FCC(ファーストコールカンパニー:100年先も顧客から真っ先に声をかけられる会社)実現を支援する、経営者のための戦略プラットフォーム「トップマネジメントカンファレンス」(タナベコンサルティング主催)。第4期第4回(2026年10月9日開催、テーマ「DX・人的資本経営」)では、シナモン会長兼チーフ・サステナビリティ・デベロプメント・オフィサー兼日立製作所Lumada Innovation Hubシニア・プリンシパル兼鎌倉市アドバイザーの加治慶光氏にご講演いただいた。
※登壇者の所属・役職などは開催当時のものです。

加治慶光 かじ よしみつ 氏
シナモン 会長 兼 チーフ・サステナビリティ・デベロプメント・オフィサー
日立製作所 Lumada Innovation Hubシニア・プリンシパル
鎌倉市アドバイザー
官民の最前線を歩んできたキャリア
私は1986年に富士銀行で働き始め、その後、米国のケロッグ経営大学院で学びました。日産自動車では6年間、「フーガ」「スカイライン」といった「インフィニティブランド」や「GT-R」の国内マーケティングを担当しました。その後、東京都へ出向して東京オリンピック・パラリンピック招致委員会に加わり、2016年大会の招致に携わりました。結果はリオデジャネイロに敗れましたが、2010年に日産へ戻り、電気自動車「リーフ」を世界へ送り出す仕事を手掛けました。
2011年からは、内閣官房・総理大臣官邸の国際広報室の立ち上げに参加しました。日本の存在感を世界に発信するために設けられた部署でしたが、同年3月の東日本大震災を機に、被害状況や原発の状態を世界へ説明するという厳しい仕事へと内容が一変しました。政権交代を経て、任期の最後には安倍総理とともにブエノスアイレスで東京オリンピックの招致を実現し、大阪・関西万博の誘致にも関わりました。
その後は民間企業に戻り、アクセンチュアで5年間コンサルティングに従事しました。現在は、シナモンの会長を7年務めるほか、日立製作所でデジタル戦略「Lumada(ルマーダ)」の推進に携わり、鎌倉市のスマートシティづくりのアドバイザー、グロービス経営大学院でのMBA・企業研修担当も務めています。
本日は、2026年7月21日に閣議決定された国の経済・産業政策である「日本成長戦略」を起点に、「なぜフィジカルAI・バーティカルAIが日本の勝ち筋なのか」、そして「意志とAIの関係」についてお話しします。
17の戦略分野――日本成長戦略をチャンスに
まず、日本成長戦略についてご紹介します。今年の国家予算は約122兆円で、その半分以上は皆さんの税金です。一方、GDPは約600兆円。つまり、約120兆円を投資して産業を活性化し、600兆円以上の成果を生み出そうというのが政府の考え方です。
予算は、6月から7月に「骨太の方針」と日本成長戦略が決まり、各省庁が8月末までに概算要求を財務省へ提出、9月から12月の査定を経て12月下旬に政府予算案となり、国会審議を経て翌年4月から施行される、というプロセスで決まります。今年の日本成長戦略の特徴は、単年度ではなく複数年度での予算編成により民間が安心して投資できる環境を整えようとしている点です。従来の要求上限であるシーリング(概算要求基準)を撤廃・緩和し、積極財政の姿勢を鮮明にしています。
戦略の核となる考え方は、「自律性」と「不可欠性」です。自律性とは、サプライチェーンが寸断されても自国で立ち行く力。不可欠性とは、地政学でいうチョークポイント、すなわち「日本がいなければ世界が困る」という存在意義です。これを起点に成長シナリオを描こうというのが基本思想であり、「AIトランスフォーメーション」(AX)によって付加価値を高めていく方針が示されています。
また、日本成長戦略には、AI・半導体、デジタル・サイバーセキュリティ、情報通信、量子、防衛産業、航空・宇宙、海洋、造船、マテリアル(重要鉱物・部素材)、合成生物学・バイオ、創薬・先端医療、資源・エネルギー安全保障・GX、フュージョンエネルギー、フードテック、防災・国土強靱化、港湾ロジスティクス、コンテンツという17の戦略領域が掲げられています。スタートアップや人材育成・労働市場改革、賃上げ環境、サイバーセキュリティなど8つの分野横断的な課題を、17の領域にマトリクス状に差し込む構成になっています。
