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コラム 2026.10.15

創業者の暗黙知を形式知化し、自律的な経営者を育てる

タナベコンサルティングは2026年9月9日、「経営者人材育成フォーラム2026」を開催。「どのような人材を経営者候補として見極め、どのように任せ、育てていくのか」をテーマに、サンマルクホールディングスの代表取締役社長である藤川祐樹氏より、創業者の暗黙知を次世代へ引き継ぐ方法、持ち株会社制における親会社と事業会社の連携、経営理念を時代に合わせて再解釈する考え方など、同社の取り組みを交えてご講演いただいた。

※登壇者の所属・役職などは開催当時のものです。


株式会社サンマルクホールディングス 代表取締役社長 藤川 祐樹 氏

株式会社サンマルクホールディングス 代表取締役社長 藤川 祐樹 氏
1988年宮城県生まれ。2011年に首都大学東京(現東京都立大学)都市教養学部を卒業後、三菱UFJモルガン・スタンレー証券に入社。札幌支店、本店、岡山支店で個人・法人営業を担当し、2019年にサンマルクホールディングス入社。IR担当部長、社長室長、経営企画室長などを経て、2022年1月より現職。






創業者の暗黙知を、いかに引き継ぐか

私は2022年1月に当社の代表取締役社長に就任し、5年目を迎えています。当社は1989年にベーカリーレストラン「サンマルク」として創業しました。単一業態での成長の限界やリスクを考え、1999年に「サンマルクカフェ」、2004年に「鎌倉パスタ」を開店し、複数業態を持つ会社へと変化しました。2006年に持ち株会社体制へ移行し、2022年以降はM&Aにも取り組んでいますが、各事業会社の経営者をどう育成し、会社全体が同じ方向に向かうにはどうすべきかが、当社の課題です。


日本の多くの企業はオーナー企業であり、当社も2018年まではオーナー企業でした。オーナー企業は強い経営形態である一方、オーナーの力が強いほど、その反動が出ることも事実です。創業者引退後に企業が弱くなる最大の理由は、「事業の権限者が不在になること」だと感じています。加えて、創業者が十数年かけて蓄積したノウハウは一朝一夕に引き継げるものではなく、計画的に引き継ぐ必要があります。


明文化されていないノウハウ、いわゆる「暗黙知」のうち、特に影響の大きなものとして、私は「経営理念の解釈」「判断の基準」「失敗の勘所」の3つを挙げています。


経営理念は、創業期から共に働くメンバーには言わずとも分かるものであっても、社歴が長くなり従業員が増えるほど創業時の濃度は薄まります。字面の理念ではなく、そこに至るまでのストーリーテリングが重要なのです。


判断の基準で特に重要なのは、「『しない』と判断するのはいつか」「撤退するのはどのような時か」というネガティブな判断です。人は撤退という意思決定を避けがちで、基準がなければ空気が場を支配し、泥沼化していきます。「どうなったら撤退するのか」「どのようなリスクがあるならやらないのか」を、常日頃から明文化しておく必要があります。


失敗の勘所は、私が最も重視しているものです。一大事業を起こすほどの成功は極めて稀で、成功談に再現性はありません。一方、失敗には「失敗学」が成り立つほど再現性があります。創業オーナーは社内の誰よりも失敗を経験している可能性が高く、それをノウハウ化しておけば、後継の経営者が同じ轍を踏まずに済みます。ただ、失敗の開示には恥ずかしいという心理が働くものです。だからこそ、創業者自らが率先して失敗事例を開示し、何が失敗のポイントだったのかを明文化する必要があると考えています。



「創成塾」で失敗の知見と共通言語を受け継ぐ

創業者である片山直之の経営ノウハウを継承する取り組みとして、当社には「創成塾」という研修があります。社内研修の最上位に位置付けられ、将来の幹部候補生を選抜して受講させるものです。300ページ近いテキストを使い、創業者が経営上、特に参考にした30冊強の書籍を課題図書としています。


