ヤブシタホールディングス 森 忠裕社長 × タナベコンサルティング 細江 一樹AIの進化により、情報収集や資料作成、定型的な処理は急速に効率化している。一方で、選択肢や提案が増えるほど、最終判断が経営者や上位者に集中する「判断のオーバーフロー」も起きている。AIが出した答えを採用するのか、何を問い直すのか、そして結果に誰が責任を持つのか。これからの組織には、知識を蓄えるだけでなく、気付き、問い、判断し、責任を引き受ける人材が必要だ。1963年創業のヤブシタホールディングスは、代表取締役社長の森忠裕氏が経営を引き継いだ当時の1社から、現在は20社を擁するグループ企業へ成長した。その歩みを支えてきたのが、社員に未知の経験を与え、失敗も含めた実体験を通じて成長を促す人材育成である。タナベコンサルティングが2026年9月9日に開催した「経営者人材育成フォーラム2026」では、AI時代における人間の役割と、未来の経営者を育てる人材育成について、森氏とタナベコンサルティング執行役員で戦略総合研究所本部長の細江一樹が対談を行った。
※登壇者の所属・役職などは開催当時のものです。

森 忠裕 もり ただひろ 氏
ヤブシタホールディングス株式会社 代表取締役社長
1999年にヤブシタへ入社。2008年、経営危機にあった同社の代表取締役社長に就任し、再建を主導する。建設・製造を基盤に事業領域を広げ、現在は20社からなるグループを率いる。2025年11月には著書『あえて、非効率 利益が上がり、社員もやめない組織の秘密』(ダイヤモンド社)を刊行。
AIが速めるのは「処理」。人間に残るのは「問い」と「責任」
細江 AIの活用が進み、業務の処理速度やコミュニケーションのスピードは大きく変化しました。一方、情報や選択肢が増えることで、確認や承認が上司に集中し、「判断のオーバーフロー」が起きていると感じます。森社長は、AI時代に人間が担う役割をどう見ていますか。
森社長 技術革新によって、仕事のスピードは上がりました。ただ、対面で足を運ぶ機会が減るなど、人と人との関係の厚みが薄くなる面もあります。AIが担うのは、基本的には業務の処理です。知識や計算、画像認識など、人間がどれだけ頑張ってもAIにかなわない領域は、任せればいい。
しかし、AIの答えをそのまま採用するか、そもそも何を問題として設定するかは別です。間違った問いを立てれば、AIはその誤りを高速で進めてしまうこともある。最後に判断し、結果に責任を持つのは人間です。
細江 私自身も、確認や承認の依頼が増え、判断が上司に集まる実感があります。AIはもっともらしい答えを出しますが、誤りがないとは限りません。使う側に見極める力がなければ、誤ったまま進んでしまいます。
森社長 これまでの企業教育は、知識を教え込むことに偏りがちでした。もちろん、入社後の数年間は知識やルール、マナーを身に付けることが重要です。ただ、知識を増やすだけでは想定外の問題に向き合えません。人間に求められる価値は、処理だけではなく、「気付く」「問いに向き合う」「判断する」「責任を持つ」ことへ移っていくでしょう。
細江 「知識があること」と、「正しい判断ができること」は同じではありません。AIを使いこなす知識に加えて、何を問い、どう決め、どこまで責任を負うのか。その力を育てる教育が必要ですね。
未知の経験が「問いを立てる力」を鍛える
細江 ヤブシタグループでは、ロボット制作やラップ研修など、一般的な企業研修とは異なるプログラムにも取り組んでいます。どのような狙いがあるのでしょうか。
森社長 「使ったことのない頭を使う、初めてのことに触れる」。これが基本の考えです。慣れた仕事だけを続けていると、ストレスを感じる場面が少なくなり、学びも限られてきます。あえて未知の課題に向き合うことで、自分で考え、問いを立てる機会をつくっています。
ラップの研修も営業の仕事に通じるところがあります。お客さまとのやりとりは台本通りには進みません。相手の反応を受け取り、その場で考えて返す必要がある。正解のない状況で、自分の言葉を探して応答する練習になるのです。
細江 初めてのことに挑戦するのは戸惑いや抵抗もあります。だからこそ、何のために行うのかを伝えることが大切ですね。
森社長 その通りです。目的をきちんと説明せずに「やってみよう」とだけ言えば、社員には意図が伝わりません。プログラムの根底にある思いを共有して初めて、経験が学びにつながります。
「任せる教育」を実体験にするものづくり大会
細江 判断と責任を育てる取り組みとして、グループ横断の「ものづくり大会」も実施されています。
森社長 グループ各社から社員を集め、3~5名ほどのチームをつくります。チームで商品を考え、提案・プレゼンをし、選ばれた案は試作に進みます。予算を使って形にし、クラウドファンディングや自社のオンラインショップ、取引先のショールームなどを通じて販売する。企画から販売まで、最初から最後まで自分たちで担います。
売ることができれば、利益の半分をチームに還元します。小さな会社を自分たちで経営するような経験です。売り上げだけでなく、原価や経費も考えなければ利益は出ません。損益を自分たちのこととして捉え、判断と結果がつながる仕組みにしています。
細江 通常の業務では失敗が本人の評価や顧客への影響につながるため、挑戦させるのが難しいこともあります。大会では失敗を経験できるのでしょうか。
