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コラム
イベント開催リポート
タナベコンサルティンググループ主催のウェビナーやフォーラムの開催リポートです。
コラム 2024.10.11

人的資本経営時代の人事部門の役割とは 三井化学

タナベコンサルティングは2024年9月5日、「未来戦略フォーラム2024」を開催。激変するグローバル経済下で変化に挑む中長期戦略をテーマに、学研ホールディングス、三井化学の取り組みと、タナベコンサルティングによる講演をリアルタイムで配信した。
※登壇者の所属・役職などは開催当時のものです。

 

三井化学 グローバル人材部部長 小野真吾氏:人的資本経営時代の人事部門の役割とは

三井化学株式会社 グローバル人材部 部長
小野 真吾 氏

法学部卒業。2000年に三井化学へ新卒入社し、ICT関連事業の海外営業、マーケティング、プロダクトマネジャー(戦略策定・事業管理・投融資など)を経験後、人事に異動。組合対応や制度改定、採用責任者、国内外M&A人事責任者、HRビジネスパートナーを経験後、指名委員会、グローバルでのタレントマネジメントや後継者計画の仕組み導入、グローバル人事システム展開などを推進。2021年4月より現職。

 

経営戦略と連動した人材戦略

 

三井化学は連結売上高が約2兆円弱、従業員数2万人弱、グループ会社165社で、海外の売り上げが約50%を占める総合化学メーカーである。「ベーシック&グリーン・マテリアルズ」「ライフ&ヘルスケア・ソリューション」「モビリティソリューション」「ICTソリューション」という4つの事業を展開している。

 

1912年に石炭化学事業を始め、1958年には日本で初めての石油化学コンビナートを建設し、産業の近代化に貢献。1997年に三井東圧化学と三井石油化学工業が合併し三井化学を設立。現在は、グリーンケミカル実現に向け新たな挑戦をするという大きな転換期を迎えている。

 

グリーンケミカル実現に向け、当社は2021年に長期経営計画「VISION 2030」を策定した。

 

VISION2030 外部環境の変化と5つの基本戦略
VISION2030 外部環境の変化と5つの基本戦略
出所:三井化学講演資料

 

財務的には「ライフ&ヘルスケア・ソリューション」「モビリティソリューション」「ICTソリューション」の成長3領域に積極投資しながら利益を創出し、コア営業利益ベースで2022年度の1134億円から、2030年には2500億円へと飛躍的な成長を目指す。実現に向けたビジネスモデルとして、新規事業の創出やM&Aの加速、DX、そして素材提供型からソリューション型モデルへと発展させる方向に向かおうとしている。

 

その推進事例として「MOLp®(モル:そざいの魅力ラボ)」を紹介する。「素材の価値や魅力を再編集し、社会やステークホルダーの視点で新たな価値を発見するラボをつくろう」という社員の発案からスタートした部活動であったが、この活動が注目を集め、仏パリ・コレクションの衣装への素材提供や企業とのコラボレーションが実現した。現場や部活動から出てきたアイデアが、新しい事業を生み出す大事な起点になり得る好例である。

 

当社は財務だけでなく、非財務も含めた経営モニタリング(統合経営)を行っている。気候変動、安全、品質、企業文化、人的資本といったマテリアリティごとのKPI(重要業績評価指標)を設定し、具体的な指標でPDCAを回している。

 

企業文化、人的資本に関わる部分では、エンゲージメント向上、キータレントマネジメント、ダイバーシティー、健康重視経営という指標でKPIを設定し、経営モニタリングしている。これをいかに人材戦略、経営戦略と連動させるかが肝要である。

 

人材戦略は毎年、経営陣が中期事業戦略ローリング時に、事業の方向性などと連動させる形で見直し、3年先を見据え、優先課題、主要な方策、KPIの見直しを図っている。

 