この中には、62の製品・技術ごとの「官民投資ロードマップ」が示され、2040年度までの官民投資額は総額370兆円、国内民間設備投資は230兆円、名目GDPは1100兆円に迫るという試算が置かれています。今の約2倍を、残りの十数年で目指すということです。日本成長戦略の最終ページには、縦軸に経済的インパクトの大きさ、横軸に研究開発・実証・商用化・量産化という市場化のプロセスをとったマップがあり、「今すぐ収益になるもの」と「将来大きく育つもの」が整理されています。資料は全て公開されていますので、ご興味のある産業名で検索し、AIと相談しながら読み解いていただくとよいでしょう。加えて、人口減少への問題意識から、国主導・広域自治体主導・基礎自治体主導の3つの「地域未来戦略」も組み込まれています。
なぜ「フィジカルAI」「バーティカルAI」が日本の勝ち筋なのか
世界でAIが話題になったのは、2022年11月30日にOpenAIがChatGPT(GPT-3.5)を公開したときです。日本で広まったのは、2023年3月14日にChatGPT (GPT-4)が登場して以降でした。注目すべきは、OpenAIのCEOであるサム・アルトマン氏が、ChatGPT公開後に初めて訪れた海外が日本だったことです。2023年4月10日に来日して岸田元内閣総理大臣と面会しました。理由は2つあります。
1つ目は、日本がAIとの親和性が非常に高い国だからです。キリスト教的な世界観では、「生命を創造できるのは神だけであり、人間が作った機械が人間より賢いはずはない」という発想から、『マトリックス』や『ターミネーター』のような作品において、AIは人類の敵として描かれがちです。一方、日本には『鉄腕アトム』や『ドラえもん』など、ロボットと人間が友情を交わすことが自然に受け止められています。2つ目は、同年5月に開催されたG7広島サミットの存在です。アルトマン氏の提言を契機に発足した「広島AIプロセス」は、AI兵器という新たな脅威に対し、広島の名のもとに悲劇を繰り返さないという強い意志を国際社会の議論に刻み込み、欧州のガイドラインにも影響を与える大きな成果を上げています。
また、東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻・附属人工物工学研究センターの松尾豊教授は、LLM※の活用を進める一方で、「日本でもLLMを自ら作ってみるべきだ」と提言しました。世界はすでに巨額の開発競争に入っており、短期的に日本が勝つことはほぼ不可能です。しかし、かつて自動車やテレビを「まず一から作る」ことでノウハウを蓄積し、精緻なものづくりで競争力を得たように、今は「LLMを自ら作る過程でノウハウをためることに意味がある」という考え方です。マラソンでいえば、先頭集団の最後尾につけて効率的に開発を進めるイメージです。
その上で、LLM単体で日本が勝つのは難しくても、AIを物理世界に落とし込む「フィジカルAI(AIロボットなど)」や、垂直型・領域特化型の「バーティカルAI」であれば、日本のものづくり文化と強く結び付きます。フィジカルAIでは中国に競争力がありますが、「生命や機微な情報に近付くロボットを、自由主義・民主主義を基礎とする国々とともに作り上げたい」。これはG7が共有する価値であり、日本への期待は非常に大きい。だからこそ、日本成長戦略ではフィジカルAIが前面に据えられているのです。
※Large Language Model:大規模言語モデル。膨大なテキストデータを学習し、人間のような自然な文章の理解や生成を行うディープラーニング(深層学習)モデル
日立「Lumada」とHMAX――コングロマリットバリューの創出
こうした流れを事業として実現しようとしているのが日立製作所です。同社はデジタル戦略の総称「Lumada」を掲げて10年になります。データ・テクノロジー・ナレッジと人材を掛け合わせデジタルで価値を創出する取り組みで、1.0、2.0、3.0と形を変えてきました。近年は、AIで社会インフラを革新する次世代ソリューション群「HMAX(エイチマックス)」が登場し、構想を実装へと進めています。
