製造フォーラム(ゲスト:ヤマハ発動機、ESG/SDGsコンサルタント・笹谷秀光氏)
DX・SDGs・M&Aが製造業の未来を変える
米国やEUと比べて営業利益率が低く、国際競争力に乏しい日本の製造業。持続的成長のためには、「本業で稼ぐ力」を高める必要がある。そのような中、タナベコンサルティングは2023年1月27日、「製造フォーラム」を開催。特別ゲスト2名による、環境に適応し、常に変化し続けるための取り組みと、タナベコンサルティングのコンサルタン3名による講演をリアルタイムで配信した。
※登壇者の所属・役職などは開催当時のものです。
ESG/SDGsコンサルタント・笹谷 秀光 氏
日本SDGs経営モデルの最前線-混迷の時代、羅針盤SDGsで競争に打ち勝つ-
元 株式会社伊藤園 取締役
笹谷 秀光 氏
東京大学法学部卒業。1977年農林省入省、環境省大臣官房審議官、農林水産省大臣官房審議官、関東森林管理局長などを経て2008年退官。同年伊藤園入社、取締役などを経て2019年4月退職。2020年4月より千葉商科大学教授、博士(政策研究)。ESGやSDGsをテーマに、幅広くパネリストや講師として登壇。
カーボンニュートラルの実現、新型コロナウイルスの感染拡大、ロシアによるウクライナ侵略など、世界秩序を根本から変える出来事が連続で起きている。また、激しい時代の変化に対応するべく、企業にはさまざまなX(トランスフォーメーション:変革)が求められている。
このような「混迷の時代」において、2015年9月に“奇跡的に”国連加盟の193カ国全ての合意のもと策定されたSDGs(持続可能な開発目標)を、「経営の羅針盤」として使いこなす必要がある。SDGs17の目標だけでなく、169のターゲットを視野に入れながら、「経済・環境・社会」の解決を目指す時代がきているのだ。
国際社会共通の目標・行動計画である「持続可能な開発のための2030アジェンダ」によると、世界が目指すべきビジョン、要素として次の3つが挙げられる。
1.身体的・精神的な健康、社会的福祉(ウェルビーイング)が保障される世界
2.社会的に公正で、衡平で、寛容で包摂的な世界
3.持続可能な経済成長と働きがいのある人間らしい仕事を享受できる世界
これら3つは、自社のパーパス(存在意義)を明確にし、社会へどのように貢献していくのかという貢献価値を高める経営手法「パーパス経営」のヒントにもなり得る。
製造業でSDGsという羅針盤を活用する場合、SDGs達成目標の12「つくる責任 つかう責任」を軸に経営戦略を立案する必要がある。12の中でも、12.8「2030年までに、人々があらゆる場所において、持続可能な開発及び自然と調和したライフスタイルに関する情報と意識を持つようにする。」が重要である。
そこから、「自社・クライアント企業・世間」三方良しのSDGsを進めていく。取り組んで終わりではなく、発信することも忘れないでいただきたい。
SDGs169のターゲットを理解し、自社の事業・そのほかの取り組みとひも付ける。次に、「SDGsウォッシュ」(SDGsに取り組んでいるように見せかけること)を避けながら、取り組み内容を発信する。最後に、自社におけるSDGs達成に向けた取り組みの重点を再度決め直し、他社との差別化を図る。まずは、ESG・SDGsを網羅するためのマトリクスを作成いただきたい。
出所:笹谷氏講演資料
ヤマハ発動機
“人”が主役のValue Innovation Factory-DX技術を「触媒」に現場の「閃き」を新価値へ繋げる-
生産技術本部 設備技術部 部長
茨木 康充 氏
1999年ヤマハ発動機入社。製造技術、海外生産企画、MBA留学を経て2007年よりインド現地法人にて事業企画に従事。2013年日本帰任後、生産課長、SCM管理グループリーダーを経て2018年に製造DXに着手。2019年より製造DXにおける戦略立案、技術開発、現場実装を進めている。
ヤマハ発動機は、二輪車の開発を起点とするパワートレイン技術、走行・航走を支える車体・艇体技術、電子制御技術、生産技術の4つをコア・テクノロジーとし、20カ国37の拠点を持っている。
同社は、海外調達部品の増加や、部品製造難易度の高度化(大型・薄肉化、高機能化など)、正社員比率の低下を背景に、従来の現場暗黙知に頼った管理手法を脱却し、現場主体のデータドリブン型管理への変革を「理論値生産活動」というプロセスを通じて進めてきた。実現手段として、①廉価・汎用・教育をコンセプトにDX技術を内製・手の内化、②現場人財のDX教育、この2つを行っている。
①廉価・汎用・教育をコンセプトにDX技術を内製・手の内化
高い目標、目指す姿を明確に描き、現実とのギャップを課題と定義、その解消に向けて次の3つステップを進めている。
1.目指すゴールと現実とのギャップ課題の明確化
2.現場の立場でテーマ設定と解決策を考える
3.パッケージソリューションの内製開発力の強化
現場のひらめきを定量化、検証する時、DX技術を手の内化することでその検証サイクルを短くすることができる。成果として、⑴現場の効果実感、⑵維持管理工数の低減、などにつながる。
同社は、DX技術と現場力による価値創造で生み出した“余力”を自己成長につなげる“人”が主役の工場を、「Value Innovation Factory」(VIF)と定義した。VIFでは、良品条件をリアルタイムに見える化することで品質確保に対する初動を促す「イーグルアイ活動」など、現場“発”の活動が生まれている。イーグルアイ活動では、半年間で内部欠陥不良率が10分の1になり、在庫数減少や設備の操業時間短縮にもつながっている。