創業者は、創業業態1本で企業が永続するほど世の中は甘くなく、外部環境の変化に合わせて社内で第2、第3の創業を行わなければ企業は衰退すると認識していました。テキストには、「第2、第3の創業に何が必要か」「何をすると失敗するのか」が言語化され、失敗事例も含まれています。「失敗をショートカットすることが成功の近道である」とも考えていたのでしょう。


創業者が好んで引用していた“大企業病”の例があります。「店舗に害虫が出た時、創業時であればすぐに叩きつぶして終わらせていたものが、大きな企業になると分析班ができ、委員会ができ、実行部隊をつくる。そのプロセスを経るうちに手に負えなくなる」という話です。見えている失敗を避け、成功までの時間軸を短くするためにも、失敗の事例を並べておくことが有効です。


創成塾のテキストには、グループ内に共通言語ができるという付随的な作用もあります。創業者が亡くなって8年ほどが経ち、創業者を知る従業員はすでに少数派です。M&Aで企業文化の異なる従業員も増えています。専門家の間で専門用語が理解を早めるように、会社独自の言葉があった方が意思疎通は早くなります。だからこそ、早いうちから経営に関する考え方を、きれいな言葉ではなく、創業者ならではの言葉で言語化しておくことが重要です。経営理念と、それを裏付けるストーリーテリング、そこで語られる共通言語が従業員に落とし込まれることで、暗黙知の形式知化が達成されます。


出所:サンマルクホールディングスご講演資料より抜粋

出所:サンマルクホールディングスご講演資料より抜粋



持ち株会社制と「プリンシパル・エージェント問題」

依頼した人(プリンシパル)と依頼された人(エージェント)の利害が一致しない場合、依頼された人が自分の利益を優先してしまう。これが、「プリンシパル・エージェント問題」です。持ち株会社制における親会社と子会社、親会社経営者と子会社経営者の関係も同様です。子会社とはいえ、社長ともなれば独自の経営路線を行きたくなる思いを持つことがあるのではないでしょうか。効率化を目指して持ち株会社制をとったにもかかわらず、逆に非効率が生まれかねません。


この問題は、どちらかといえば委任する側であるプリンシパルの問題でもあると考えています。特に、「言わなくとも分かるだろう」と曖昧あいまいな委任をすると発生しやすくなります。企業経営で最も重要なのは、目的が合致しているかどうかです。「富士山に登る」という目的が明確であれば、静岡側から登っても、山梨側から登っても目的は達成されます。しかし「高い山に登る」という目的を与えると、ある人は富士山に、ある人は高尾山に登るかもしれません。経営では往々にして、こうした曖昧な目的を与えてしまうことがあるのではないでしょうか。


私自身、最近反省する点があります。従業員に指示するような感覚で生成AIに指示を入力すると、うまく答えが返ってこないことがあるのです。それは生成AIが悪いのではなく、私のプロンプトが不十分だったからです。自分の伝え方がいかに曖昧で、いかに阿吽の呼吸で対応してもらってきたかに気付かされ、目的を明確化・具体化する必要性をあらためて感じています。


もう1つの要因が、情報の非対称性です。エージェントが今、どの山の、どの当たりを登っているのかが見えなければ適切な指示は出せません。そのために、KGI(重要目標達成指標)やKPI(重要業績評価指標)を設定するわけですが、GPSを持たせて常に干渉するようなやり方では、エージェントのモチベーションは下がります。目的を具体的に伝えられたなら、まずは粒度を粗めに、裁量を多めにとって任せてみる。その後の報告を踏まえて、必要に応じてKPIを細かく設定し、情報の非対称性を埋めておくことが重要です。双方が目的を空で言える状態をつくり、エージェント側が今どの段階にいるかを自主的に報告できる環境にすることで、健全な形でこの問題を解決できます。


