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コラム 2022.06.01

VUCA時代を背景に「経営意思決定」支援ビジネスが拡大

    損害保険各社が2022年10月1日以降、火災保険の「10年契約」を廃止する。損害保険料率算出機構が火災保険料の目安となる参考純率の最長適用期間を「5年」に短縮したためだ。ゲリラ豪雨や巨大台風など自然災害リスクの増加により、火災保険の将来の収支予測が難しくなったことが背景にある。「100年」「1000年」に一度といわれる大災害がほぼ毎年発生し、「10年先のリスクまで補償できない」というわけだ。   もっとも、将来の収支予測は10年先どころか5年先すら難しい。一般企業においても、着地のブレ幅が大きい長期経営計画を策定する企業が減少し、3年程度の中期経営計画を策定する企業が増加している。産業経理協会が10年ごとに行っている調査(「わが国企業予算制度の実態調査」)によると、バブル崩壊直後の1992年には長期経営計画(計画期間5年以上)を策定する企業が半数近く(49.7%)を占めていたが、2002年になると2割以下(19.7%)に激減した。一方、中期経営計画(計画期間1年超5年未満)を策定する企業の割合は1992年の約7割(70.8%)から、2012年には8割以上(87.2%)に増加した(【図表1】)。今年(2022年)に実施予定の第4回調査では9割を超える可能性が高い。     【図表1】長期経営計画と中期経営計画の策定状況(策定している企業の割合) 出所:産業経理協会「わが国企業予算制度の実態調査」よりタナベ経営作成     ここ数年来、「VUCA(ブーカ)の時代」といわれて久しい。洪水や土砂災害だけではなく、東日本大震災や熊本地震などマグニチュード7超の大地震、トンガ沖で発生した海底火山噴火による津波被害など、この10年間だけで想定外の災害が多発した。リスクは自然災害だけではない。リーマン・ショックを端緒とした世界金融危機、新型コロナウイルス感染症の世界的流行、さらにロシアのウクライナ侵攻に伴う大規模な経済制裁など、全く予測不能な変化の波が押し寄せている。     思いも寄らない環境の変化が強く(影響力)、速く(波及スピード)、絶え間なく(短間隔)やってくるとなれば、むしろ周到な長期計画を練り上げるよりも、変化に対して臨機応変に中期経営計画を見直すことが重要となる。「中小企業白書(2021年版)」によると、新型コロナウイルス感染流行後に経営計画を見直し、いち早く実行に移した企業は、コロナ禍による減収から業績を大きく回復させていた。(【図表2】)     【図表2】コロナ禍における経営計画の対応別に見た売り上げ回復企業の割合 出所:中小企業庁「中小企業白書(2021年版)」よりタナベ経営作成     経営計画を見直す際は、経営陣の意思決定の精度と速度が求められる。そのため経営判断に資するソフトウエアやサービスの力を活用し、組織内の戦術的・戦略的意思決定をサポートするビジネスが注目を浴びている。     調査会社のマーケッツアンドマーケッツ社の予測によると、経営意思決定支援ビジネスの世界市場はCAGR(年平均成長率)13.5%と2桁台の成長を続け、その市場規模は2021年の48億米ドル(約6000億円、1ドル=125円換算)から2026年には約1.8倍の90億米ドル(約1兆1250億円、同)に達すると見込まれている。(【図表3】)     【図表3】経営意思決定支援ビジネスの世界市場規模の推移 出所:マーケッツアンドマーケッツ「経営意思決定の世界市場(~2026年)」よりタナベ経営作成     現在はコロナ禍を機にデジタル技術の進歩とリモートワークの普及が進み、経営者だけでなく、業務レベルでの意思決定の迅速化と質的向上に対するニーズも強まっている。そこで鍵を握るのが「デジタルデータ」の活用である。総務省の「情報通信白書(2020年版)」によると、デジタルデータの活用による具体的な変化・影響として、「業務効率の向上」(54.8%)に次いで「意思決定の向上」(45.4%)の割合が高い。また業種・業界や企業規模とは関係なく、同様の傾向が見られる。     ※Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字。不確実性が高く、将来予測が困難な状況を示す造語       では、どのようなデータが企業で実際に活用されているのだろうか。日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の「企業IT動向調査報告書 2021」によると、活用済みの割合が最も高いデータは「基幹系(取引データ)」(68.8%)で、次いで「管理業務系(経理・財務データ)」(55.0%)と「業務支援・情報系(顧客データ)」(50.1%)が続く。