けんちくけんせつ女学校の様子。「心・技・体」の面からアプローチし、建設業界で活躍できる女性リーダーを育成
建設産業では特に少子高齢化が進んでおり、持続的成長を見据えると多様な人材の活躍は必要不可欠だ。今回は、官民の視点から「多様な人材が活躍し、定着する」上で必要な取り組みについて聞いた。
深刻さを増す建設産業の人材不足と高齢化
――少子高齢化が進む日本の中でも、特に、建設産業は人手不足が深刻化しています。まず、現状についてお聞かせください。
髙城 建設産業は今、現場の技能労働者の減少や若手入職者の減少といった構造的な課題に直面しています。1997年に約680万人だった建設業就業者(技術者、技能者含む)は、2018年には約500万人と26%も減少。中でも深刻なのは、建設技能者の高齢化です。約330万人いる建設技能者の4分の1は60歳以上であり、将来に向けた担い手の確保・育成が急務です。
そうした中、行政・業界を挙げて建設業界の働き方改革に取り組んでいます。働き方改革関連法では改正労働基準法に基づき時間外労働の上限規制や罰則が設けられました。ただし、建設産業については長時間労働の常態化や週休2日の確保が難しいこと、人手不足などの諸事情によって規制が5年間猶予されています。
――5年後に備えて、具体的には、どのような対策を取られているのでしょうか?
髙城 まず、2019年6月に建設業法、入札契約適正化法、公共工事品質確保法という、いわゆる「新・担い手3法」が成立しました。同法は、働き方改革と生産性の向上による、女性や若年層など将来の担い手の確保を目的としており、これによって持続可能な建設産業の構築を目指します。
具体的には、「発注者、元請け・下請けを問わず、全てのプレーヤーが、適正な工期で契約する」という原則が明記され、工事責任者の規制も緩和されました。例えば、大規模な工事現場では、これまで責任ある技術者は一つの現場しか担務できませんでした。これを、若い技術者がサポートに付くことを条件に、複数の現場を担当できるよう改正しています。
――働き続けられる環境づくりの一方、高齢化が進む中で今いる若手人材の定着・早期活躍が求められます。その点について、取り組まれている「建設キャリアアップシステム」についてお聞かせください。
髙城 現在、国土交通省(以降、国交省)と建設業界団体が最も力を入れている「建設キャリアアップシステム」は、技能者の資格、現場の就業履歴などを業界横断的に登録・蓄積する仕組みで、登録者はすでに15万人以上。データベースを構築することで技能者の能力や経験に応じた適正な処遇を実現し、将来にわたって建設業の担い手の確保につなげたいと考えています。
また、キャリアパスや将来の処遇の見える化によって建設産業のイメージアップや、現場の勤務時間管理、書類の電子化による生産性の向上といったメリットを見込んでいます。
籠田 将来の建設業の担い手を確保する上で、非常に重要な取り組みだと思います。加えて、若手の登用が新・担い手3法に盛り込まれたことは素晴らしいと思います。建設産業の若者離れは深刻です。建設技能者労働者数について20歳代以下は全体の約11%にとどまります。
経営でよくいわれますが、人を育てるには「やる気」「やる場」「やり方」が大事。やる気がある若手に、やる場を与えて、やり方を変えていくことが、建設産業の活性化につながると思います。
ダイバーシティーの推進で魅力あふれる建設産業へ
――建設産業の少子高齢化に対応していくためには、若手の定着・早期活躍だけでなく、多様な人材を雇用し、活躍の場を生み出すことが必要になります。多様な人材を雇用する企業のメリットについてお聞かせください。
籠田 多様な人材の雇用を促進するメリットは三つあります。「新たな労働力の確保」「多様な人材によるイノベーションの創造」「新たなリーダーシップを形成することによる価値の向上」です。
――多様な人材の雇用・活躍を通じて、企業としても新たな価値を生んでいくということですね。
多様性(ダイバーシティー)とは「目に見えるもの(性別・年齢など)だけでなく、目に見えないもの(価値観・スキルなど)」を指します。今後の技術革新を含む時代の流れに見合った“新しい価値”を提供するためには、“まずは多様な人材を雇用し、多様な価値観を受け入れること”が必要ですね。