出所:茨木氏講演資料
②現場人財のDX教育
現場経験を糧にデータから因果仮説を立てて検証できる人財を目指して、社内留学制度を発足。「一般座学講習会」「『実践展開スキル』取得のためのインターンシップ」を提供している。成果として、これまでエンジンの組み立てしか行っていなかった社員が、3DCADとシミュレーション技術を勉強し、理論的かつ実践的な加工パスデータを作成するなどの成果も生まれている。
製造業の現場は、「未覚醒人財」の宝庫である。デジタル手法は「未覚醒人財を覚醒させる“触媒”」であり、現場経験とデータからひらめく仮説をデータを基に検証することで、現場マネジメントは飛躍的に改善する。
タナベコンサルティング
製造業におけるサステナブルモデル
企業を取り巻く環境の変化要因として、産業構造の中長期的変化という大きな構造変化に加えて、新型コロナウイルスの感染拡大などに代表される予測困難な流動的変化が挙げられる。
時代の変化に合わせて世の中が求めるものも日々変化する。それに合わせて、世の中が求めるもの(潜在・顕在的)と自社の強みを掛け合わせて、自社の存在価値を見つけなければならない。
企業におけるサステナブルモデルとは、「世の中の求めるものに合わせて提供価値を変化させ続けて、存在価値を発揮して永続発展する仕組み」である。まずは、自社のビジョンを描いた上で、バックキャスティングで未来を創っていただきたい。
出所:タナベコンサルティング作成
製造業におけるM&Aのポイント
M&A本部 本部長
丹尾 渉
2017年からM&Aコンサルティング本部の立ち上げに参画。M&A戦略構築からアドバイザリー、PMIまでオリジナルメソッドを開発。その後4年間で延べ60件以上のM&Aコンサルティングに携わる。「戦略なくしてM&Aなし」をモットーに、規模を問わずさまざまな企業のM&Aを通じた成長支援を数多く手掛けている。
非連続の時代に、M&Aを駆使して「自己変革」を促す。外部環境の変化に「耐える」のではなく、「適応する」ためのビジネスモデルに、短期間で変革させる手段が「成長M&A」である。まずは、ビジョンを明確化し、現実とビジョンのギャップを埋める(いつまでに、どこを目指すのか)。その後、成長戦略(承継戦略)としてM&Aを行う。
製造業におけるM&Aのポイントは次の3つである。
1.自社の得意分野・品質を高めるための事業強化
M&Aを活用して工場や人的資本を獲得し、自社の得意分野や製品の品質を強化する。エリア拡大を目指す場合は、求められるレベルの品質に合わせて製造する柔軟性も求められる。
2.バリューチェーンの強化
複数の事業の柱を持つ(=課題解決の数だけ事業がある)場合は、事業ドメインごとに強化の手法は異なる。全てをオーガニックグロース(企業がその内部資源によって成長する戦略)、あるいは、ノンオーガニックグロース(企業の合併や買収によって新しい事業や製品、サービスを取り込んで収益を伸ばす戦略)で解決することは、変化の速い現代においては現実的ではない。長期ビジョン、中期ビジョン、セグメント別事業戦略と検討を重ねる過程で、併せて参入戦略を検討することで、事業開発にスピード感を持たせることが可能となる。
3.AIやIoTなどのデータを活用する新規事業の開発
外部環境の変化に対応するため、異業種とのM&Aを進めるケースも少なくない。特に、大手企業ではIT系企業をグループ化する動きが見られる。
M&Aを駆使することで、これらを短期間で実現することが可能となる。まずは、外部環境の変化に合わせて自己変革を促すことが重要だ。そのための手段としてM&Aを活用して、短期間で自社の仕組みを変えていただきたい。
製造業の未来を創る成長戦略
ストラテジー&ドメイン大阪本部 本部長代理
巻野 隆宏
専門分野は事業戦略の立案をはじめ開発・マーケティングなど多岐にわたる。企業の持続的な変化と成長のサポートに取り組み、志ある企業・経営者のパートナーとして活躍中。「高い生産性と存在価値の構築」を信条とし、明快なロジックと実践的なコンサルティングを展開。建設業、製造業を中心に、中長期ビジョン構築における事業の選択と集中によって高収益ビジネスモデルへの変革を数多く手掛けている。
企業は変革するためにさまざまなX(トランスフォーメーション:変革)に取り組んでいる。製造業において特に重要なのは、MX(Manufacturing Transformation:製造業が提供する体験価値の変革)である。
MXは、自社と産業のバリューチェーン強化が目的であり、その要は製造ドメインにある。企画・設計・調達・製造・営業・物流・アフターフォローなど、価値提供できるポイントを増やすことにより自社のバリューチェーンを強化する。製造業においては、アフターフォローやユーザーコミュニケーションなど、顧客に近いバリューチェーンの強化が重要である。
SDGs・DX・M&Aを活用して自社と産業のバリューチェーンを強化し、戦略人材の活躍で付加価値型製造業にアップデートする成長戦略を描いていただきたい。「顧客と従業員の体験価値を変革する」ことが製造業の未来戦略である。
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