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イベント開催リポート
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コラム 2023.11.16

イノベーションが生まれる中堅・中小企業の組織とは 入山章栄氏

タナベコンサルティング トップマネジメントカンファレンス

 

 

FCC(100年先も顧客から真っ先に声をかけられる会社)実現を支援する、経営者のための戦略プラットフォーム「トップマネジメントカンファレンス」(タナベコンサルティング主催、全6回)の第4回(2023年10月開催、「サプライチェーンと収益モデル」)では、変化の激しい時代におけるイノベーションが生まれる組織の作り方について、早稲田大学大学院経営管理研究科教授・入山章栄氏に講演いただいた。

 

イノベーションが生まれる中堅・中小企業の組織とは:早稲田大学 大学院 教授 入山章栄氏

早稲田大学 大学院 経営管理研究科 教授
入山 章栄(いりやま あきえ)氏
1998年慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所を経て2008年に米・ピッツバーグ大学経営大学院で博士号(Ph.D.)を取得。同年から米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサー(助教授)。2013年に早稲田大学ビジネススクール准教授、2019年4月から現職。専門は経営戦略論および国際経営論。「Strategic Management Journal」「Journal of International Business Studies」など国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。主な著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP)、『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)。

 

IoTは日本の勝ち筋。これからの日本にはチャンスがある

 

「イノベーションが生まれる組織の作り方」と題した今回の講演では、未来予想図が描きにくい経営環境下で、中堅・中小企業がイノベーションを起こす方法をお伝えしたい。

 

パソコンやスマートフォンをめぐる第1次デジタル競争でGAFAに負けた日本。だが、IoT時代の到来による第2次デジタル競争において、日本には再興のチャンスがある。

 

IoTではあらゆるモノにデジタルが結び付く。モノがインターネット経由で通信し、デジタル化していくとなると、対象となるモノの総数は何兆にも及び無限大となる。そのため、もともと質の高いモノ作りが得意な日本やドイツの製造業は復権する可能性がある。

 

日本のモノ作りは品質が高いが、良いモノを作るだけではビジネス拡大は難しい。しかし、モノをデジタル化して新たなシステムを作り、販売すれば発展できる。コマツ(東京都)をはじめ、実際にグローバル市場でビジネスを拡大している企業も散見される。

 

製造業だけでなく、サービス業も同様。人にデジタルが付き、業務のデジタル化が進んでいくと、従業員は接客に力を入れる。結局、最後に重要になるのは人との信頼関係であり、「この人なら信頼できる」という感覚だ。そういった意味でも、おもてなし大国の日本にはまだまだチャンスがある。

 

サービス業の事例を挙げると、うどん専門飲食店経営の丸亀製麺(東京都)ではデジタル化が進み、従業員は接客に力を入れるようになった。その結果、「顧客体験価値ランキング2022」(インターブランドジャパン)において1位を獲得するなど、デジタルを活用し、顧客体験価値向上につなげている。

 

また、業種・業界に特化したSaaS「バーティカルSaaS」も生まれている。その事例として4つを紹介したい。

 

まずは温泉旅館の陣屋(神奈川県)だ。日本旅館はいまだにアナログなオペレーションが多く残る業界だが、陣屋は温泉旅館専用のデジタルシステムを構築し導入。自社の成功事例を水平展開するため、温泉旅館特化型デジタルシステムとして外販を始めている。

 

また、東信水産(東京都)は日本で一番DXが進んだ魚屋である。魚屋はDXに適応するのが難しい業界だが、魚屋専用のシステムをつくり、外販を進めている。

 

農業機械メーカーの筑水キャニコム(福岡県)は、米国の小規模農家の農業事情に合ったシステムをカスタマイズし、米国市場への進出を果たしている。自動車リユース部品販売のシーパーツ(山口県)は、車単位ではなく部品単位の査定システムを作りデジタル化した。その結果、いまや世界中のバイヤーから注目を集めている。

 

これらの事例に共通しているのは、「素晴らしい現場力の存在とデジタルの融合」だ。これからは地方企業も東京を目指すのではなく、いきなり世界進出を目指す時代。前述の通り、そうした企業が実際に表れており、これからの時代、感度の高い経営者の経営する中堅企業には大きな可能性があると感じている。

 

会社全体を見直すことが改革の鍵

 

会社組織は複雑な要素が合理的に絡み合っている。どこか1つの要素だけを変えようとした場合、これでうまくかみ合っていた他の要素から抵抗に合ってしまう。

 

これは「経路依存性」と呼ばれるもので、変革していくには会社全体の改革が必要になる。

 

「経路依存性」を変革していくには会社全体の改革が必要
※講演資料より抜粋

 

