その他 2022.10.07

海外事業再構築の鍵~海外拠点の見える化DX戦略~

不安定化する国際秩序、世界経済悪化の懸念、歴史的な円安といった経営環境下、日本企業は海外事業戦略を再構築する必要に迫られている。こうした中、タナベコンサルティングは2022年9月5日、ウェビナー「海外事業再構築の鍵」を開催。アフターコロナを見据えた海外事業再構築の勘所や海外子会社PMI(経営統合)の重要性について、またクラウドツールを活用した海外拠点の情報の可視化と実例についての講演をリアルタイムで配信した。

※登壇者の所属・役職などは開催当時のものです。

 

 

リアルタイムで現地動向を把握し、即応できる海外経営体制の再構築を急げ

 

 

株式会社タナベコンサルティング
執行役員 ストラテジー&ドメインコンサルティング事業部 東京本部 本部長
村上 幸一
ベンチャーキャピタルの投資先スタートアップ企業において、豪州現地法人の設立からマネジメントまで、また米国大学発ベンチャー企業の日本市場調査、開拓および事業性評価など主に海外ベースの案件を多数経験。タナベ経営(現タナベコンサルティング)入社後もその豊富な経験を生かし、中国生産現地法人の再建支援、ASEANエリアのサプライヤー開拓戦略立案、多国籍で展開する専門商社の経営アドバイザー、M&Aにおける海外事業のビジネスDD(デューデリジェンス)の統括など多種多様な実績を有する。

 

現地の正確な情報を迅速に捉える仕組みづくり

 

世界銀行が2022年6月発表した実質GDP成長率の2021年実績は、日本1.7%、EU5.4%、米国5.7%。欧米諸国がアフターコロナへかじを切って対策緩和を進める中、日本はウィズコロナ路線を堅持して厳しい対策を続けたことが成長率の抑制につながったと考えられる。

 

一方、2022年予測は日本1.7%、EU2.5%、米国2.5%。欧米諸国が前年実績を大幅に下回るのに対し、日本は2021年の成長率を堅持すると見込まれる。いわば「アフターコロナにおける周回遅れの成長」と言えるだろう。ところが、それに冷水を浴びせるように円安が進行し、2022年9月1日には24年ぶりに1ドルが140円台に突入した。

 

このような状況に直面し、「今後の海外戦略をどうすべきか」「すでに進出している地域をどのように再構築すべきか」「カントリーリスクを考慮し、中国から撤退したいがどうしたら良いか」といった不安の声が聞こえるようになった。日本企業の海外事業戦略は、再構築を急がなくてはならない局面を迎えている。

 

コロナ禍によって各国の経済格差が拡大し、それは世界地図を“まだら模様”に塗り分けている。海外展開を図る企業は、進出先の“まだら度合い”を正確に把握することが不可欠だ。「現地の正しい情報をタイムリーに入手できる仕組みづくり」が、海外拠点を持続的に成長させる経営判断に直結する。この仕組みづくりに必須の「海外子会社のPMI」や「現地の経営情報の可視化」について、次の2講演で詳説する。

 

 

ポストコロナ時代の海外事業再構築へ向けて

 

 

グローウィン・パートナーズ株式会社
フィナンシャル・アドバイザリー事業部 海外FA部 部長
田内 恒治 氏
JETRO(現日本貿易振興機構)、Hotta Liesenberg Saito LLP東京事務所(現HLSグローバル)を経て、三菱UFJリサーチ&コンサルティングに入社し、日本企業の海外戦略コンサルティングと同社のホーチミン事務所長を兼任。アジア・欧米の幅広いネットワークと知見を活用した海外戦略立案、パートナー探索からクロスボーダーM&A、戦略的資本提携の実施に至る一気通貫のアドバイスを実施。2021年グローウィン・パートナーズ入社、現職。クロスボーダーM&A、海外戦略立案コンサルティングに携わる。

 

VUCA時代の海外事業

 

海外事業を取り巻く環境は激しい変化にさらされ、まさに「VUCAの時代」(先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態)へ突入した。こうした状況における日本企業の海外進出に対するマインドは、「コロナ禍の影響で拡大意欲は一時的に減少したものの、新たな進出計画を維持している企業は多く、縮小・撤退なども視野に入れつつ、ポストコロナ時代の海外事業を模索している」と分析できる。※1

 

