•  
イベント開催リポートのメインビジュアル
コラム
イベント開催リポート
ウェビナーやフォーラムなどの開催リポートです。
コラム 2025.12.11

経営者のための特別トークセッション「差別化戦略が導く成長の道」

デジタル技術の進化やグローバル化の進展とともに、既存とは異なる価値観が生まれ、先行きが見通しにくい新たな時代の潮流が到来している。ビジネスを持続的な成長へと導く鍵の一つは、「独自性を追求し、いかに差別化を図るか」。新たな可能性を開く挑戦を恐れない姿勢が求められているのだ。そのヒントを得る機会として今回、2025年10月29日に経営者のための特別トークセッション 「差別化戦略が導く成長の道」(東京商工リサーチ共催)を札幌グランドホテルで開催した。

ゲスト講師に、演劇や映画、テレビ番組など多岐にわたる活動に挑戦し続けることで、他にはない独自の表現スタイルを確立してきたクリエイティブオフィスキューの鈴井貴之氏を迎え、タナベコンサルティングの執行役員北海道支社長・阿部和也と対談した。


左より、クリエイティブオフィスキュー 鈴井 貴之氏、タナベコンサルティング 執行役員 北海道支社長 阿部 和也

左より、クリエイティブオフィスキュー 鈴井 貴之 氏
タナベコンサルティング 執行役員 北海道支社長 阿部 和也

鈴井 貴之 氏
1962年北海道生まれ。大学在学中に演劇の世界に入り、1990年に劇団「OOPARTS」を結成。タレント・構成作家として、「ミスター」の愛称で人気を博したテレビ番組『水曜どうでしょう』など、さまざまなエンターテインメントの企画・出演に携わる。2001年から映画監督として4作品を製作し、『不便な便利屋』で初の連続ドラマ脚本・監督を務め、作家としても活躍を続けている。

タナベコンサルティング 執行役員 北海道支社長 阿部 和也
金融機関の融資審査・経営改善支援担当を経て、タナベコンサルティング入社。「企業は人なり」を信条に、現場力を高める取り組みと収益構造を重視したコンサルティングを展開。特に、成長戦略の構築から展開までの実践的なサポートが強み。企業体質を革新する独自のノウハウを生かし、幅広く活躍している。


普通とは違うポジションとスタンスの劇団を主宰

阿部:鈴井さんはテレビ番組『水曜どうでしょう 』の企画・出演をはじめ、舞台公演・映画監督など、既存表現の枠にとらわれない作品づくりで多方面に活躍されています。主宰される劇団「OOPARTS」の名称は、とてもユニークですね。

鈴井:考古学の世界の造語「OOPARTS」(out-of-place artifacts)※1の「artifacts」を「artists」に変えて命名しました。時代や場所にとらわれない、普通とは少し違うポジションとスタンスのアーティスト集団として作品を作るという意味を込めています。

阿部:テーマの「差別化」にふさわしい名前です。鈴井さんの際立つ発想やキャリアの原点に、何かきっかけや目標はあったのでしょうか。

鈴井:小学生から遊びで8ミリ映像を撮り始め、楽しくて、映画やドラマなど製作側の人間になりたいと思っていました。そして、小学校6年生の国語の授業で、僕の人生を変えた出来事が起きました。朗読後にみんなが主人公の気持ちを語る時間があり、同じことを言ってもと思い、「主人公の友人から見ればこうなる」というアプローチで発言したら先生に褒められました。「鈴井のように、違う角度から見ること、考えることも、物事を捉える意味では大切だぞ」と。調子に乗ってそれ以来、「でも、こういうのもある」と、主道ではなく脇道ばかり考える天邪鬼になりました(笑)。

その後、両親の教育方針で地元の高校に入学しました。「本当は自分の可能性を求めて札幌へ行きたかった」という願いとは違う環境に追い込まれました。大学も、映像作品を作るなら東京へと目指した大学に二浪しても進学できず、「道は閉ざされたかも」と。何の目標もない大学生活が札幌で始まりましたが、友人に誘われた劇団の初舞台で、真剣な眼差しで見てくれる観客のみなさんの姿に心を動かされ、20歳で「OOPARTS」の前身となる劇団を立ち上げました。

結局、僕はいつも挫折しているのです。やりたいことをやって成功する、順風満帆のトントン拍子ではなく、つまずいてばかり。だけど、その時に何かきっかけが生まれたり、考え方を変えたりして、新しい道が開かれて今日まで続いてきました。

※1 地層年代に合わない発掘品など、歴史的に符合しない物(出土・加工品など)の総称

自身のキャリアの原点について語る鈴井氏

自身のキャリアの原点について語る鈴井氏


「主道」「セオリー」にとらわれず、どんどん変えていく

阿部:OOPARTSの舞台には、鈴井さん特有の「違いの視点」が生かされています。

鈴井:札幌にある他劇団のリーダーは、上京して劇団に入り志半ばで戻ってきたUターン組の先輩ばかり。OOPARTSが、映画のエンドロール的に映像を取り入れた時は「邪道」と言われました。当時は全国でも映像を使う舞台はなく、「演劇とは生身の人間が舞台で表現し、お客さまに伝えるもの。映像を使うのは演劇ではない」と。それが「主道」だったかもしれませんが、今、映像を使わない芝居なんてありません。

