タナベコンサルティングは2026年7月23日、「第6回ホールティングスグループ経営フォーラム」を開催。「ホールディング経営2.0 量的拡大から質的成長へ」をテーマに、由紀ホールディングス、サノヤスホールディングスの取り組みと、タナベコンサルティングによる講演をリアルタイムで配信した。
※登壇者の所属・役職などは開催当時のものです。

由紀ホールディングス株式会社 代表取締役社長 大坪 正人 氏
1975年神奈川県茅ヶ崎市生まれ。東京大学大学院工学系研究科修了後、株式会社インクス(現ソライズ)を経て、2006年に由紀精密へ入社。2013年に代表取締役社長就任、2017年に由紀ホールディングス株式会社を創業。航空宇宙・医療分野への展開を進め、ものづくり企業群の成長支援にも取り組んでいる。
町工場から先端産業へ。事業転換に取り組んだ理由
私は2006年に家業である株式会社由紀精密に入りました。もともと当社は、公衆電話向け部品を製造する家族経営の町工場でした。しかし、公衆電話市場は縮小しており、従来事業だけでは将来を描きにくい状況でした。
そうした中で、私はまず「当社の強みは何か」を見つめ直しました。お客さまからは「品質が良い」という評価をいただいていました。であれば、最も品質が求められる分野へ進出すべきだと考え、航空宇宙産業への参入を決断しました。
もちろん、実績のない状態から航空宇宙産業へ入ることは簡単ではありません。それでも、航空宇宙展への出展、小ロット多品種対応、品質規格の取得などを積み重ね、10年単位で事業転換を進めてきました。現在では、大手ジェットエンジンメーカーの認定工場として、旅客機部品の製造にも携わっています。
当社の特徴は、単に加工技術を提供するだけでなく、設計まで踏み込んで価値を出してきたことにあると思っています。
宇宙分野では、宇宙ベンチャーが立ち上がり始めた早い段階から仕事を受け、衛星部品の製作だけでなく、図面作成や設計支援まで担うようになりました。多摩美術大学の超小型衛星「ARTSAT」への参画や、JAXA関連プロジェクトへの関与を通じて、宇宙分野における技術と経験を着実に蓄積してきました。
また、宇宙ゴミ除去を掲げるアストロスケールとは、会社を設立される前からご一緒してきました。同社が最初に資本提携した相手が由紀精密だったことは、私たちにとっても象徴的な出来事でした。
医療分野では、脊椎用インプラントの開発に挑戦しました。5年かけて共同開発した製品は、日本製の脊椎インプラントとして市場で大きなシェアを持つまでに成長しています。さらに、高級機械式時計やアナログレコードプレーヤーといった領域にも技術を展開し、「精密加工×設計」で新しい市場を切り開いてきました。
私が強く意識しているのは、「産業がなくなれば技術もなくなる」ということです。
由紀精密は、公衆電話部品からスタートし、その後は光ファイバーコネクタへ、さらに航空宇宙へと精密加工と設計に軸足を置いてピボットしてきました。しかし、航空分野もコロナ禍で大きな打撃を受けました。飛行機が飛ばなくなり、メンテナンス部品の受注が2年間止まるという厳しい状況に直面したのです。
その時に会社を支えたのが、同時に取り組み始めていた宇宙分野でした。つまり、一つの市場に依存し続けるのではなく、次の技術、製品ライフサイクルの波に先回りして乗り続けることが、製造業やその技術が生き残るために不可欠だと私は考えています。
由紀ホールディングス設立の狙い
――中小製造業が挑戦できる仕組みをつくる
私は、こうした挑戦を普通の中小企業が単独で取り組むのは極めて大変だと実感してきました。だからこそ、精密加工や設計といったコア技術を軸にして次の先端産業へ挑戦するためには、必要な経営機能をグループで持つ仕組みが必要だと考えました。
そのために立ち上げたのが、由紀ホールディングスです。現在は、精密切削加工、超硬合金、超電導などに特色を持つ事業会社を束ね、ホールディングス側には人事、広報、デザイン、営業戦略、海外展開などの共通機能を持たせています。
出所:由紀ホールディングスご講演資料より抜粋
私が重視しているのは、ホールディングスを単なる管理会社にしないことです。中小企業単体では持ちにくい機能を共有する装置として位置付け、大企業に劣らない専門の支援を中小製造業でも実現したいと考えています。私はこれを「由紀メソッド」と呼んでいます。
