FCC(ファーストコールカンパニー:100年先も顧客から真っ先に声をかけられる会社)実現を支援する、経営者のための戦略プラットフォーム「トップマネジメントカンファレンス」(タナベコンサルティング主催、全6回)。第5回(2025年12月開催、テーマ「ポートフォリオ・M&A」)では、企業価値を上げ続けるポートフォリオマネジメントとM&Aについて、元オムロン取締役執行役員専務CFOの日戸興史氏に講演いただいた。

元オムロン取締役執行役員専務CFO
日本CFO協会理事
日戸 興史 氏
企業価値の向上をROIC経営で推進
私は、1983年に立石電機(現オムロン)に入社、2014年よりグローバル戦略本部長、これに加え2017年からはCFO(最高財務責任者)・取締役執行役員専務にも就任しました(2023年退任)。
2020年には、経済産業省による事業再編ガイドライン策定のための事業再編研究会委員も務め、現在は、CFO協会理事と3社の社外取締役に就いています。
私が評価されるようになったのは、オムロンにおいて各事業の収益性をROICマネジメントで向上させ、事業ポートフォリオの新陳代謝を高めつつ、企業価値の向上に努めたためと考えています。
ROIC(Return On Invested Capital:投下資本利益率)とは、事業に投下した費用に対して、どれだけ効率的に利益を生み出したかを示す指標です。ROIC経営の推進によって、オムロンは2022年の時価総額が2011年の3.5〜4倍に達しました。また、ポートフォリオの進化やROICの向上によって、営業利益額は8.3%、営業利益率は5.2%上昇し、2021・2022年度は連続して過去最高益を達成しました。
今回は、企業価値を向上させる具体的な取り組みとその背景、ポリシーについて詳しくお話しします。
企業価値の向上には社員の「腹落ち」が不可欠
ROICマネジメントについて、私に多くの問い合わせがあった背景には、2023年の東京証券取引所による要請があります。この要請は「経営者には資本コストや株価に対する意識改革が必要」という内容でした。
当時、プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場企業は、ROE(自己資本利益率)が8%未満、PBR(株価純資産倍率)が1倍割れとなり、投資家からプレッシャーを受けていました。
この要請によって、多くの上場企業がROICマネジメントに取り組み始めました。
しかし、外的プレッシャーを理由にROIC経営に取り組んでいる会社の中には、苦労している会社が多いと実感しています。ROIC経営を始めるには、まず、世の中における会社の存在意義や役割を理解する必要があります。
会社は投資家・顧客・社会・社員などのステークホルダーに囲まれています。会社は顧客に商品やサービスを提供する一方で、得た利益を社員に給料として還元し、社会に税金を納め、投資家に配当を返しています。
会社の営業活動は、各ステークホルダーとWin-Win-Winの関係を構築し、より良い社会をつくるための原動力です。会社が収益を上げ、これを原資に新しい事業に投資し、さらに利益を上げるサイクルは、持続的に企業価値を最大化していく「拡大再生産のスパイラルアップ」につながります。
とはいえ、経営トップが社会的意義を掲げても、目的や達成内容、成功基準が不明瞭では、社員が取り組みの真意を理解できず、推進力が低下します。
ROIC経営の目的は企業価値を向上させ続けることであり、成果は継続的な取り組みのプロセス、成功基準はROICと時価総額の向上です。これらを社員に浸透させることが、ROIC経営の成功のために大切です。
そのため、社員とは次の認識を共有し、「腹落ち」に努めました。
まず、収益性の低い事業では、より良い社会づくりには貢献できないこと。より良い社会づくりに貢献し、ステークホルダーに認められれば、対価としての収益は必ずついてきます。そして、世の中に必要とされていれば、現状のままでは収益が伴わなくとも、方法を変えれば、必ず収益を確保できます。
反対に、世の中に必要でも自社で十分な投資や運営ができない場合には、ベストオーナー(他社)に委ねることも、より良い社会づくりの実践だと伝えました。低採算の事業で働いている社員は、達成感や成長機会を与えられず、不幸であると私は認識しています。
ROIC経営を進める上で重要な考え方
実際にROIC経営を始めるに当たっては、重要な3つの考え方があります。
1つ目は、指標に支配されないことです。ROIC自体は、過去の収益性の状態を表す結果の指標にすぎません。ROICを指標としてモニタリングし、事業の責任を追及しても、変えられない過去について議論するだけに終わります。加えて、数値の精度を求め、各事業に対して必要以上に費用やコストを配賦することにも要注意です。本当の収益が分からなくなり、意思決定を間違うリスクがあります。
次の図表は、ROIC経営での事業成長の取り組みをまとめたものです。