森社長 むしろ、「失敗できる環境をつくること」が大切です。提案した商品が売れないこともありますし、プレゼンで厳しい質問を受けることもあります。「自分たちが買わないものを、なぜ提案するのか」と問われる。現実の事業は甘くありませんが、日常業務とは異なる場であれば失敗から学ぶ機会をつくれます。
本業で失敗すれば、プライドや周囲の目が気になり、挑戦をためらうこともあるでしょう。だからこそ、安心して失敗できる場を用意する。上司が先回りして答えを教えるのではなく、必要な情報を自分で集め、誰に聞くかも含めてチームに任せています。もちろん、勤務時間内に取り組めるよう、業務の段取りや周囲への配慮も含めて計画します。
5年目までは基礎を、6年目からは判断と責任を
細江 若手社員に任せる範囲は、どのように広げているのでしょうか。
森社長 入社後5年ほどは、知識・ルール・マナーを徹底して身に付ける時期です。職種による違いはありますが、5年で仕事の7割ほどができるようになると考えています。そこから先も知識を積み上げるだけでは、仕事に慣れて成長が鈍くなる。6年目以降は、判断と責任を担う教育へ移っていくべきです。
そのためには、実際に権限を持たせ、判断させ、結果に責任を持たせることが必要です。責任を求めるなら、売り上げや利益、経費といった数字も理解しなければなりません。数字を知らずに、良い判断や責任ある行動はできないからです。
細江 責任だけを抽象的に求めるのではなく、判断できる範囲と事業の数字を一体で任せる。実務の経験を通じて、経営者に必要な視点を育てるということですね。
森社長 そうです。研修の中で実際に事業を動かす経験をつくる。会社としては、若手社員が挑戦できる場を用意し、本人の判断を尊重することが大切です。
一律のキャリアではなく、強みを生かすチームをつくる
細江 ものづくり大会は、社員の特性を知る機会にもなっているそうですね。
森社長 人にはそれぞれ得意なことがあります。営業が得意な人もいれば、技術やものづくりに力を発揮する人もいる。全員に同じキャリアを歩ませるのではなく、本人の特性に合った役割で力を発揮してもらうことが重要です。
大会では、普段の部署や会社の枠を超えてチームを組むため、仕事とは違う場面でその人の強みが表れます。私は本人にキャリアをどう考えているかを聞き、自分から話せる人にも、まだ言葉にできない人にも、私から見た強みや適性を伝えます。その意見を参考に、本人が自分の未来を考えていくのです。
得意な人ばかりを集めるのではなく、それぞれの強みが互いの不得意を補い合う。それが組織です。個人の特性を見つけ、チームの力に変えていきたいと考えています。
細江 社員の得意分野に応じた新しい事業への挑戦や、社内ベンチャーのような機会づくりもその考え方につながりますね。人材育成は短期で成果を求めるものではありません。
森社長 人が育つには時間がかかります。すぐに結果が出るものばかりではありませんが、社員への投資を続けることが会社の将来につながる。10年先を見据えて、人が挑戦し、成長できる機会をつくっていくことが大切です。
非効率な経験が、未来の経営者を育てる
細江 AIを使いこなして処理能力を高めることは、もはや当たり前になりつつあります。だからこそ、仕事が速くなった先で、人が決めなければならない判断と責任はAIが代わってくれません。今日のお話から、それを担える人を育てるには、従来の「教える」教育だけでなく、自ら考えて決め、失敗という経験を普段の仕事ではなく研修の中でさせ、その結果を本人が引き受ける「任せる教育」への転換が必要だと改めて感じました。
森社長 ヒト・モノ・カネのうち、人だけが投資効果を得にくい、一番難しい投資だと思います。設備やAIへの先行投資は差別化になりますが、やがてコモディティー化します。一方、人への投資は、会社を辞める可能性もあり不安定です。それでも、教育の重要性は知識から判断や責任へと変わっていきます。根気強く続けられる企業だけが未来を見ることができる。教育は3年や5年で形にはなりません。10年以上かけて初めて、一つ一つがはまってくる。その覚悟を持って、新しい時代の組織をつくっていってほしいと思います。
細江 経営者育成の研修だけでなく、挑戦機会、権限委譲、意思決定、損益責任までを含めた経営の仕組みを設計することが重要だと感じました。本日は、「AI時代にいかに経営者を育てるか」というテーマで森社長にお話を伺いました。ぜひ、自社の経営者教育に生かしていただければと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。

細江 一樹 ほそえ かずき
タナベコンサルティング 執行役員 戦略総合研究所 本部長 エグゼクティブパートナー
人材育成&アカデミーコンサルティング 事業所長
大学卒業後、商社の企画営業を経てタナベコンサルティングに入社。大阪本社と北海道支社にて地域の大手から中堅企業のコンサルティングに従事。「人事制度で人を育てる」をモットーに、制度構築を通じた人材育成や社員総活躍の場を広げるコンサルティングに定評がある。特に、学校・教育業界における経営改革やマネジメントシステム構築を強みとし、大学、専門学校、高等学校、こども園などの経営改革の実績を持つ。2024年4月より戦略総合研究所本部長。2025年4月に中堅企業経営研究所を発足し、中堅企業の持続的成長に専門特化したナレッジの研究開発や情報発信を推進している。