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コラム

イベント開催リポート

タナベコンサルティンググループ主催のウェビナーやフォーラムの開催リポートです。
コラム 2024.08.27

破壊的新規事業の起こし方

玉田俊平太氏(関西学院大学経営戦略研究科教授)

FCC(ファーストコールカンパニー:100年先も顧客から真っ先に声をかけられる会社)の実現を支援する、経営者のための戦略プラットフォーム「トップマネジメントカンファレンス」(タナベコンサルティング主催)が2024年4月に開催。関西学院大学経営戦略研究科教授でイノベーション・システム研究センター長の玉田俊平太博士(学術)をゲストに迎え 、企業の事業戦略として注目されている「破壊的イノベーション」をテーマに講演いただいた。

 

 

 

関西学院大学 経営戦略研究科 教授
玉田 俊平太(たまだ しゅんぺいた)氏
ハーバード大学大学院にてマイケル・ポーター教授のゼミに所属、競争力と戦略の関係について研究するとともに、クレイトン・クリステンセン教授からイノベーションのマネジメントについて指導を受ける。筑波大学専任講師、経済産業研究所フェローを経て現職。その間、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員、東京大学先端経済工学研究センター客員研究員、文部科学省科学技術政策研究所客員研究官、一橋大学客員研究員を兼ねる。研究・イノベーション学会評議員。元日経ITイノベーターズ会議アドバイザリーボードメンバー。日本知財学会会員。平成23年度TEPIA知的財産学術奨励賞「TEPIA会長大賞」受賞。著書に『日本のイノベーションのジレンマ破壊的イノベーターになるための7つのステップ』(翔泳社、2015年)、『産学連携イノベーション―日本特許データによる実証分析』(関西学院大学出版会、2010年)など。

 

 

現在のビジネスモデルの寿命は20年

 

ニューヨーク証券取引所やNASDAQなどに上場している主要500銘柄のランキング「S&P500」を基に、企業が何年間そこにとどまっていたかの平均値を見ると、1940年代末は60年を超えていたが、今では20年を切っている。ビジネスモデルの寿命がどんどん短くなっていることがわかる。

 

ニコンは光学技術において世界トップクラスだ。しかし、ニコンの映像事業部門の売上高は、2013年から2021年の8年間で6000億円も減少している。この間にニコンで不祥事があったり、技術が低下したりしたわけではない。それではニコンはなぜこのようなことになったのか?

 

2008年に発売されたカメラ付きの携帯電話は30万画素だったが、最新のiPhone 15 Pro Maxでは最高4800万画素になっている。初めはおもちゃのようだった携帯電話のカメラの性能が、いまではニコンをおびやかすまでになったからだ。

 

経済雑誌や過去の経営学者は大企業が競争に負けた原因について「経営判断を間違ったからだ」と説明するだろう。しかし、ハーバード大学の故クレイトン・クリステンセン教授は、この理論を信じなかった。経営が悪かったというだけでは説明できないコンピュータ業界のケースがあったからだ。

 

大型コンピュータシステムであるメインフレームについて、IBMは世界的に圧倒的なシェアを持っていた。それに対し、DECやデータ・ゼネラルなどが、メインフレームよりも低性能で値段が10分の1程度のミニコンピュータを発売。

 

インテルの共同創業者ゴードン・ムーア氏が提唱した「ムーアの法則」によると、半導体製品の性能は1年半で約2倍になる。この法則に則って計算すると、性能は3年で約4倍、10年で約100倍、60年で約1兆倍に向上する。つまり、昔は1兆円出さないと買えなかったコンピュータが、今では1円で買えるようになった。

 

性能が上がるにつれて、ミニコンピュータはメインフレーム並みの仕事ができるようになり、やがてDECはIBMに勝った。この時のビジネス誌を見ると「DECがすごいぞ、IBMが負けた。神の経営だ」と絶賛されていた。しかし本当は違う。この現象は技術進歩の速さと、それによる圧倒的なコストパフォーマンスの向上が引き起こした「破壊」なのだ。