由紀ホールディングスの運営思想として、LVMHを参考にしています。もちろん規模はまったく異なりますが、個性的なブランドを束ねながら、それぞれの価値を最大化するという考え方には大いに学ぶところがあります。
日本の中小製造業も、それぞれに強い個性と独自の技術を持っています。それを壊さず、むしろ価値として引き上げるためにホールディングスが下支えする。この考え方が、私たちのグループ経営の基本です。
実際、この考え方を紹介した記事がきっかけとなり、LVMHの元バイスプレジデントの方が当社の顧問に就任してくださいました。現在は、ブランド経営やグループ戦略から学びながら、自社の中小製造業経営に応用しています。
拡大一辺倒ではなく、再構築へ
当社は、由紀精密単体の売上高1億円規模からスタートし、ホールディングス化を経て最大12社、グループ売上50億円超へと拡大してきました。その後、グループ全体としては90億円規模まで成長しました。
ただ、単純にトップラインを追って会社を伸ばし続けることには限界があると考えるようになりました。M&Aでの規模拡大とともに、急成長する事業では運転資金需要も急増します。一般的に、グループ全体での資金調達では、1社でも苦しい会社があると与信に影響が出ます。IPOの場合でも、コングロマリットディスカウントなどの問題が立ちはだかります。
そうした中で、私が重視したのが、「ホールディングス2.0」の考え方です。私たちが目指す事業ポートフォリオを再考し、グループの再編を行いました。一番売上の大きかった急成長企業には設備投資の可能なより大きな規模のグループ入りを、私たちは各社が自社の強みを伸ばして継続的に成長し、社員に還元できる状態をつくることを優先する。必要に応じて譲渡やカーブアウトも選択肢に入れることで、働く社員や取引先、関わってくださるすべての関係者にとってその時に最もよい環境を選択したい。この際の葛藤と選択が、当社の今の成長ステージを支えています。
現在、特に力を入れているのが、超電導技術を核とした新会社「日本超電導応用開発(JSA)」です。
もともとはグループ内の開発テーマとして進めていましたが、開発費の規模が大きく、また市場の立ち上がりスピードも既存製造業とはまったく異なります。そのため、グループ内の利益を継続的に吸い込む形ではなく、外部資本を活用しながら必要なスピードで健全に成長させるべきだと判断し、カーブアウトの形を取りました。
当社が開発しているのは、「世界で最も細く、しなやかに曲げられる超電導線」といえる技術です。これにより、MRI、核融合、ドローン、電動航空機、量子コンピュータなど、幅広い分野への応用可能性が開けます。元日立の超電導部門トップやエネルギーベンチャーで事業マネジメントを経験した人材も参画しており、技術だけでなく人材面でも強い布陣が整ってきました。
電気抵抗がゼロになる超電導の実装を容易にする微細化技術で世界を変える日本超電導応用開発(JSA)。2025年11月には、プレシリーズAラウンドにおいて総額5億円の資金を調達(上)/2026年6月には、神奈川県「2050年脱炭素社会の実現」に資する研究開発プロジェクトに採択された(下)
出所:由紀ホールディングスご講演資料より抜粋
夢と資金繰りの間で、次の一手を打ち続ける
私は、自分たちの取り組みを「完成された成功例」だとは思っていません。むしろ、資金繰りの苦労は常にあり、考えない日は一度もないと言っていいくらいです。
それでも、新しいことに挑戦し、描いたビジョンを一つずつ形にしていくことでしか、技術が続く道はありません。そのために、必要であれば手放し、また外部の支援も受けながら、次の一手を打ち続ける。これこそが、私たちの本質だと思っています。
本講演では、町工場の技術を起点に、航空宇宙、医療、時計・オーディオ、そして超電導へと事業領域を広げてきた私たちの歩みをお話ししました。同時に、ホールディングスとは単なる承継の器ではなく、中小製造業が挑戦し続けるためのプラットフォームであることもお伝えしました。
私たちは、グループが急拡大する中で、「自社の強みや目指す姿は何なのか」を問い直すことが必要となりました。由紀ホールディングスの取り組みが、「ホールディングス2.0」というテーマを具体的に考える上で、少しでも参考になれば幸いです。