同社には鉄道などのモビリティ、電力などのエナジーといった事業があり、そこにデジタルが重なります。例えば鉄道では、部品の劣化をデジタルで察知し故障前に交換したり、信号システムと組み合わせてセットで提供したりする。こうしてグループ各事業の価値を束ね、全体の企業価値が各事業の合計を上回る「コングロマリットバリュー」を生み出そうとしています。各事業がバラバラに価値を出すだけでは、投資家から「分割して売った方がよい」と見なされてしまうからです。
その象徴が「80・20」という目標です。デジタル(Lumada)の売り上げ比率を全体の80%へ、その調整後EBITAを20%へ引き上げる。現状は売り上げ比率が約50%、収益率が約18%で、「50・18」を「80・20」にすることを株主に説明しています。そしてその根底には、経済的成長、環境、人々のウェルビーイングが高度に共存する「ハーモナイズドソサエティ」を実現するという強い意志があります。
意志とナレッジループ――知を資産に変える
ここから、「意志とAI」の話に移ります。シナモンの創業者である平野未来は、著書『心をすませば』(東洋経済新報社)の中で、まず人間として意志を持つことの重要性を説いています。当社はパーパスを「AIの力で、人の意志を実現する未来をつくる」と改めました。意志とは、「これをしたい」と願う心です。AIがどれほど進化しても、AI自身が何かをしたいと願うことはありません。意志を持ち得るのは人間だけです。
マイクロソフトのCEOであるサティア・ナデラ氏は、AI時代の企業の本質を「どのモデルを選ぶか」ではなく、「学習ループを持てるか」だと語っています。人と機械の間に本物の学習ループを築き、それが循環することで組織の知は洗練され、企業の新しい知的資産になる。そして、そこで決定的に重要なのが人間の方向付けです。各社がパーパスやプロミスをどれだけ踏まえ、組織全体の知にしていけるかが問われます。
当社では、この循環を「ナレッジループ」と呼んでいます。大量で複雑なドキュメントを取り込み、探し、活用し、ため、知に変える。その中心には常に「何のために知を回すのか」という意志があります。
未来世代の企業文化――「AIの重力」に抗う
最も気を付けるべきは、AIが当たり前になった時代に、未来世代(AIネイティブ)とどのような企業文化を築くかです。MITスローン経営大学院のエリック・ソー教授は、優秀とされる学生に「なぜこう考えたのか」と問うと、「AIがそう書いた」と返ってきたことに衝撃を受けました。このままでは、自らの思考をAIに外注する人が生まれてしまう。そうならないために、「AIの重力に抗うべきだ」と説いています。
かつて、アップルの共同創業者の一人であるスティーブ・ジョブズ氏はPCを「脳の自転車」と呼びました。しかし現代のAIは、スロットルを少し引くだけで時速300キロに達する「脳のバイク」のようなものです。速く、遠くへ行ける一方、制御する力がなければ暴走しかねません。そこで重要になるのが「葛藤の価値(Value the Struggle)」という文化です。筋肉を鍛えるためにジムへ通うのに、フォークリフトで重りを上げてしまっては意味がありません。脳が悩むプロセスこそが批判的思考力や問題解決力を育てます。AIに全ての摩擦を肩代わりさせず、あえて自分で考える「生産的な摩擦」を企業文化として残すことが求められます。
だからこそ、これからは哲学や教養を学ぶことが重要になります。Anthropic(アンソロピック)でAI「Claude(クロード)」の人格形成に携わる哲学者のアマンダ・アスケル氏は、古代ギリシャの哲学者であるアリストテレスに学び、「幸福の近道は徳と善である」と語っています。人間に残るのは、心の調子を育み、人間らしい判断を下し、真の創造力を発揮することです。台湾の元デジタル大臣であるオードリー・タン氏は、「AIの未来をユートピアと信じる人はアクセルを踏み、ディストピアと恐れる人はブレーキを踏む。人間の役割は、その間でバランスをとるハンドルを握ることだ」と述べ、市民としての筋肉を鍛える必要性を説いています。AIは意志を実行するための道具です。AIの力で人の意志を実現する未来を、ぜひ皆さまとご一緒につくっていきたいと思います。