籠田 そうですね。その中でも特に女性雇用を行うメリットは、「女性ならではの多角的な視点(母の視点、娘の視点、仕事視点など)」による気付きを業務に生かすことができる点です。それは、現場サポートの仕組みづくりや新たなサービスの開発など、さまざまな職種において求められる視点です。
また、女性を含む多様な人材の雇用の確保を進める一方で、定着率を高めるためには、「誰もが働き続けられる環境づくり」が必要です。
――その手段の一つが女性雇用であり、女性が働き続けられる環境づくりを通じて、「誰もが働き続けられる環境」をつくるということですね。
女性活躍への官民を挙げた取り組み
――建設産業の女性活躍を取り巻く現状についてお聞かせください。
髙城 女性技術者・技能者については、2014年から2019年までの5年間で倍増するという目標を立てて取り組んできました。その結果、女性の建設技術者は1.1万人から1.8万人に増加しており、1.64倍と目標に近い成果が上がっています。一方、建設技能者については8.7万人から10.4万人と1.2倍にとどまっている状況。ただ、建設技能者の全体数が減少する中、女性技能者数が増加している点を見れば一定の成果があったと捉えています。
女性活躍の具体策としては、「建設産業女性活躍推進ネットワーク」を構築し、各地で活躍する女性技術者・技能者の取り組みを全国に水平展開しようと支援を行っています。また国交省の工事における快適トイレ※の設置原則化をはじめ、現場の環境改善に向けた取り組みを国が率先して行っています。
さらに、国交省では現在、建設業における女性活躍推進に関する新計画策定を進めており、地方ブロックで意見を集めているところです。
籠田 国交省近畿地方整備局では「若手・女性チャレンジ型」の発注方法を試行されていますね。女性が現場の主任技術者に配置された場合、入札の際に評価の一つに加えられるものですが、前向きに取り組もうという企業が出てきています。まだ、着手した企業が少ないだけに、早い段階で手を打つことが大きなチャンスにつながると注目されています。
※国土交通省の直轄土木工事において、「快適トイレ(女性も活用しやすいトイレ)」の設置を原則化。洋式便座や水洗(簡易水洗も含む)またはし尿処理装置付きなど、トイレに求める機能や付属品といった標準仕様が定められている
人材の定着率を高めるために必要なこと
――籠田社長は長年、建設業界の現場に出られ、リーダーとして成果を上げられるだけでなく、建設産業の女性活躍を支援されてきました。そこで、お聞きしたいことがあります。女性の1級建築士合格者数は年々増加傾向にあるにもかかわらず、結婚や出産を機に女性が建設産業から離れる傾向にあります。その理由についてどのようにお考えですか。
籠田 まず、大学で建設を学ぶ女子学生は増えており、全国平均で女子の割合が35%に上るそうです。彼女たちは「女性初の現場所長」といった夢を抱いて建設産業に入職しますが、3年、5年、7年と仕事を続けるうちに夢と現実のギャップに直面します。中でも多くのケースで見られるのが、「女性であっても、男性リーダーと同じでなくてはならない」という本人や周囲の思い込み。それにとらわれ過ぎているあまり、女性としてのアイデンティティーと現場で求められるリーダー像の間で苦しみ、辞めてしまう人は少なくありません。特に、地方や中小企業では現場に女性が1人といったケースがほとんどですから、誰にも相談できずに不安と孤独を感じています。
――求められる姿と現状のギャップに苦しむということですね。また、特に女性は仕事と私生活(結婚→出産→育児→介護など)のバランスが状況によって変わり、働くスタイルも変わってきますよね。それを踏まえたときにキャリアステップが見えないことは離職につながりやすいです。
しかし、「多様なキャリアモデルをつくる」というのは、女性のためだけではありません。例えば、若手の男性社員が育休を望むケースもあるでしょう。介護のため、現場サポートをリモートな働き方で望むケースもあるでしょう。企業が「多様なキャリアの選択肢」をつくることは急務です。