出所:日戸興史氏講演資料
縦軸に成長率、横軸に収益性を取り、右側が資本コストを超えた事業、上部は成長率が5%を超えた事業です。各事業の現状や特性に応じて、現在の領域から右側や右上部の領域にシフトすることを考え、PDCAを繰り返し、それぞれの高収益化を目指しました。
ROIC経営とは、経営と事業で共通理解や認識を持ち、ROICによって事業の収益性や収益構造を評価し、ROIC構造を起点に未来の事業や会社を最適な収益構造に変えることです。私は、ROIC経営は未来をつくるものであり、非難するものではないと考えています。
2つ目は、改革を部門別に進める「部分最適」をしないことです。仕事は複数の部門が連携し合い、成り立っています。そのため、それぞれの能力やパフォーマンス、方法がばらばらでは、必ずボトルネックが発生します。会社の企業価値を向上するには、部分最適から全体最適にシフトすることが重要です。
全体最適のマネジメントでは、全社員あるいは各事業で「全体のありたい姿/目標」を明確にした上で、社員と「これは、われわれがやりたいことだ」と合意します。
例えば、スポーツで監督が金メダルを目指しても、選手が無理だと考えれば、実現しません。企業では、トップ選手だけを集めることはできませんが、社員一人一人が合意し、努力すれば、目標を達成できると私は考えています。
また、課題の定義も重要です。課題とは、ありたい姿と現状のギャップです。ありたい姿が明確でなければ、課題も明らかにはなりません。オリンピックに出るための課題と、金メダルをとるための課題ではギャップの差が異なります。ギャップを明らかにして、そのコアな問題を克服するために課題に取り組むことが非常に大事です。
3つ目は、長年未解決のコンフリクト(対立)を解決することです。例えば、価格決定では、安価にすれば利益が上がらず欠品の恐れがあり、高ければ注文を逃して在庫が増加します。このようなコンフリクトの解決には、全体的な動きを決め、それに沿って社員全員で対処していくマネジメントが、会社の業績向上のためにも重要です。
企業理念を中心に据え、ROIC経営に取り組む
オムロンの企業理念は「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」です。これは創業者の立石一真氏が1959年に定めたものです。売り上げを増大する原動力は創業者が示した企業理念であり、これに全社員で取り組んできました。
これまでオムロンは「Sensing & Control+Think」というコア技術をベースに、制御機器事業・ヘルスケア事業・社会システム事業などの5つの事業を通じて社会課題を解決し、世の中に貢献しながら成長してきました。
近年では、目指すべき経営を「全体最適を志向する中で、全体と個の調和が実現し、各組織のコミットメントに基づく自立的経営がなされる会社への変革」と定めました。会社の求心力はオムロン普遍の心臓部分である企業理念です。
現在では、企業理念を中心にROIC経営によって事業価値を最大化して利益を上げ、投資し、ソーシャルニーズを創造し、事業を拡大するサイクルを実践しています。
事業改善の進め方として、オムロンでは2つのフレームワークを採用しています。1つはROIC逆ツリー展開、もう1つはポートフォリオマネジメントです。
1つ目のROIC逆ツリー展開の「逆」とは、事業や現場が主体となり、自らの状態やポジションに応じて、自ら必要なKPI(重要業績評価指標)を考えることです。

出所:日戸興史氏講演資料
そのKPIが、どの改善ドライバー(売り上げ総利益率や運転資金回転率など)につながるかを考え、改善数値を自ら設定し、宣言します。
経営陣は、この数値がROIC改善にどのようにつながるかを考えます。業績を上げるためのロジックを考え、結果に結びつけることが重要です。つまり、逆ツリー展開とは、各事業戦略や現場活動のボトムアップとROIC向上のトップダウンをリンクさせた取り組みです。
PDCAを繰り返した結果、2016年度と比べて、2018年度には多くのセグメントでポジショニングが上昇しました。加えて、全事業で進めた、稼ぐ力を示すGP率(売り上げ利益率・総利益率・限界利益率)も着実に向上しています。
2つ目のポートフォリオマネジメントは、収益や成長、経済指標だけではなく、市場の中のポジションや強さ、市場の将来性も考慮して進めました。
買収は会社を強化し、ありたい姿となるために行いました。事業に不足する能力を身に付けるには時間がかかります。そこで、その能力を獲得するために他社を買収しました。また、JMDCとの資本業務提携(2022年)は、ヘルスケア事業のデータマネジメント技術を強化するために実施したものです。
一方で、継続が難しい事業は譲渡しました。加えて、売り上げが好調でも、車載事業のように、技術進化や業界再編成が進む事業は売却しています。厳しい環境下で競争を優位に進めるには次元の異なる規模の投資が必要ですが、その実行は難しいと判断したためです。
買収と売却の結果、競争力の高い事業に絞り込むことができ、高収益なポートフォリオを実現しました。2011年度の営業利益率10%以上の事業は制御機器事業のみで、比率は44%でした。その後、制御機器事業とヘルスケア事業に注力したことにより、2020年度には制御機器事業とヘルスケア事業で72%を占めるようになりました。
社会課題を解決し、ポートフォリオを変え続ける
オムロンでは、長期ビジョンと中期ビジョンをつくるビジョン経営によって先を見据えることもしています。また、目指す姿や社会の課題によって戦略を組み替え、ポートフォリオを変えるべきだと考えています。
さらに、オムロンでは、社会的課題を成長の機会と捉えています。2030年に向けての長期ビジョンでは、「カーボンニュートラルの実現」「デジタル社会の実現」「健康寿命の延伸」の3つを社会課題に設定しました。
長期ビジョンを達成するため、また、人が幸せになり能力を発揮できるよう、代替・協働・融和の「人が活きるオートメーション」によって、社会課題を解決していきます。
それには、社員が自身の事業を重要だと信じ、世の中に意義があると思うことが大切です。社員自身がそれを口にできることが頑張る原動力となり、チーム力も高まります。オムロンで目指したのは、こうした姿です。