 

その証拠に、神の経営と言われたDECが、Appleやコモドール、IBMの一部門などが開発した、ミニコンよりさらに性能の低いパソコンに顧客を奪われていった。経営の優劣とは違うところで勝敗が決したのだ。

 

IBMやニコンは経営が劣っていたわけではない。競争の感覚を研ぎ澄まし、顧客の意見に興味深く耳を傾け、新技術にも積極的に投資してきた。だから既存の(金払いが良い)顧客が喜ぶような、製品やサービスをアップグレードして、より高い価格で売ろうとする「持続的イノベーション」はうまい。

 

しかし、優良企業は、既存の顧客が欲しがらないような低性能の「破壊的イノベーション」にうまく対処できず、打ち負かされてしまう。この現象を故クリステンセン教授は「イノベーターのジレンマ」と呼んだ。

 

 

「イノベーターのジレンマ」が起こるメカニズム


出所:玉田氏講演資料より抜粋

 

優良企業は自分の優良顧客向けの商品やサービスを提供するのはうまい。だから、持続的イノベーション同士の競争では、既存企業がたいてい勝利する。しかし、企業は真面目で、今日よりも明日、明日よりも明後日と製品の性能を上げていく。そうしていつの間にか、顧客が求める性能を超えてしまい、それ以上性能が向上しても、顧客にはありがたみが感じられない状況(破壊的イノベーションの状況)が生まれる。

 

一方で、既存顧客が重視する性能が一時的に下がる破壊的イノベーションが起きた時、既存顧客は「こんなおもちゃのような製品は要らない」と言う。しかし、その「オモチャ」はその後ムーアの法則に則る形で性能が上がり続け、いつしか圧倒的なコストパフォーマンスの製品に成長し、顧客の要望を満たすようになるだろう。

 

自社商品を購入していた顧客はこれまで使っていた製品を捨て、コストパフォーマンスの良い新規参入者から製品を購入するようになり、この瞬間に自社の破壊が起きる。これはハイテク業界だけではなく、さまざまな業界に起きることで、破壊的イノベーションでは「新規参入者がほとんど常に勝利する」と言われている。

 

持続的イノベーションは、既存顧客を対象に従来よりも優れたハイエンド(高性能)製品を提供する。それに対して、破壊的イノベーションは既存製品の主要な顧客には魅力的に映らない。しかし、新しい顧客や要求が厳しくない顧客には、使い勝手が良く安価で魅力的な製品になる。

 

持続的イノベーターは、ただ漫然としているのではなく、常にライバルや業界の動向を見張っている。しかし、破壊的イノベーションが自分のマーケットで起こるとは思っていないため見過ごしてしまう。

 

破壊的イノベーションは、最初におもちゃのような製品が受け容れられる別のマーケットに現れ、気付いた時には自社のマーケットを下から奪っていく。結果的に、大手優良企業は後手に回り、破壊されてしまうのだ。

 

新規事業を考える際には、既存の大企業と正面から戦う「持続的イノベーション」ではなく、大企業が自ら道を譲る「破壊的イノベーション」の形に持ち込むのが望ましい。

 

 

イノベーションを起こす戦略の特徴

 

まず、どんな市場を目指すのかを決めていく。持続的イノベーションでハイエンドを目指すのか。それとも新市場型破壊を目指すのか。あるいは、ローエンド型破壊を行うのか。社長として戦略を定めよう。

 

持続的イノベーションは、より良い性能の製品を開発する戦略である。より多くの経営資源を持つものが勝つような戦いのマーケットで、10万円の炊飯器やハイレゾオーディオ、8Kテレビなどが該当する。

 

新市場型の破壊的イノベーションは、顧客が叶えたい「ジョブ」は有るが、現在はまだ適切なソリューションがない「無消費の状況」を見つけて対応することである。例えば、ウォークマンやファミコン、携帯電話などが該当する。

 

ローエンド型の破壊的イノベーションでは、オーバークオリティーになっている状況を見付け、顧客にそこそこの品質で安い価格の商品を提供する。例えば、回転寿司やヘアカット専門店のQBハウス、ブックオフや通販型の保険などがこれに該当する。