※1 JETRO(日本貿易振興機構)「2021年度 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(2022年2月)、「今後の海外進出方針」アンケート結果より

 

海外事業の対象国を検討する際、参考になるのが【図表1】である。「海外事業の拡大を図る国・地域」と「有望な事業が図れるとみられる国・地域」は類似している。

 

【図表1】日本企業が事業拡大を図っている国・地域(左)、中期的(今後3年程度)な有望事業を展開している国・地域(複数回答、右)

出所:田内氏の講演資料

 

リスクを内包しながらも経済的なメリットが大きな米国と中国は、日本企業にとって重要である。コロナ禍が収束に向かう中で東南アジア諸国には注目が集まっており、人口が1億超のベトナムは上位にランクされている。また、台湾には半導体やIT関連の有望な企業がそろっている。

 

海外事業を再構築する勘所

 

海外事業の進展に伴い、「攻め」と「守り」の切り替えが必要になる。スタート時の海外進出の検討や海外生産拠点の確保などは「攻めの海外展開」、その後、海外拠点の配置の見直しや管理体制の見直しといった「守りの海外展開」を経て、海外M&Aによる非連続成長や海外パートナーとの協業という「攻めの海外展開」へ戻る。事業が複雑化して攻めと守りの両軸で展開を考えなければならない場合もあるだろう。

 

海外事業拡大のためにM&Aを検討する企業は確実に増えている。そのメリットは「成長市場へのアクセス」「売上創出への時間短縮」「投資額が明確」「撤退時のオプション」の4つ。海外進出の類型ならびに手法と想定される課題は、【図表2】と【図表3】の通りである。

 

【図表2】海外進出の類型

出所:田内氏の講演資料

 

【図表3】海外進出の手法と想定される課題

出所:田内氏の講演資料

 

進出して10年も経てば事業の明暗は財務的にも明らかになるが、海外事業の撤退には「撤退方法と資金回収」「現地利害関係者との調整」「撤退計画の作成」といった進出時よりも高いハードルが待ち受ける。海外事業の撤退や再編へのプロセスには、海外事業戦略の一環として親会社が深く関与することが重要である。

 

海外拠点におけるPMIの重要性

 

海外M&AのPMI(M&A後の統合プロセス)を検討する際に起こり得るリスクとして、計画立案(契約前)においては「事業戦略の欠如」「対象企業の不適合」「価格交渉の過ち」、100日プラン(M&A終了後100日間で策定する被買収企業の中期事業計画)策定時においては「企業文化の対立」「新たなリスクの発見」「事業の融合不全」、管理モニタリングにおいては「現地任せの企業統治」「戦略なき増資」「外部の血への抵抗感」が挙げられる。このようなリスクを防止するには、M&Aを目的とせず、傘下に収めた企業をどのように経営するかを明確化することが非常に重要である。

 

海外拠点の運営は、時間の経過に伴って現地任せになりがちで、ガバナンスの欠如や経営環境の変化によって収益悪化に陥ることがある。そのような場合は、海外子会社の内部ガバナンス強化と本社コントロールに基づいた事業再建に取り組まねばならない。

 

また、国際的な事業環境の変化によって役割を終えた海外子会社の撤退意思決定は、創業者の思い入れなどがあって時として困難な場合もある。全社最適の視点から見た戦略的撤退判断と撤退戦略を客観的に描く必要がある。

 

 

海外M&Aの勘所PMIを成功に導くERP

 

 

株式会社マルチブック
代表取締役CEO
渡部 学 氏
半導体商社㈱マクニカにて経理・コーポレートITなどの責任者を経て、海外の買収先のPMIに従事。その後アジアパシフィックのコントローラーを担う。帰国後は独シーメンス社他のCFOとしてグローバル企業のリーダー職に従事。2019年、㈱マルチブックにCFOとして参画しM&Aによる資金調達をリード。2021年より現職。20年以上にわたるファイナンス分野での経験から、買収企業の制度・システム統合、グローバル資本再編による税務、クロスボーダーのオペレーションを得意とする。

 

M&A成功の鍵を握るPMI

 

コロナ禍による一時的な停滞は見られるものの、日本企業のM&Aは年々増加している。M&A支援のレコフが2022年1月に発表した調査結果(【図表1】)によると、2021年は前年比14.7%増の約4280件と過去最多を更新した。金額ベースでは、全体の8割超に当たる13兆3000億円が海外M&Aに投入されており、経営者にとって海外M&Aはもはや身近な成長戦略になったと言えるだろう。