この3つのデータについては、「今後活用予定」を含めると8割以上の企業が活用に取り組んでいる。     このうち、経営計画の修正・変更において重要なのが経理・財務データの活用だ。企業の真の経営実態は「数字」で把握が可能である。実態を把握して、直ちに計画や行動を修正する、または環境変化に対して方向転換を決断するためには、会社の実態が数字でつかめる財務基盤を構築する必要がある。(【図表4】)     【図表4】財務基盤と経営戦略 出所:中小企業庁「中小企業白書(2021年版)」よりタナベ経営作成     経営トップやマネジャー・管理職者が経営の実態を数字でつかむためには、「管理会計」と「経営ダッシュボード」の導入・運用による業績先行管理の仕組みの構築が欠かせない。管理会計とは、経営計画や進捗管理、予算策定など主に経営管理を目的に集計される会計である(株主や投資家に開示する「財務会計」とは異なる)。また、経営ダッシュボードとは、売り上げや営業活動の動向、コスト、人事関連に至るまでさまざまなデータから重要なものを取捨選択し、クルマの運転席のダッシュボード(計器盤)のように、システム上で一覧表示する画面のことである。個々のデータを見るため、社内システムのあちこちに参照しに行く手間が省略できる上、数字の羅列であるデータをグラフ化して比較することにより、“情報”としてすぐに活用できるメリットがある。     中小企業庁の「中小企業再生支援協議会の活動状況」によると、再生計画策定支援が終了した企業のうち、支援の過程で管理会計手法(予実管理・原価管理・資金繰り管理など)を導入した企業が半数以上に上っている(【図表5】)。つまり経営不振に陥った企業の多くは管理会計制度を取り入れておらず、また管理会計の導入が経営再建に向けた重要な手段となっている。     【図表5】再生計画策定支援完了案件における管理会計手法の導入企業数 出所:中小企業庁「中小企業再生支援協議会の活動状況」よりタナベ経営作成     ただ、管理会計に比べ、経営ダッシュボードについては導入が進んでいない。前述したJUASの調査報告書から企業各社のITテクノロジー導入状況を見ると、「VPN(仮想私設網)」や「パブリック・クラウド(SaaS)」、「ビジネスチャット」など社員間のコミュニケーションツールの導入が進んでいる半面、「経営ダッシュボード」の導入率は1割程度(13.2%)にすぎず、半数近く(48.0%)の企業は検討すらされていない。データを活用する重要性については多くの企業や経営者が理解しているものの、データを効率よく運用する仕組みの構築が遅れているようだ。     経営企画向けクラウドサービスの開発を手掛けるログラスが行った調査(「経営企画実態調査2021」)によると、経営企画担当者の73.7%が経営データの集計~分析結果報告までに8営業日以上をかけている(【図表6】)ほか、半数以上の担当者が予算策定に3カ月以上の時間を割いているという。予算関連業務に忙殺され、企業の羅針盤データとなる経営分析に時間がかかるというのが現状だ。経営企画部門のデータ集計や分析にかける時間を確保し、経営陣の意思決定を迅速化するためにも、管理会計業務のDXは不可欠であろう。     【図表6】経営分析を終えるまでの日数 出所:ログラス「経営企画 実態調査レポート2021」よりタナベ経営作成     もっとも、データの集計・分析をシステム化し、効率よく経営数字を活用できる仕組みを構築したとしても、経営者がデータや数字を活用しなければ意味がない。SheepDog(シープドッグ)が運営するITツール比較サイト「STRATE(ストラテ)」が全国の経営者・役員300人に実施したアンケート調査によると、経営者・役員の約3割(25.3%)が「経営判断や事業判断において風水や占いの結果を参考にしたことがある」と回答した。特に30歳代男性と50歳代女性の経営者・役員で占いや風水に頼る傾向が目立ち、全世代で最も多い約半数(ともに47.4%)が「参考にする」と答えていた。     またエグゼクティブ(経営幹部)向けの転職サービスを展開する経営者JPが行った調査によると、「意思決定には理屈を超えた何かがある」と答えた経営幹部が全体の7割を超え(71%)、「意思決定は合理的にできるものだと考えている」(28%)を大きく上回った。意思決定の裏には理屈で説明できない「何か」があると考えている人も多い。     しかし、経営とはトップの考えていることを、働く社員の協力を得て達成することである。経営者がスピリチュアル(精神主義)に傾倒し、占い師や風水鑑定士に経営の意思決定まで委ねるようだと社員からの協力は得られまい。経営者自身の趣味嗜好や感情論ではなく、「事実」(ファクト)、「数字」(データ)、「論理」(ロジック)に基づいた合理的判断を下す仕組みを構築することが求められよう。     ※「産業競争力強化法」に基づき47都道府県に設置された、地域の中小企業の経営再建を支援する公的機関