出所:サンマルクホールディングスご講演資料より抜粋

出所:サンマルクホールディングスご講演資料より抜粋

理念を固定観念にせず、時代に合わせて再解釈する

次の経営者へのバトンタッチにおける最後の課題は、「次の経営者が企業をいかに成長させていくか」です。創業者や前任者の影響力が強いほど、後任者は前任者の築いた枠の中に収まりがちです。後継経営者には、守るべきものは守りつつ、変えるべきところは変えていく姿勢が求められます。


経営理念は組織を強くする一方で、固定観念となり、考え方の硬直化を招くリスクもあります。何を残し、何を変えてよいのかという判断軸も、次世代の経営者に引き継いでいくべきです。当社の創業者は、「『私たちはお客様にとって最高のひとときを創造します』という経営理念が実現できるのであれば、飲食業にこだわる必要はない」と常々言っていました。そうした発言を残しておいてくれたことで、例えば「宿泊業やウェディング業でもこの理念を実現できるのではないか」という頭の体操ができます。後輩たちに考えるきっかけを与えておくだけでも、理念は固定観念化せず、それぞれの時代の経営者が自分で考えて判断できるようになります。


私は、この理念を「お客さまの事前期待を少しでもいいから超えていく」と読み替えて従業員に伝えています。従業員向けの決算説明会では、「素晴らしい理念だけれども、実現するのは難しいのではないか」という意見をいただくことが増え、その時々の経営者が噛み砕いて伝える必要があると認識しています。


抽象的なままでは理解が進みませんから、具体例も併せて伝えています。例えば、サンマルクカフェで買ったばかりのドリンクをこぼしてしまったお客さまに、汚れた部分をきれいにするだけでなく、新しいドリンクを提供する。鎌倉パスタでは、お子さまがぐずって親御さんが一旦席を外されパスタが冷めてしまったことに気付いた従業員が、温かいものに替えて差し上げる。こうした店舗での対応やお客さまからお褒めいただいた行動は、本部で集計して共有しています。


お客さまに喜ばれる好事例は、得てして暗黙知化しやすいものです。できる店舗はそれを当たり前に行っているため、ノウハウだとは思っていません。できていない店舗がダメなのではなく、ノウハウが暗黙知にとどまっているからこそ、よい事例が伝わらないのです。経営としては、こうしたものを形式知化すべく引っ張り上げ、全国どの拠点でも活用できるようにしていく義務があります。


当社の直営店は全国に800店舗ほどありますので、好事例を全ての店舗で実現できれば、当社は経営理念を実現する会社になれるだろうと思っています。自戒を込めて、今まさに熱心に取り組んでいる項目です。



「守・破・離」で、自律的な経営者を育てる

経営者の育成は、結局のところ、日本で昔から言われる「守・破・離」の流れに従うことが重要です。まずは、創業者や先代がやっていたようにやってみる「守」の段階。ここでは特に、暗黙知を形式知化しておく必要があります。形式知化されたものをもとに学習し、経営者としての型を身に付けていくのです。当社においては、創成塾がまさにこの「守」に当たります。創業者は毎週水曜日の午前中に自ら講義を行うなど、かなりの力を割いて経営者の育成に努めてきました。それでも、「守」をやり切る前に「破」に進んでしまったり、「離」を目指してしまったりする行動が多いと言っていました。


「守」がしっかりとできれば、ようやく「破」としてほかのさまざまな経営スタイルを学んでいけるでしょう。世の中に多くある経営書を読み、実践の中で学ぶ。そうした中で、最終的には自分なりの方法を見い出し、「離」に至るのだろうと考えています。


私自身も経営者になって5年が経ちましたが、自己評価ではまだ「守」と「破」の間くらいではないかと感じています。引き続き経営に励み、さまざまな事例を学習しながら、「離」に至れるよう取り組んでまいります。


本日は、創業者の暗黙知をいかに引き継ぐか、プリンシパル・エージェント問題、そして経営理念の再解釈と自律的な経営者の育成という3つの話題について、私自身もまだ育成中の身でありながら、日々考えていることをお話ししました。お聞きいただいた皆さまにとって、何かしらの参考となれば幸いです。