その他 2020.11.30

企業の1割強が「経営理念を改定」
コロナ禍が経営姿勢の更新を迫る


2020年12月号

 

 

2020年1月、伊藤忠商事が企業理念を「三方よし」に改定すると発表して話題を集めた。三方よしは「売り手よし、買い手よし、世間よし」で知られる近江商人の商道徳。売り手と買い手の満足だけでなく、社会に貢献する精神を説いたものだ。諸説あるが、同社創業者・初代伊藤忠兵衛の座右の銘※1が起源とされる(ちなみに創業者が同じ丸紅は社是の「正・新・和」を改定していない)。

 

伊藤忠商事だけでなく、2020年に入って経営理念やミッションを新たに制定・改定する企業が相次いでいる(【図表1】)。“2020”という数字の切りの良さに加え、周年記念に伴うCI(コーポレートアイデンティティー)や中期経営計画の見直しが偶然重なったとみられるが、中には新型コロナウイルス感染拡大の影響で急速に変化する社会環境を意識したケースも少なくない。

 

 

【図表1】2020年中に経営理念(ミッション)を制定・改定した主な企業

※カッコ内は公表または改定した月
出所:各社ニュースリリースよりタナベ経営作成

 

 

このほど経団連が発表したアンケート調査結果(複数回答)によると、コロナ禍での取り組みとして「経営理念、存在意義(パーパス)、価値観を示す文章の改定」を挙げた企業が全体の1割超(約40社、「実施予定」を含む)に上った(【図表2】)。最も多いのは「経営トップからの社内・グループ内へのメッセージの発信」(85%、244社)で、事業を通して社会に貢献する経営理念を実践するといった前向きなメッセージが多かったという。また、今後の実施予定については「中長期経営計画への反映」(118社、41%)が最も多い。

 

 

【図表2】コロナ拡大後の実施アクション

※その他:イントラネットやオンラインツールを活用した従業員アンケートの実施や社内意見交換など
出所:日本経済団体連合会「第2回企業行動憲章に関するアンケート調査結果―ウィズ・コロナにおける企業行動憲章の実践状況―」(2020年10月13日)

 

 

近年、世界的に「パーパス・ドリブン」※2が注目されているように、日本でも経営理念(ミッション、ビジョン)に対する関心が高まりを見せている。企業が経営理念を重視するようになった理由として、大きく3つの要因が考えられている。

 

1つ目は、経営理念が企業の信頼度を左右するという点である。経済広報センターが2017年7月に発表した調査結果によると、生活者約1500人に「信頼できる企業」の要件を尋ねたところ(7つまでの複数回答)、「企業理念・経営理念がしっかりしている」(73%)が2番目に多く、7割を超えていた。「老舗」(5%)や「社会貢献・地域活動に熱心」(40%)を大きく上回り、生活者の経営理念に対する関心が極めて高いことがうかがえる。(【図表3】)

 

 

【図表3】信頼できる企業の要件(7つまでの複数回答、上位10項目)

出所:経済広報センター「生活者の“企業観”に関するミニアンケート」調査報告(2017年7月)

 

 

2つ目は、経営理念が社内でしっかり浸透している企業ほど、業績が良いということだ。経済産業省の「ものづくり白書(2019年版)」によると、企業の業績動向(2018年時点の売上高と営業利益)を1年前の調査結果と比較したところ、経営理念・ビジョンが全社員に共有されていると考える企業ほど、売上高、営業利益ともに「増加」している企業の割合が高かった。(【図表4】)

 

 

【図表4】経営理念やビジョン共有と売上高

※四捨五入の関係上、合計値は必ずしも100%にならない
出所:経済産業省「ものづくり白書(2019年版)」

 

 

3つ目は、仕事を通じて社会貢献をしたいと考える人が増えているということだ。内閣府が毎年実施している「社会意識に関する世論調査」(2020年1月調査)によると、「自分の職業を通じて社会貢献したい」と回答した人の割合(複数回答)が26.1%となり、約20年前(1998年12月調査:20.3%)からおおむね上昇傾向にある。(【図表5】)

 

 

【図表5】「自分の職業を通して社会に貢献したい」と答えた人の割合の推移

2017年1月調査から調査対象者を「18歳以上」に変更(それ以前は20歳以上)しているため、数値が連続しないことに留意する必要がある
出所:内閣府「社会意識に関する世論調査」

 

 

実際、こんなデータがある。工務店向け基幹システム開発会社のエニワンが、社員数50名以下の中小企業で働く1019人に経営理念(企業理念)の浸透の必要性を尋ねたところ、「必要」だと答えた人が約7割近く(69.5%)に上った。理由を見ると、「企業経営の方向性の明確化」(40.5%)や「社員のモチベーションの向上」(30.7%)、「社内に一体感が生まれる」(19.9%)などが上位を占めている。

 

消費者が企業の経営理念を重視する一方、企業で働くビジネスパーソンも仕事を通じた社会貢献を求めている。それが結果として、経営理念を重視する企業の業績(成果)につながっている。いずれにせよ、現在のような激変する社会情勢に組織として対応するためには、経営理念(ミッション、ビジョン)が全社員に共有されていることが大きなアドバンテージ(有利)になる。

 

もっとも、経営理念を「知っている」と「理解している」では雲泥の差がある。エニワンの調査では、「企業理念・ビジョンをしっかりと理解しているか」を聞いたところ、6割が「いいえ」と回答した。理解できていない理由については、「理想と現実の差が大きい」(36.0%)が最も多く、次いで「抽象的すぎる」(18.5%)、「企業理念に則って事業遂行した先が見えていない」(14.7%)、「企業理念が決定した背景がわからない」(13.8%)などが続く。(【図表6】)

 

 

【図表6】企業理念・ビジョンをしっかりと理解しているか

出所:エニワン「企業理念・ビジョンの浸透に関するアンケート」(2019年4月10日)

 

 

一方、経営理念の実行度についても、3割近く(28.9%)が「できていない」と回答した。実行できない理由を見ると「理念に対する社内教育制度がない」(30.5%)、「方法がわからない」(23.7%)などの意見が挙がった。経営理念を全社員と共有し、具体的な行動へつなげるには、理念の文言を一字一句暗記させるのではなく、正しく理解してもらうこと、そして理念を自分の仕事で「どう使うか」を教えることが今後の課題だろう。

 

とはいえ、そもそも理念自体に“追求価値”がなければ意味がない。米国の経営学者P.F.ドラッカーは、「リーダーが初めに行うべきは、自らの組織のミッションを考え抜き、定義すること」(『非営利組織の経営』ダイヤモンド社)であり、「焦点の定まった明確な使命がなければ、組織はただちに組織としての信頼性を失う」(『ポスト資本主義社会』同)と述べている。自社やチームが事業を通じて追求すべき「使命」は何か、経営理念やミッション、ビジョンにそれが反映されているかを検証し、基本的価値観の軸がぶれている場合は更新(アップデート)する必要がある。

 

 

※1…「商売は菩薩の業、商売道の尊さは、売り買い何(いず)れをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの」
※2…自社の社会的存在意義が事業の成長をけん引する経営