トヨタ自動車グループと直接取引する1次下請け企業のうち、最も多い業種(細分類)をご存じだろうか。自動車部品、金型、工作機械、樹脂製品などの製造業かと思いきや、そうではない。実は「ソフトウエア業」だという。
帝国データバンクの調査によると、トヨタ自動車グループ15社(主要子会社、持ち分法適用関連会社)の下請け企業は全国合計で4万1427社。2014年の調査開始以降で初めて4万社を超え、過去最大となった。そのうち1次下請け企業は6380社で、最も多い業種は296社の「ソフト受託開発」だった(2位は261社の「自動車部分品製造」)。2次下請け(孫請け)企業もソフト受託開発(1525社)が最多だった。(【図表1】)
【図表1】トヨタ自動車グループ/1、2次下請け企業の上位業種(2021年)
2014年の調査時点では、1次下請け企業が「自動車部分品製造」(221社)、2次下請け企業は「産業用電気機器卸」(964社)がそれぞれ最多を占めていた。近年、ソフトウエア開発の下請け企業が増えているのは、「CASE」※1と呼ばれる自動車のイノベーション(技術革新)が急速に進んでいることが背景にある。
トヨタ自動車は現在、EV(電気自動車)・FCV(燃料電池自動車)技術、AD(自動運転)/ADAS(先進運転支援システム)などの開発・導入を進めている。そのため、システムを制御する組み込みソフトウエアやAIの開発、各種実験データの解析といったデジタル分野の取引企業が増えているのだという。
もっとも、この傾向はトヨタだけでなく、他の自動車メーカーも同様である。帝国データバンク横浜支店が発表した調査結果によると、日産自動車グループ8社の下請け企業(全国1万6458社)のうち、受託開発ソフトウエア業は1次下請け企業で3位(74社)、2次下請け企業では1位(631社)だった。(【図表2】)
【図表2】日産自動車グループ/1、2次下請け企業の上位業種(2020年)
今後はDX(デジタルトランスフォーメーション)や脱炭素社会の流れで「脱内燃機関」シフトが進む。既存の自動車部品産業はサプライチェーン(供給網)の見直しなどで需要が減少していく半面、従来は自動車産業と縁遠かったIT産業のビジネスチャンスが拡大すると予想される。
自動車産業は、関連業界の雇用規模が約550万人(就業人口の1割)、納税額は15兆円(日本の税収の15%)に上るという、日本経済の屋台骨とも言える基幹産業だ。経済波及効果は2.5倍(自動車生産が1増加すれば全産業で2.5倍の生産を誘発)※2と裾野産業も広範囲に及ぶ。
それだけに、自動車産業の取引構造の変化は、他産業に与える影響が極めて大きい。“EV元年”と呼ばれる2021年を機に、多くの国内企業が事業ポートフォリオ(自社が展開する製品・サービスや顧客などの組み合わせ一覧)の組み替えを迫られる蓋然性が高い。
現在、上場企業を中心に「事業ポートフォリオマネジメント」(事業構成の最適化により経営資源の最適配分と投資効率の向上を図ること)の重要性が高まっている。金融庁と東京証券取引所が2021年6月に公表・施行した「コーポレートガバナンス・コード」改定版では、事業ポートフォリオ方針の策定や開示に関する補充原則が新設された。上場企業は今後、取締役会で決定した事業ポートフォリオの見直しと経営資源の配分(設備投資・研究開発・人材投資など)について、株主の理解を得ることが求められる。
しかし、事業ポートフォリオの組み替えに対する企業の認識はさほど高くない。生命保険協会が投資家と東証1部上場企業に実施したアンケート調査によると、資本効率の向上に向け、投資家の8割(78.2%)が「事業の選択と集中(経営ビジョンに則した事業ポートフォリオの見直し・組み替え)」を企業に期待しているが、それを重視する企業は4割(38.1%)にとどまっている。(【図表3】)
【図表3】資本効率向上のため重視している取り組み(企業)/期待する取り組み(投資家)
また金融庁によると、資本効率向上の取り組みとして、「売上原価・製造原価の削減」や「販売管理費の削減」などコスト削減を挙げる企業が大半を占めた一方、「事業ポートフォリオの見直し」を挙げる企業は2割にすぎなかったという。