 

【図表1】2021年の日本企業のM&A件数および海外M&A投資額の割合

出所:レコフ「2021年のM&A回顧(2021年1-12月の日本企業のM&A動向)」より渡部氏作成

 

M&Aは「買収前」と「買収後」のフェーズに分けられる。買収前は大きな金額が動くなどして脚光を浴びやすい傾向にあるが、本番は「買った後」だ。買収した子会社を自社グループに統合していくプロセス(PMI)は、買収前のトップレベルの交渉とは異なり、より繊細な現場ワークが求められるハードな業務が続き、相応のコストも必要となる。

 

言葉やシステムなどの壁が立ちはだかる海外M&Aの場合は、さらに難易度が上がる。つまり、経営者の思い描く期待とシナリオ通りのシナジー成果を実現するためには、PMIまで意識したM&A戦略が求められる。

 

実際に当社のアンケート調査では、タイに進出した企業の半数が3年以内にトラブルを経験している。海外子会社は小規模組織が多いためにガバナンスの認識が甘くなり、不正などのトラブルも高まりがちなのだ。

 

不正の半数以上は、役員・上級管理職などのエグゼクティブクラスや、経理・営業・オペレーションといった上級社員や管理を担うバックオフィスで発生している(【図表2】)。買収後にまず取り掛かるべきは、こうした役職者や部署を中心に週単位のトラッキング(記録・追跡)を行いながらコミュニケーションを深め、透明性の高い組織と情報フローを確立することだ。内部統制の構築に知識と経験のある本社部門の関与は必須である。

 

【図表2】犯行者の部署別に見た不正リスクのヒートマップ

出所:ACFE(公認不正検査士協会)「2020年度版 職業上の不正と濫用に関する国民への報告書」より渡部氏作成

 

 

ERPにより数字で統合する経営環境を実現

 

海外子会社のPMIを効率的に進めるITインフラがERP(統合基幹業務システム)である。会計などの基幹業務をシステム化し、リアルタイムでの業績管理や精度向上、業務効率化、スピードアップを実現して経営情報の精度を向上。また、情報の見える化により承認権限の適切な運用を図って不正防止や内部統制強化を実現すると同時に、為替や勘定科目の不統一による本社への報告業務の工数削減によって現地担当者が本来の業務に集中できる環境づくりを支援することによって、「世界共通言語である数字で統合する経営環境」を確立できる。

 

当社のクラウド型会計・ERPサービス「multibook」は、業績・分析・資金・残高照合・不正検知・為替という経営管理に必要な情報をオール・イン・ワンで提供している。クラウドベースで各国の要件に適合した機能をプリセットできるため、スピーディーなセットアップが可能で、コストも比較的リーズナブル。飲食業や製造業、サービス業、建設業界、商社などの32カ国290拠点への納入実績を持つ(2022年9月現在)。

 

海外拠点の経営状況を見える化した企業事例

 

ベトナム、中国、UAE、インド、カナダなどに10カ所の海外拠点を展開している環境関連機器メーカーのテラル(広島県福山市)は、「日本本社で海外拠点の経営状況を把握するのに時間がかかる」「拠点ごとに財務ガバナンスの水準に差異がある」という課題を抱えていた。

 

そこで拠点の既存システムにmultibookを連動させ、各拠点は日々の仕訳情報を指定のフォルダにアップロードするだけで、本社がリアルタイムに経営状況を把握できるシステムを構築。本社から拠点の経理業務をタイムリーかつ厳密に指導できるようになり、業務の質とスピードが向上した。

 

※詳細はこちら:世界各国で事業を展開するテラルが海外10拠点の“見える化”にmultibookを採用した理由とは

 

また、海外に8拠点を構えるA社(東証1部上場企業)は、各拠点の見える化、管理・牽制体制の強化、経理業務の内製化によるコスト削減を目指して、拠点ごとに異なるソフトを使っていたローカルシステムをmultibookへ一本化。

 

各国の要件をプリセットして提供することにより、わずか6カ月で全ての海外拠点の情報を一元管理できるシステムへ変更でき、本社はリアルタイムで海外拠点の経営状況を把握可能になった。

 

ERPは、内部統制のみならず決算早期化や為替管理にまで効果がある。事業計画を緻密にトラッキングし、グループ経営統合を成功に導く最初のITインフラなのである。