具体的には、大企業のダイバーシティ経営が挙げられる。多様な人材を受け入れ、イノベーションを生み出すために導入する企業は多いが、なかなかうまく進まないのが実情である。その理由として、会社全体ではなく一部の部署や部分的な仕組みとしてダイバーシティ経営の要素を取り入れていることが挙げられる。

 

多様な人材を採用するには、新卒一括採用と終身雇用をやめて評価制度を変え、働き方改革をしなくてはならない。働き方改革にはデジタルの力が欠かせず、会社全体を変えることが必要になる。

 

特に大企業は役員が多く、しがらみがありコンフリクトが生じやすい。そうした中、変革・イノベーションを創出するために有効な手法の1つが、役員の兼任である。

 

例えばデジタル化を推進する場合、デジタル担当役員は人事担当も兼ねるのが良い。一般的に、中堅企業は大手企業に比べてしがらみが少なく、特にファミリービジネスはトップダウンが有効に働く。しかし、中堅企業でも抵抗勢力があるならば、デジタルの担当者に権限を与えると改革はスムーズに進行しやすい。

 

「両利きの経営」がイノベーションを生む

 

イノベーションを生むには新しいアイデアが必要だ。新しいアイデアは既存知の組み合わせでできている。90年前から経済学者のヨーゼフ・シュンペーターは 「新結合」を唱え、このことを示していた。

 

しかし、人間の認知には限界があり、目の前にあるもので組み合わせをするため、イノベーションが生まれにくい。同じ業界にいて、同じ場所で仕事をし、同じメンバーに囲まれ、目の前の知と知の組み合わせを散々してきたならなおさらだ。

 

だからこそ、自ら能動的に変化してイノベーションを起こす必要がある。なるべく自分から離れた遠くの知を幅広く見て持ち帰り、既存知と組み合わせることが必要になる。これがイノベーションの本質だ。

 

イノベーションの最重要理論として、「Ambidexterity(両利きの経営)」がある。なるべく広い世界から「知」を獲得する「知の探索」、既存事業を深める「知の深化」を両立させながら企業経営を行うことである。

 

知の探索と深化を高いレベルでバランス良くできる企業、経営者、組織、ビジネスパーソンはイノベーションを起こす確率が高い。この「両利きの経営」はいまや、世界の経営学でのコンセンサスだ。

 

イノベーションの最重要理論:Ambidexterity(両利きの経営)
※講演資料より抜粋

※Competency Trapとは、企業が短期的な成果を求め、既存事業の深化だけにリソースを傾けた結果、イノベーションが停滞すること。

 

知の探索は一見、無駄に見えやすい。上場企業は予実管理が基本となるが、そうなると目の前で利益が出ているところだけを深掘りし、予算を達成しようとする。これでは短期的な知の深化にしかならない。

 

しかし、知の探索をなおざりにすれば、中長期的にはイノベーションは枯渇する。日本でイノベーションが足りないのは、知の深化に偏っているためだ。深化と探索は併行して進めることが重要である。知の探索は失敗や無駄に見えることも多いが、折れずに続ける必要がある。

 

「自分自身を移動させ認知の外にいき、遠くで得た知見を現在あるものと組み合わせる」という両利きの経営の好事例として、承継者がもともと継ぐ気がない場合の事業承継が挙げられる。

 

この場合、承継者は本業と関係のない経験をした上で、本人の意志とはかかわらず、何らかの機会により後を継ぐ。この時、会社の実績と個人の幅広い知見が化学反応し、イノベーションを起こし飛躍するケースが多い。

 

知の探索の実現に必要な「腹落ち」とは

 

不透明性が高い時代において、正確な分析に基づく将来予測よりも重要なのが、納得性や腹落ちさせるストーリーだ。起きている現象に対し、能動的に意味を与える思考プロセスを「センスメイキング理論」という。

 

人間は腹落ちしないと変化しない。大事なのは、自社の創業や経営の思い、方向性などに納得することだ。数十年先の未来に向けて価値を生み出し、顧客に貢献して利益を出し、前に進むことを社員に腹落ちさせる。さらに、取引先や銀行、顧客を巻き込んで一緒に前に進む。

 

変化の激しい環境下では知の探索なしに生き残れない。時には失敗もするが、トップと社員一同が腹落ちしていれば、困難があっても乗り越えられる。

 

そのために重要なのは、長期志向性だ。腹落ちや改革には長期スパンが必要になる。上場企業は短期間で社長が変わるため、長期的な未来に責任を持ちにくい。一方、社長の任期が長いファミリービジネスは、長期志向性という面では圧倒的に強い。実際、過去40年の上場企業データを見ると、利益率・成長率とも高いのは同族企業だ。

 

ファミリービジネスは息子や娘に最適な状態で継承できるよう、20~30年先まで考える。これからの時代、中堅企業には勝機があり、変化の習慣化はとてつもないイノベーションを起こす可能性を秘めている。

 

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