阿部:「こうあるべきもの」という先入観ではなく、喜んでくれる人に向けて、演劇であれば観客の方々へ、新しいことに挑戦する大切さをあらためて感じます。

鈴井:僕は、セオリー的なことが大嫌いです。「とらわれているからダメなんだ」といつも思っていました。真剣に演劇づくりを考え、いまあるルールを疑問に思うなら、変えられるものはどんどん変えていけばいいと考えています。

1999年に初監督映画『マンホール』を製作した時も、初日から痛感しました。後ろ姿や遠景カットをあえて多くして、心情を観客のみなさんが考えるようにしたい。「こういう表情をしています」という答え合わせのカットは撮らないとスタッフに伝えました。すると、東京から来た年上のカメラマンが「いや、映画のセオリーでは絶対に切り返す。顔が見えるカットも撮った方がいい」と意見がありました。「セオリーも知らないのか」という意味ですが、覚悟を決めて「切り返しはいらない」と自分の意見を押し通しました。終盤にはカメラマンも、「面白いことを考えるな、お前」と評価をいただきました(笑)。

僕は、「何それ?」「わけが分からない」と言われた時に一番心が燃えます。セオリーではない、新しいものとしての可能性がある証しですから。反対に、「なるほど!」「それは良いですね」と即答された時の方が、実は危うい。何かイメージできるものを持っていて、大したものじゃないと捉えるようにしています。

阿部:セオリーとは、ありふれているということ。相手が不思議そうな表情をした時こそ、突破口になるのですね。


ゴーイングコンサーンへアライアンスを活用し「やらない一線」も引く

阿部:社名のキュー(CUE)は、「きっかけ」という意味があるそうですね。

鈴井:「多くの人たちとさまざまな作品を作るきっかけづくりを大切に」という現社長である伊藤亜由美の提案です。

芝居表現をしたい若い子が「役者になる」と言っても、アルバイトで生計を立て、30歳代を目前に「堅気になる」とこの世界を去り、夢を諦めるのが現実でした。そんな状況を打破しようと劇団を運営し、劇団員が食べていける組織を設立しました。

阿部:タナベコンサルティンググループ(以降、TCG)は、「企業経営の本質はゴーンイングコンサーン(継続企業の前提)」とお伝えしています。役者の方々が、安心して頑張れる環境、長く活躍できる場をいかにつくれるかも、とても大事なポイントです。

若手役者の育成では、俳優の大泉洋さんをはじめ、「TEAM NACS」※2の個性豊かなメンバーをリードし、成長させていく難しさもあったと思います。

鈴井:芸能活動を北海道で成し得ていくには、さまざまな仕事で地元テレビ局と協力し合います。ただ、「TEAM NACS」は俳優がやりたいのですよ。もう一歩先へ踏み出そうとする時、北海道は映画やドラマのマーケットがとても小さく、一方で東京は大きくても競争が激しく、考え抜いた打開策が業務提携です。名だたるアーティストが所属する大手芸能事務所・アミューズさんの協力を得て、東京進出を果たしました。

ただ、「TEAM NACS」も東京では、役者の仕事と作品PRのゲスト出演以外は受けません。大人気バラエティ番組も、レギュラー出演のオファーは全て断りました。一方で、『ハナタレナックス』など北海道ローカルのレギュラー番組はやり続けています。

何でもかんでも東京ではなく、本来は「クリエイティブ」の社名に込めた通りに、北海道発信で芸能文化をつくり上げたい。北海道の役者・芸能事務所として、そこは一線を引いて守ってきました。

阿部:ビジネスの世界においても、自社単独で時間がかかることを、他社とのアライアンスで前進スピードを上げる発想が大事です。また、目先の利益だけを追わず、ゴーイングコンサーンを考え、あえてやらないことも決める。それを着実に実行してきたのですね。

※2 北海学園大学演劇研究会出身の森崎博之・安田顕・戸次重幸・大泉洋・音尾琢真氏の5人で結成した演劇ユニット


世の中にない番組を生み出し、ニーズに「永遠のマンネリ化」で応える

阿部:『水曜どうでしょう』の誕生と、差別化のポイントも教えていただけますか。

鈴井:『水曜どうでしょう』は、今でこそ認知を得ていますが、テレビ局に「半年で終わり」と言われて始まった番組です。1996年の開始当初はまったく視聴率が取れず、グッズプレゼント企画に応募葉書が14通しか来ませんでした。ただ、北海道外の地方テレビ局が「他にない番組」と放送してくれて、全国で「何、この番組?」と癖になる現象が起きたのでしょう。SNSのない時代に、SNS的に広がっていきました。

