30年ぶりの「大転換経済」
2020年に世界中がコロナ危機に直面した現実を、私は「世界同時リセット」と呼びました。2021年は人々が行き来できない「鎖国経済」が続き、サプライチェーンが大混乱して「分断経済」へ。そして、2022年2月にはロシアによるウクライナ侵攻が始まり、「世界的インフレ経済」に突入しました。
2022年の変化のポイントを整理すると、①米国の政策金利引き上げ、②世界の経済成長率は軒並み減速(中国も「ゼロコロナ政策」で減速)、③ASEAN(東南アジア諸国連合)の経済成長率は好調で32年ぶりに中国を抜く、④先進国で日本経済だけが回復基調、⑤日米金利格差による32年ぶりの1ドル150円(2022年10月現在)という円安、⑥日本の物価上昇率(3%、2022年9月、前年同月比)は世界水準よりも低く30年越しのデフレ脱却へ、この6つになります。まさに「30年ぶりの大転換経済」です。
しかしながら、企業経営の現実は、①分断経済で顧客が創造できていない、②上場企業においては3分の1が今期決算を上方修正、③円安と原材料高騰を価格転嫁できていない、④人材不足・人材獲得競争の激化、この4つです。
日本と米国の金利差が縮まらない限りドル高・円安は続きますし、ウクライナ危機が終結しない限り資源高は収まりません。つまり、2023年も原材料や資源の価格は高騰し、価格転嫁できない局面が出てきます。30年ぶりの大転換経済を、これまでのようにコストダウンや人件費削減で乗り切ることはできないのです。
「窮すれば変じ、変ずれば通ず」。大転換には大転換で対応するのが王道です。大転換経済を迎える2023年、タナベコンサルティンググループは、新たな価値を創造し、顧客に届ける「シン・バリューチェーン戦略」を提言します。
バリューチェーンは文字通り「価値の連鎖」であり、シン・バリューチェーン戦略とは、「価格転嫁を超える『価値転嫁』を実現し、『新たな価値を創り、新しくつなぐ戦略』」なのです。
企業がシン・バリューチェーン戦略を実現するためには、「経営理念以外は全て変える」ほどのマインドセットが求められます。さらに、「M&A」「DX」「デジタルマーケティング」「ブランディング」「人的資本」「グローバル」といった新しい経営技術への投資も不可欠です。
シン・バリューチェーン戦略を実行することが、自社の価値を高め、価格と賃金を上げ、新しい会社へと生まれ変わることにつながるのです。
世界経済の見通しと6つの潮流変化
国際通貨基金(IMF)が発表した「世界経済見通し」(2022年10月)によると、世界実質GDP成長率は2021年6.0%、2022年3.2%、2023年2.7%と減速が見込まれます。著しく減速するのは米国(5.7%→1.6%→1.0%)とEU圏(5.2%→3.1%→0.5%)、英国(7.4%→3.6%→0.3%)、中国(8.1%→3.2%→4.4%)です。一方、日本(1.7%→1.7%→1.6%)、ASEAN(3.4%→5.3%→4.9%)、インド(8.7%→6.8%→6.1%)は維持・回復基調と言えます。
世界経済の減速要因としては、①ウクライナ危機とコロナ禍による世界同時インフレ、②米国の金利引き上げが起こすスタグフレーション(経済活動の停滞と物価の持続的な上昇が併存する状態)と、新興国から先進国への資金流出リスク、③中国経済の下振れリスク、この3つが挙げられます。
こうした混沌とした世界経済は、6つの潮流変化を生み出すでしょう。1つ目は、「安全保障で加速する技術革新」。2022年5月に成立した経済安全保障推進法では、「サプライチェーンの強靭化」「基幹インフラの安全性・信頼性の確保」「特定重要技術の開発支援(官民協力)」「出願特許の非公開化」の4つの柱が示されました。食糧安全保障も重要で、国際連合世界食糧計画(国連WFP)や国際連合食糧農業機関(FOA)などが共同でまとめた報告書によると、長引くコロナパンデミックの影響で2021年の飢餓人口が最大8億2800万人(前年比4600万人増)に上るなど、各国政府には食料・農業政策の見直しが求められています。
これを解決する一手として注目されるのが、最新のテクノロジーを用いて革新的な食品や調理方法を提供する「フードテック」です。世界で700兆円の市場があるとも言われ、米国のスタートアップ企業は、大豆やエンドウ豆などを使った植物性たんぱく質由来の代替肉を開発し、成長しています。
2つ目は、「混乱が招く調達革新」。そのポイントになるのが、IPEF(インド太平洋経済枠組み)の創設です。これは中国の「一帯一路」構想※に対抗する新たな枠組みで、2022年5月に米国主導で協議が開始されました。
3つ目は、「デジタルの急速な発達によるビジネス革新」。次の4つの領域への投資がポイントになります。①ビジネスモデルDX…ECビジネス、マーケティングサイトへの投資、②マーケティングDX…MAツール(マーケティング活動の自動化・効率化)の導入など、デジタルとリアルが融合したマーケティングモデルへの投資、③マネジメントDX…クラウドを使ったERP(経営統合システム)への投資、④HR(ヒューマンリソース)DX…社員エンゲージメント、社内アカデミー、人事システムへの投資です。
4つ目は、「質的充実への投資の加速」。「共通価値」への投資であり、ESG(環境・社会・ガバナンス)や人的資本といった非財務情報の可視化を指します。米国やEUは、企業に人的資本の情報開示を義務付けており、新興国ではインドやブラジルが情報開示を促しています。日本でも、2022年8月に「人的資本可視化指針」が出され、非財務情報を可視化しないと企業価値が向上しない時代に入りました。
5つ目は、「金利上昇と為替変動」。ポイントは、①長期金利の上昇…経済産業省「通商白書2022年版」によると、10年国債の利回りは2022年3月以降に急上昇しており、債務の利払い負担が増加、②為替変動…為替基調の潮目が変わるのは米国のインフレが収まるかどうか、この2つです。
6つ目は、「脱中国依存への転換」。日本やEUがサプライチェーンにおける中国依存の割合を減らしていないのに対し、米国は2018年の21%をピークに、2022年には15%まで低下(経済産業省「通商白書(2022年版)」)。例えば、アップル社ではサプライヤーに中国以外への製造拠点の分散を求めています。日本企業も、任天堂は「Nintendo Switch」の生産ラインの一部を中国からベトナムへ移管。ダイキン工業は中国が主産のレアアースを使わないエアコンモーターを開発することで、サプライチェーンリスクの軽減を図る方針です。
※2013年に中国が提唱した、アジアとヨーロッパをつなぐ広域経済圏構想