人材戦略策定においては、人的資本の現状と将来目指すべき姿とのギャップをどう埋めるか、人材ポートフォリオ変革、従業員エンゲージメント、企業文化変革という3つの視点で議論している。

 

 

人材戦略を推進するグローバル人事組織

 

当社の海外における従業員数は2011年度では全体の24%であったが、事業の海外展開・M&A加速に伴い、特に欧米で増加し、2022年度には40%を占めるまでになった。

 

グローバル化が進む中での人事施策の実践について話す前に、当社の人事部門マネジメントについて解説する。

 

トップであるCHRO(取締役)の下に、事業に寄り添うビジネスパートナーとしての人事「Senior HRBP」と、本社機能としての人事「HRマネジメントチーム」がある。

 

「Global CoC」は専門部隊を集めたグローバル人事機能で、地域とグローバルが連動しながらタレントマネジメントや組織、人材開発、報酬、ベネフィット、企業ブランドをどうグローバルに展開するかという観点で施策を実施している。

 

もともとグローバルHR組織は東京に設置していたが発展的に解散し、2014年以降は各国の人事を組み込んだバーチャルな多国籍チームに再編。2019年にグローバル人事組織を設置し、2021年にグローバル/地域のマトリクスHR組織を再編成した。

 

密度の濃い人事同士のコミュニティーをつくり、各社の社長やエグゼクティブとディナーやゴルフをしながら個人的な関係性を深めることもある。こういった泥臭い形で世界中に仲間をつくり、グローバルなネットワークを形成して人事組織を変遷してきた。

 

 

ボトムアップで導入したグローバル人事施策

 

次に、ミドル・ボトムアップで導入してきたグローバル人事施策について紹介する。さまざまな会社のフェーズや基本戦略と連携し、中心となる人材戦略の優先課題、主要方策を定めて施策を実施してきた。

 

経営戦略に連動した「人材戦略」に基づき、人的資本経営を継続
出所:三井化学講演資料

 

一口でグローバルと言っても、時代、事業の文脈、会社の状況によって打つべき人事施策は変化する。いかに経営戦略と連動するかが肝要である。

 

 

グローバル人事施策の全体像とリーダーシッププログラム

 

2011年以降、経営戦略上重要な特定領域において、グローバルリーダーシップ研修、グローバルマネジャーセミナー、地域別リーダーシッププログラムを実施するなど、人材育成投資を継続してきた。これがステージ1(2011~2014年度中計)での取り組みである。

 

初期にはさまざまなグローバル人事施策に取り組んだが、失敗例もある。グローバル報酬・評価ポリシーを作成・展開しようとしたが、各社の抵抗が強く挫折した。策定の目的、各社のメリットや意味合いが理解されなかったことが要因であった。

 

失敗も経て、「そもそも自分たちは戦略と連動して何がしたいか」という視点に立ち返ったのがステージ2(VISION2025)の時代である。2016年度からは、キータレントマネジメントを導入した。これは将来の経営者、CxO、本部長候補をグローバルレベルで獲得・育成する、当社人材マネジメントの中核的な取り組みである。

 

業績、潜在能力、熱意の3軸を活用し、キータレントを選抜。コア・バリューや業務プロセスを踏まえ、グローバル共通の評価項目「求められる資質」として「戦略構想力、チーム・リーダーシップ、多様性の尊重、胆力・一貫性、機敏性、目標必達の執念」の6項目(グローバルコンピテンシー)を設定した。

 

経営者になるために必要な経験を5つの軸で捉え、その経験を意図的に積めるよう個別の育成計画(OJT)を作成するというのがキータレントマネジメントの骨格である。

 

経営者育成に資する経験
出所:三井化学講演資料

 

キータレントマネジメントは指名戦略と一気通貫した取り組みであり、取締役会および人事指名委員会に実施概要を報告している。このプロセスを活用し、適切な助言を独立社外取締役から受けることで、人材戦略と主要な課題に対する方策のブラッシュアップを図っている。

 