 

破壊的イノベーションのアイデアを探す際には、実績がある競合企業が喜んで背を向ける「破壊」の足掛かりを見つけるために、顧客が叶えたい「ジョブ」を探していく。

 

「ジョブ理論」では、顧客が商品を買う行動を、何かの「ジョブ」、つまり望む進歩を片付けるために、何かを「雇用(ハイア)する」と考える。もし、その「ジョブ」の片付け方に不満があれば、その商品を「解雇(ファイア)」し、次の日には別の何かを「雇用する」のだ。

 

例えば、週に一度病院に行くためにタクシーを呼ぶというジョブがある際、普段はすぐ来るタクシーが、運転手不足でなかなか来ないことがある。そこでタクシーに不満を感じたならばそれを「解雇」し、代わりにUberやカーシェアのタイムズを「雇う」という考え方が「ジョブ理論」である。

 

「ジョブ理論」が目指すのは、顧客が進歩を求めて苦労する点を理解し、彼らの抱える「ジョブ」を片付ける解決策と、それに付随する体験を構築することである。

 

新規事業のアイデアを考える際は、専門分野や経験、国籍など、なるべく多様な属性を持つ人をチームに集め、自由にブレーンストーミングすることをおすすめする。そして、顧客が叶えたいと思うであろう「進歩」を探し、そのためのソリューションを考えていくのだ。そのビジネスモデルは、自社にとっては持続的で、他社にとっては破壊的なものを見いだすのが望ましい。

 

4通りの新規事業イノベーションの起こし方

 


出所:玉田氏講演資料より抜粋

 

新規事業のイノベーションは、自社にとって破壊的か持続的か、他社にとって破壊的か持続的かによって4通りに分けられる。

 

1番に狙うのは、自社にとっては持続的だが、他社にとっては破壊的な事業だ。例えばエプソンは、ストップウォッチの小型プリンターの開発をしていたが、今では1分間に70枚も出力できる高性能インクジェット複合機プリンターを製造している。自社にとっては持続的イノベーションとなる。

 

一方、キヤノンや富士フイルムビジネスイノベーション(旧富士ゼロックス)のレーザー複合機メーカーにとっては、エプソンのインクジェット複合機は導入費用も安く、メンテも低コストで対抗ができない。かと言ってインクジェット複合機市場に参入すると自分のビジネスモデルを壊してしまうため、他社から見ればエプソンは破壊的な存在になる。

 

2番目に目指すのは、自社と他社の両方にとって破壊的なビジネスがよいだろう。IBMは大型コンピュータを製造していたため、パソコンは自社にとって破壊的な存在である。一方でIBMは、フロリダのボカラトンにある別の事業所に任せて業界標準のIBM PCを製造し、他社側から見ても破壊的な存在となった。このような自社にとって破壊的なビジネスは、新しい組織に任せるのがよいだろう。

 

3番目は、自社と他社にとって持続的な事業である。自社が競合他社よりも強くて大きい存在ならば、戦いを挑む方法もある。例えば、テスラは電気自動車の分野でイノベーションを起こしているが、ベンツやアウディーなども高性能電気自動車を開発して競い合っている。激しい競争は、大きな経営資源を持つほうが勝つだろう。

 

4番目は、自社にとっては破壊的で、他社にとっては持続的な領域である。例えば、JALに対してローコストキャリアであるピーチ・アビエーションが攻めると、基本的に対抗策は存在しない。ビジネスクラスやファーストクラスの上位市場にシフトするか、破壊的企業を買収や新設し、独立性を維持して経営する手段が考えられるだろう。

 

破壊的なビジネスモデルを持つ企業を買収した場合、そのビジネスモデルはなるべく壊さないようにし、資本的に支援して成果をいただく。無理に統合しようとすると、金の卵を産むガチョウ(破壊的ビジネスモデル)を殺して鴨肉にして食べてしまうようなことになるからだ。

 


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