世の中にないような番組を作っていく。それが『水曜どうでしょう』の考え方です。「地方の番組は地方に根ざす」という暗黙の了解がありましたが、北海道の番組だからこそ道内で撮りたくないと考えていました。サイコロを振って、出た目が示す地域に深夜バスなどで移動する「サイコロの旅」企画は、「帰りたいけど、帰れない」ことで既存の番組と差別化しました。

1回分の制作費は少額であっても、10回分を合算すれば、「それだけの予算があれば海外ロケも可能だから、一度に10週分を撮影すれば良い」と考えていました。

阿部:「単価×数」という発想もあるわけですね。「これしかない」じゃなく、「どうすればできるか」。それはビジネスの世界にも通ずる考え方です。

鈴井:僕は天邪鬼なので、普通とは違う角度の視点からアプローチするのが基本のやり方です。ただ、そればかりのワンサイドでもダメだと思います。『水曜どうでしょう』も長く続いてきて、今は「永遠のマンネリ化でいい」と思っています。

視聴者が求めるニーズがあって、それは本質的なことを同じように、永遠に繰り返してもらうこと。それで、安心もするのですよ。「見たことないが企画を始めます」と、新しいチャレンジをする必要性がありません。

阿部:「誰が評価するか」をしっかりと見極めることで、飽きられるマンネリではなく、安定的に持続していくためのマンネリに変えていったということですね。

ワンサイドにならないという意味では、独自性豊かな企画ならではの「リスクとのバランス」は、どのように考えていますか。

鈴井:98%うまくいかないと思っています。「そんなの無理だよ」と言われることばかり提案してきましたから。でも、そこからどう打開策を見いだしていくか。実際に、新しい光が差した経験がたくさんあります。また、常に過信しないことですね。「果たしてこれで良いのか」と自問自答しています。

タナベコンサルティング 執行役員 北海道支社長 阿部 和也

タナベコンサルティング 執行役員 北海道支社長 阿部 和也


「できない理由」ではなく、「どうすれば実行できるか」を考える

阿部:差別化に成功しても、そこから維持し続けていく難しさもあります。

鈴井:「満足したら終わり」と思っています。映画『仁義なき戦い』で有名な深作欣監督と対談した時に、教わったことです。「何作撮っても、一度も満足したことがない。永遠に得られないと覚悟しなさい」と。

まだこの先やれることが残っていて、それを自らに課し、クリアしたらまた次の課題が生まれ、新しい発想でチャレンジしていく。その繰り返しが、一流であり続けるということです。

阿部:さらなるチャレンジを続けていかれるのですね。

鈴井:今、生まれ故郷である北海道赤平で暮らしています。天邪鬼ですから、「TEAM NACS」が東京に行くなら、僕は中央とは違うスタンスで田舎から発信しようと。「何ができる?」と言われましたが、『不便な便利屋』という全国ネットの連続ドラマを全て赤平ロケで作りました。街の活性化に向けて他にも企画も進めています。

ここで重要になるのが、やはり差別化、逆転の発想です。赤平で成功したら、北海道179市町村のモデルケースになり、全国の地方活性化にもつながっていく。田舎暮らしでチャンスに恵まれない子どもたちが、才能を発揮する可能性を高め、自分の街に誇りを持ち、楽しく幸せになれる。そんな北海道をつくり上げたいという強い思いがあります。

阿部:意義も共感も大きい取り組みです。「人がいない、お金がないからできない」「マーケットが東京みたいに大きくないから売れない」など、ビジネスシーンでも「できない理由」を耳にしますが、アイデアや能力を駆使し、「どうすれば実行できるか」を考え続けることが大事です。

鈴井:本当にそう思います。以前にクリエイティブオフィスキューのメンバー全員が出演する番組を作った時も、ギャラを払うと持ち出しの赤字案件でした。テレビ出演は認知を得るチャンスですが、赤字だと続けられない。それなら、と自分たちで主題歌を作り、歌い、CDを売って稼ごうと考えました。

2002年から北海道で「CUE DREAM JAM-BOREE(キュードリームジャンボリー)」 というイベントを開催し、全国から3万人が集まります。クリエイティブオフィスキューのメンバーが勢ぞろいして歌を披露するライブは、赤字を理由に諦めず、曲をたくさんストックしてきたことで展開が広がりました。

阿部:最後に、経営者のみなさんにエールをいただけますか。

鈴井:僕と現社長は性格も考え方も全然違います。まさに水と油ですが、両輪になって進むことでいろんな困難も乗り超えられると、激論を交わしながらチャレンジを続けてきました。

みなさんも、イエスマンばかり集めるよりも、ノーを突きつけてくる人材としっかり話をすることが、実は大切なのではと思います。

阿部:本日は貴重なお話をありがとうございました。