がらないと、田名部組の仕事の質・評判を落としてしまうのです。

 

これを回避するために、「田名部塾」を開校しました。スタートしたばかりですが、TANABUアカデミーの経験を生かして内容の充実を図っています。

 

 

田名部組本社のエントランス

 

 

M&Aで同志を増やし東北ナンバーワンへ

 

山内 田名部組の目指すべき姿と今後の事業展望をお聞かせください。

 

田名部 5年以内にグループ売上高300億円を実現し、北東北ナンバーワンを目指します。その後は上場を視野に入れ、グループ売上高500億円の東北ナンバーワンへ一気に駆け上がる計画です。これを達成するまでに10年かけてはいけないと思っています。

 

田名部組単独で売上高500億円は難しいでしょうが、東北主要都市にある売上高50億円規模の地方ゼネコンを10社集めたら500億円に達します。

 

山内 M&Aを加速させる戦略ですね。建設系の会社は社歴が長いほど多彩な「色」を帯びてきます。すんなり傘下に収まるのでしょうか。

 

田名部 経営者の共感を得るためには、田名部組が中堅ゼネコン並みの技術力とスケールメリットを有する地方ゼネコンのファーストコールカンパニーになることが必須条件です。そして他県にも進出した上で、「勝ち負けではなく、一緒に巨大な渦を創りませんか?」と呼び掛けるのです。

 

それに共鳴してくれた経営者には、TANABUグループの共同経営者という形で仲間に入ってもらいます。また、TANABUアカデミーをTANABUグループの会社にも公開し、各社の業務や技術などを平準化していく方針です。

 

日下部 TANABUグループに入って良かったといった声を聞きますか。

 

田名部 2年前にグループに迎え入れた住宅メーカーのジェイホームが好例です。同社は2019年度に過去最高の売上高と利益を上げ、地元ビルダーでは青森県内で第3位になりました。以前のまま経営に当たってもらっている社長から「つくづくTANABUグループに入って良かったと実感しています」と感謝の言葉をいただきました。

 

私はM&Aをした会社の社長と役員には、そのまま残ってもらうことを原則にしています。かじを取る方向性は厳密に指示しますが、それ以外は「楽しくやって売り上げを少しずつ伸ばそう」という方針。この姿勢に共感する仲間を人口10万人以上の都市に1社ずつ配置すれば、きっと日本を代表するゼネコングループになれるはずです。

 

日下部 新分野にも意欲的に挑戦されています。

 

田名部 現在、事業の柱は土木・建築ですが、それに加えて太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギー、ビルやインフラのメンテナンスも推進しています。再生可能エネルギーはTANABUグループの「田名部二本木エナジー」が担当し、10カ所の太陽光発電所を建設しました。

 

メンテナンスに関しては、今後の建設業は維持・メンテナンスが主流になるという流れに対応すべく「管理部」を設立。電気やボイラー、ソフトウエア、補修など多方面にまたがるメンテナンス業務に取り組める体制を整え、業界の先陣を切ってISOのアセットマネジメントシステム(AMS)認証も取得しました。工事に比べるとメンテナンスの売り上げは微少ですが、継続性があり、建設業界においては驚異的な高利益を出します。

 

日下部 ブランディングに関しても特色のある取り組みを行っていますね。

 

田名部 ブランディングチームが情報紙『carmine(カーマイン)』を編集・制作し、八戸市内全世帯に配布しています。3カ月ごとの発行で、Vol.17に達しました。社員が当社のお客さまなどを取材して地域のトレンドや役立つ情報を紹介し、八戸市民から「届くのを楽しみにしている」といわれるツールにまで成長しました。

 

日下部 お話を聞いていると、まさに建設業はサービス業だと思えます。田名部組が中心となって多様な企業をコングロマリット化し、地域の抱える課題を解決していく——。そんな新境地をぜひ切り開いてください。本日はありがとうございました。

 

 

八戸市内全世帯へ配布している情報紙『carmine』

 

 

PROFILE

  • (株)田名部組
  • 所在地:青森県八戸市石堂2-11-21
  • 創業:1924年
  • 代表者:代表取締役社長執行役員 田名部 智之
  • 売上高:85億円(グループ計、2019年6月期)
  • 従業員数:150名(グループ計、2019年10月現在)