FCC(ファーストコールカンパニー:100年先も顧客から真っ先に声をかけられる会社)の実現を支援する、経営者のための戦略プラットフォーム「トップマネジメントカンファレンス」(タナベコンサルティング主催)。第6回(2025年2月開催)は、「教科書にない経営」を生み出したトラスコ中山の代表取締役社長・中山哲也氏に、社長業について講演いただいた。
トラスコ中山 代表取締役社長
中山 哲也氏
売上高は30年で3.5倍に拡大
トラスコ中山は、工具・器具・備品・消耗品の卸売業である。全国物流拠点は28カ所、国内営業拠点は59カ所、海外拠点は6カ所。「物流を制する者はビジネスを制す」として地域に根差した物流体制を目指している。 現在の取り扱いアイテムは700万、在庫アイテムは61.1万に上る。物流センターを運営する強みを生かし、私が社長就任時の1994年12月に830億円だった売上高は、30年後の2024年12月には2950億円にまで拡大した。独自の経営指標「在庫出荷率」
私は、経営では教科書にはない答えを見いだすべきだと考えている。当社が着目する経営指標は、PER(株価収益率)・PBR(株価純資産倍率)・ROE(自己資本利益率)ではない。顧客からの注文をどれだけ在庫から出荷したかを示す「在庫出荷率」である。
出所:トラスコ中山講演資料
機関投資家は費用対効果や利益率の向上にこだわるが、世の中には効率が悪くても作るべき商品、行うべきサービスがある。会社は社会の一員として、お客さま目線で考え、大事な商品やサービスを供給することが重要だ。
私は、在庫は成長のエネルギーだと考えている。当社における2024年12月の工業用副資材の在庫金額は、553億円と高額だ。この潤沢な在庫によって、92.6%という高水準の在庫出荷率が支えられている。また、現在の受注の89%が人手のいらないシステム受注となったことで残業が激減し、ホワイト企業へ転換できた。
それだけではない。売れ筋以外の在庫も置き、速く安く提供したため、同業ライバル企業までが顧客となった。さらに、デジタル化したことでインターネット通販向けの売り上げも急拡大し、後述する「ニアワセ(荷物詰め合わせ)+ユーチョク(ユーザー直送)」や「ユークル(ユーザー商品引き取り)」などの新しいサービスも生まれた。このように、当社にとって在庫は成長の起爆剤だった。
社長を含む役員に課せられた仕事は、会社の機能を高めていくことだと考えている。会社の取り組みの中で、社長や役員が生み出したアイデアを、いかにたくさん実現するかが大切だ。
その1つに「やめる経営戦略」がある。目的が分からなくなった経営戦略は、やめる判断も必要だ。
例えば当社では、2002年に物品受領書、2003年に請求書の作成を撤廃した。また、2005年の手形取引の全廃では、普通預金に払い込まれた現金を物流に投資し、大きな成長につなげた。
さらに、2008年には取引先懇親会、2009年には売り出しセールを廃止。2019年には「ISO14001(環境マネジメントシステムに関する国際規格)」を卒業、つまり認証取得をやめている。これらの取り組みによって、月末から月初にかけての売上額が安定するようになった。
また、当社では数値目標だけでなく、能力目標も掲げている。能力目標とは「どんな能力を持った会社になりたいか」を示すものだ。独自の能力を持つ会社は、数値目標だけを達成する会社よりも強い。
能力目標には、「ニアワセ+ユーチョク能力アップ」「納品スピードアップ」「MROストッカー(富山の置き薬に着想を得た置き工具サービス)設置拡大」「24時間受注、365日出荷体制の構築」などを掲げた。
トラスコ中山の能力目標 出所:トラスコ中山講演資料
こうした能力目標の表明はDXの推進にもつながる。700万アイテムもある在庫を扱うには、デジタル活用が必然だ。DXの取り組みが評価され、一橋大学大学院の「ポーター賞」をはじめとした複数の賞を受賞している。
ライバルが思い付かない発想で挑む
当社では「持つ経営」を推進している。減価償却は「費」ではなく「益」だと捉え、会社の大動脈は他人資産に依存していない。物流センターはもとより「ソルマーレ」というサーバーまでも、自社で持っている。持てる物を全て持てば、インフレにも強くなる。一度買ってしまえば、それ以降は値上がりとは無関係になり、うまくいかなければ売ることもできる。 また、社員は原則的に正規雇用としている。会社には、社員が安心・安定して働ける職場をつくる義務があるためである。 さらに、経営判断は採算だけでなく、善悪を踏まえるべきだと考えている。創業者である私の父は、損得勘定の「取捨銭択」の経営を行ったが、全て失敗している。その教訓から私は、「取捨善択」の経営を心掛けた。 このように、教科書通りの取り組みをしないのは、「誰もが思い付き、進む方向に成功はない」と考えるためだ。多数決で決めた経営戦略が必ずしも正しいとは限らない。また、ライバル会社も同じような取り組みを思い付く。そこで、独創的な発想を重視し、10倍考えて10歩先を見据えることで、さらに独創力を鍛えていくことが必要だと考えた。知識は有限だが、知恵は無限である。私は記憶よりも、考えて気付く力を高めていきたい。 もし「理想の会社像は」と問われたら、私は「できればトラスコ中山から買いたくないが、買わざるを得ない会社」と答えるだろう。そういう会社の営業政策や生産計画などには、人が思い付かない戦略がいくつも張り巡らされているものだ。 私は、経営の現場から行方不明になる経営者を何人も見てきた。こうしたことは、全て「私はデキル」「私はスゴイ」「私はリッパ」という「カンチガイ」から始まっている。自覚を持って仕事をすると実績となり、実績が積み重なると自信になる。しかし、自信が積み重なると自慢や傲慢へとエスカレートし、ついには退場に追い込まれていく。できれば自信につながるところまでで、止めておきたいものだ。独自事業「ニアワセ+ユーチョク」が大好評
現在、教科書にない独自の発想から生まれた事業が大好評を得ている。2023年に始まったサービス「ニアワセ+ユーチョク」である。
出所:トラスコ中山講演資料
ニアワセとは「荷物の詰め合わせ」のことで、ネット通販で買い物すると何箱にも分かれて届く荷物を、できるだけ1つの箱にまとめて発送できるようにしている。
一方のユーチョクとは「ユーザーへ直送する」ことで、例えば社外の注文サイトからの受注を、注文サイトを経由することなくユーザーに直接送るサービスだ。これは、薬の問屋が複数メーカーの薬を病院や薬局を介さずに、患者に直接届けるイメージである。
複数の注文を荷物合わせしてユーザーに直送することで、納期や配送運賃、梱包資材、さらに作業負荷や環境負荷を半減することに成功した。2024年度の「ニアワセ+ユーチョク」の実績は、取引数が625万個、売り上げは372億円となっている。2025年は、取引数770万個、売り上げ430億円を目指している。