次に、2018年よりグローバル従業員エンゲージメント調査を実施した。組織別にスコアや要因を洗い出し、組織ベースで改善活動を行った。大事なのは、モニタリングだけでなく改善活動を行うこと。経営陣が率先し、多様なポストサーベイアクションを実施している。

 

ステージ3(VISION 2030)では、グローバル・ポジション管理体制の構築に取り組んでいる。

 

さまざまなグループ会社間異動や国を超えた異動が起きる中、会社を超えてポジションを比較し、グループ内における重要なポジションの特定・管理が可能となるグループ共通グレード(グローバルグレード)を導入した。

 

現在はキータレント選抜型から、テクノロジーを活用した包摂型のタレントマネジメントに向け、人事部門一丸となってチャレンジしているところである。これは経営戦略とも連動した方向性である。

 

人事としてM&Aや新事業開発にもコミットしているが、企業変革は大きなトランスレーションを一気に行うのは容易ではない。少しずつ変え続けることで、連続トランジッションが起こってくるものである。

 

 

戦略実現のためのHRとしてのチャレンジ

 

ミドル・ボトムアップ型でも企業変革は可能である。その中で人事部門の役割とは何か、M&Aの際の人事業務領域にはどのようなものがあるか、過去の事例を下図に示す。

 

M&AにおけるHR領域の活動例
出所:三井化学講演資料

 

具体例として、2013年にドイツのあるホールディングスの会社から、ある事業のみを切り出して買収した事例を紹介する。多額の資金を投入し、22カ国26拠点ある事業体を買収するという、三井化学グループでも最大規模の買収であった。複雑な案件であったため、人事もかなり前段階から関与している。

 

プレディール段階では、戦略的パートナーとして案件の初期段階から関与し、人事の観点から買収の具体的な手法やリスクなどについて企画と討議を行った。

 

人事の役割は、経営企画(M&A)部隊と日頃から情報共有してディールの流れをつかむこと、専門家としてデューデリジェンスとPMI(経営統合を実行するプロセス)に際してどのような支援体制を構築するか、前もって準備することである。

 

デューデリジェンス段階では、買収におけるリスクの洗い出しと、PMIをにらんだ診断が必要となる。本件はカーブアウトかつ多国籍の案件であったため、各国の人事制度の把握やスタンドアローン・イシューの特定、キーパーソンの転籍などが大きな課題であった。

 

PMIに向けた準備段階では、同じグループの従業員として価値を創造してもらうため、世界10拠点でタウンホールミーティングを行いグループ編入の意味を発信したり、1500名の従業員にレターやグッズを入れたウェルカムパッケージを作ったり、積極的な交流で異文化相互理解を図ったりもした。海外企業の買収では文化の違いにより問題が生じることもあるので、人事主導で文化統合プランを立案、実施した。

 

こうした取り組みの効果で前向きなコラボレーションが生まれると、共同プロジェクトが発生して信頼度もアップするものだが、きれいごとだけでは済まないのがM&Aである。業績悪化時の企業再生に関しても人事部門が現場に入り、マネジメントチームと併走して課題を解決することも重要な役割だ。

 

もう1つ、採用起点で新規事業を立ち上げた事例もある。外資系メンバーの採用から始まり、ワークショップでのMVV・戦略立案の共有やカルチャーの定義・浸透、北米での新会社立ち上げ、ベンチャーからの新技術買収などいった事業創出のプロセスにも、人事として介入し、立ち上げに伴走した。

 

変革にはエネルギーがいる。権威というポジションパワーによる変革もあるが、HRは影響力、インフルエンスパワーを駆使して変革を起こすことになる。当然リーダーシップも求められる。

 

後半で述べた現場では、まさに互いに影響し合って変革を起こしてきた。ボトムアップ変革時のリーダーシップや人事のトランスフォーメーションには、「誰かをリードする変革」ではなく、「誰かがあなたをフォローする」というインフルエンスパワーの視点が重要である。