――そういった課題を踏まえ、籠田社長は建設産業の女性活躍を支援するため、「一般社団法人いえのこと・はたらくこと・まちのこと」を立ち上げられました。
また、若手・中堅の女性社員を対象とした「けんちくけんせつ女学校」をタナベ経営と共催で開講しております。これにより、同じ境遇の女性や建設産業で働く先輩女性と接することができる貴重な機会を生み出しています。
いま開講しているのは、若手・中堅の女性社員を対象としたベーシックコースです。
建設現場で一生働けることを目指して、心技体を通してスキルアップを図る3カ月のカリキュラムです。これは、国交省の「建設リカレント教育等支援事業」の認定も受けていますね。
籠田 けんちくけんせつ女学校では、建設現場で活躍している女性に講師をする技術はもちろん、女性ならではのリーダーシップの考え方や体調管理(ホルモンバランス管理やストレスマネジメントなど)といった課題についても学ぶ場を提供しています。
この道40年というベテラン女性技術者にも講師を務めていただいていますが、経験が豊富ですから受講者にとって一つのロールモデルにもなるようです。
――一般的な技術やノウハウを学ぶことはもちろんですが、同じ境遇にいる仲間と情報共有することで問題解決の糸口がつかめたり、孤独感が緩和して前向きになれたりするといった効果もあるようですね。回を追うごとに受講者の捉え方が前向きに変化していくのを肌で感じています。
籠田 同じ女性であっても多様です。夢も違いますし、ライフイベントや家族構成も一人一人異なります。ただ、そうした違いがあっても、女性たちが建設産業で仕事を続けていることを知っていただきたい。「女性に建設産業を諦めてほしくない」という思いが、学校を創設した理由です。たくさんの女性講師と女性受講者の出会いの場となり、ネットワークが続いていくとよいと思っています。
【図表】建設業界の価値を高める「女性力」
持続可能な建設産業の実現へ
――最後になりますが、目指す建設産業の未来と、そこに向けた国交省の取り組みについてお聞かせください。
髙城 女性活躍新計画は、「働き続けられるための環境整備」「女性に選ばれる産業を目指す」「建設産業で働く女性を応援する取り組みを全国に根付かせる」という3本柱で策定を進めています。それを実現するため、国交省の取り組みを着実に実行することが必須です。
また、女性や若者も含めて意欲のある人が十分に活躍できる環境を整えることが、担い手の確保の原動力になり、建設業をさらに魅力的な産業へと成長させていくと考えています。そうした好循環を業界全体で生み出していけるよう、籠田社長をはじめ、業界団体の皆さまのお力添えをいただきながらしっかりと取り組んでいきます。
――貴重なご意見をありがとうございます。籠田社長、持続可能な建設産業の実現に向けて女性活躍の視点から今後、企業に求められる取り組みについてお聞かせください。
籠田 建設現場に行く女性と、女性を建設現場に行かせる会社の両方を育成していかないといけません。その過程では、働き方改革や快適トイレに代表される環境整備を進めていくことも必要です。中小企業は対応が遅れがちですが、新・担い手3法や国交省、業界団体、スーパーゼネコンの取り組みは大変参考になります。まずは、どのような制度、取り組みがあるのかを知っていただき、建設産業女性活躍推進ネットワークなどを活用しながら、挑戦していただきたいと思います。
――多様な人材を生かすには、「制度設計」「意識改革」「環境整備」の視点が欠かせません。官民挙げた取り組みによって「新しい建設産業」を構築できるよう、タナベ経営も企業へのコンサルティングを通して協力ができれば幸いでございます。本日は、ありがとうございました。
PROFILE
- (有)ゼムケンサービス
- 所在地:福岡県北九州市小倉北区片野3-7-4
- 創立:1965年
- 代表者:代表取締役 籠田 淳子
- 売上高:4億円(2019年7月期)
- 従業員数:8名(2020年1月現在)
- 国土交通省 近畿地方整備局
- 所在地:大阪府大阪市中央区大手前1-5-44 大阪合同庁舎第1号館