日本企業が事業ポートフォリオの見直しに熱心ではない要因として、本業(主力事業)に強くこだわるという傾向が挙げられる。経済産業省「企業活動基本調査」から主要産業(製造業、卸売業、小売業)の本業比率(総売上高に占める主業種の割合)の推移を見ると、いずれも2000年度から上昇を続け、特に製造業と卸売業は8割を超えている。
これは、「平成不況」(1991~2002年)や「リーマン・ショック」(2008~2010年)を機に非主力分野からの撤退(本業回帰)を進めた結果、多くの企業がリスク回避を最優先する経営体質が根付き、今もなお新分野や異業種への進出といった多角化の動きを抑えていることを示している。
とはいえ、経営学者イゴール・アンゾフの成長マトリクスの4象限で「多角化」(新規製品×新規市場)が挙げられているように、事業多角化(事業セグメント数の増加)はリスク分散や収益向上などの面で成長戦略には欠かせない。
実際、日本企業は経営効率向上のため本業を重視する傾向が強いにもかかわらず、多角化に積極的な欧米企業に比べて利益率が低い。3極(日本・米国・欧州)の企業の売上高純利益率を比較すると、米国(15.4%)、欧州(19.1%)に比べて日本は8.5%と2分の1の水準にとどまっている。(金融庁調べ、2021年1月26日)
投資効率も、近年の日本企業は低下傾向にある。財務省の「法人企業統計」から固定資産と粗付加価値(付加価値+減価償却費)の推移を見ると、固定資産の増加に対して粗付加価値が伸び悩みを見せている。そのため企業投資効率(粗付加価値÷固定資産)は1980年の83.2%をピークに下がり続け、2019年には32.1%まで低下した。(【図表4】)
【図表4】企業投資効率の推移
なぜ投資効率が上がらないのか。日本企業の投資配分に問題がありそうだ。生命保険協会の調べによると、中長期的な投資・財務戦略において、上場企業は「設備投資」を重視する一方、投資家は「人材投資」「IT投資(デジタル化)」「研究開発投資」など無形資産を含む投資を重視していた。多くの上場企業ではモノへの投資が優先され、コト(人材・IT・技術)への投資が二の次になっている。(【図表5】)
【図表5】中長期的な投資・財務戦略で重視している/重視すべきこと(3つまで)
企業は、現状の事業群が自社の持続的成長につながるのかという視点で、事業ポートフォリオを定期的に点検する必要がある。懸念や課題があればポートフォリオを組み替え、経営資源の配分を見直すとともに、新たな分野や新事業の人材・DX・開発などにバランス良く投資していくことが求められる。
事業ポートフォリオの組み替えで成功した日本企業の代表例がソニーグループだ(【図表6】)。同社は1980年度時点でエレクトロニクス事業が全売上高の100%を占めていたが、2000年度にはゲーム、音楽、映画などエンターテインメント事業が2割を超え、主力のエレクトロニクス事業が7割を切った。
【図表6】ソニーグループの連結売上高の事業別構成比推移(単位:%)
2020年度は、エレクトロニクス事業(エレクトロニクス・プロダクツ&ソリューション)が2割まで低下した一方、好調なゲーム事業(ゲーム&ネットワークサービス)は3割に上昇した。売上高は1980年度の9052億円から、2020年度には8兆9994億円と約10倍に拡大。当期純利益は2020年度で初めて1兆円を突破(1兆1718億円)した。
複数の事業群を展開するグループ企業は、各事業セグメントや子会社が自社の企業価値向上につながっているかどうかを年2回モニタリングするとともに、取締役会で事業ポートフォリオの見直しを議論する時間を設けたい。必要に応じて、カーブアウト(事業の一部を切り出すこと)や事業撤退・売却、また他社買収などにより、戦略的に事業ポートフォリオを組み替えていくことが持続的成長の鍵となりそうだ。
※1…Connected(コネクテッド:ネットワークとの常時接続)、Autonomous(オートノマス:自動化)、Shared&Services(シェアード・アンド・サービス:共有化、サービス化)、Electric(エレクトリック:電動化)の頭文字
※2…経済産業省「第4回カーボンニュートラルに向けた自動車政策検討会」提出資料(2021年4月28日)/日本自動車工業会「2050年カーボンニュートラルに向けた 課題と取組み」、トヨタ自動車2021年3月期第2四半期決算説明会資料/豊田章男社長メッセージ(2020年11月6日)より