はじめに
人手不足、賃上げ、生成AI活用の拡大を背景に、中堅企業の人材戦略と組織課題は、いま大きな転換点を迎えている。採用、育成、定着、組織運営を個別に見直すだけでは対応が難しくなる中、人的資本経営の観点から、これらを一体で設計する重要性が高まっている。
本稿では、タナベコンサルティングが2026年5月に実施した「人材・組織の取り組みに関する企業アンケート調査」をもとに、中堅企業における人材戦略の現状と、採用・育成・定着・管理職・社内コミュニケーションに関する主要な組織課題を読み解く。
2026年の中堅企業を取り巻く人材環境は、これまで以上に難度を増している。コスト上昇と人手不足が続く中、2026年春闘では賃上げ率が3年連続で5%台となり、採用・定着の前提となる報酬水準そのものが見直し局面に入った。加えて、生成AI活用の広がりによって、企業には単なる人員確保ではなく、「限られた人材でいかに生産性を高めるか」が強く問われている。
こうした環境変化の中で、中堅企業は採用・育成・定着・組織運営を個別施策としてではなく、一体で設計する必要がある。
中堅企業の人材戦略の現状:人的資本経営の取り組み状況
まず注目すべきは、人的資本経営に関する取り組み状況である。本アンケートでは中堅企業が約半数を占めるが、「特に取組みを行っていない」が37.4%と最多を占め、いまだ全体の4割弱が本格着手に至っていない。
実施している企業を見ても、「リスキリングへの取り組み」(28.5%)、「経営戦略と人材戦略の連動」(26.9%)、「人的資本KPIの設定・運用」(22.3%)など、いずれも2割台にとどまっている。
つまり、特定の打ち手に集中投資するというより、各社が手探りで複数の取り組みを並行的に模索している段階ということである。
もっとも、この“試行段階”のままでは済まされない状況も強まっている。
帝国データバンクの2026年4月調査では、正社員の人手不足を感じる企業は50.6%に達している。加えて、2026年春闘の最終集計では平均賃上げ率が5.01%となり、賃上げ対応は一部企業だけの課題ではなくなった。
人材不足や人件費の上昇圧力が続く最中、中堅企業は今、変化に耐えるだけでなく、「人材を定着させ、戦力化し、組織として機能させる」仕組みをどうつくるかが問われているのだ。
1.中堅企業のHR戦略:定着・エンゲージメント向上と活躍支援を優先
中堅企業における今後のHR戦略の注力領域として最も高かったのは、「人材の定着・エンゲージメント向上」(27.0%)であった。中小企業では「次世代リーダーの育成」、大企業では「戦略的な人材配置・活用」が相対的に重視される中で、中堅企業は“辞めさせないこと”、“活躍し続けてもらうこと”への関心がひときわ高い。
この傾向は、昨今の時流とも重なるものがあると言えそうだ。賃上げ機運の継続によって人材市場全体の報酬水準が切り上がる中、従業員は自社の処遇や成長機会を以前にも増してシビアに見比べやすい環境になっている。人手不足が慢性化する局面では、採用できるかどうか以上に、今いる人材をいかに惹きつけ続けるかが業績を左右する。
2.組織運営の課題:幹部・マネジメント層と現場のコミュニケーションギャップ
組織運営において見逃せないのが、階層間・部門間のコミュニケーションギャップである。
中堅企業の社内コミュニケーションの課題としては、「幹部・マネジメント層⇔現場」が31.1%で最も高いが、これはどの企業規模でも共通してみられる傾向であった。
特に昨今は、賃上げ対応、働き方の見直し、AI活用の導入、評価制度の再設計など、現場に説明し、納得を形成しながら進めるべきテーマが増えている。こうした変化局面では、幹部・マネジメント層が単なる伝達役ではなく、「経営の意思を現場の言葉に翻訳し、現場の課題を経営に返す」結節点として機能できるかが重要になる。
3.採用戦略:中堅企業は量より専門性・適合性を重視
採用面では、中堅企業が強化したい職種として「エンジニア・IT関連職」が25.5%で最も高くなっている。
ただし、企業規模別で見たときに、ここで極端に際立った特徴が出ているわけではない。むしろ注目すべきは、業種別に見たとき、特定職種への需要が業種の垣根を越えて広がっている点である。
例えば、中堅企業が強化したい職種として割合の高い「エンジニア・IT関連職」は建設・住宅で30.3%と最多であるほか、製造でも20.1%と上位を占め、DX人材の獲得競争がIT業界にとどまらず現場を持つ産業全体へ拡大している。背景には、施工管理や生産工程のデジタル化を担う人材を自社で確保しようとする動きがあると考えられる。
加えて、生成AIの活用が企業実務に入り始めたことで、求められる専門性も変わってきた。今後は高度なエンジニアだけでなく、現場業務を理解しつつAIやデータ活用を業務改善に結びつけられる“橋渡し人材”の重要性も増していると考えられる。
また、採用全体で最も重視されているポイントは「自社にマッチする人材の選定」(60.8%)である。これは、人を集めること以上に、早期戦力化と定着を見据えた採用へと重心が移っていることを示している。専門人材の獲得競争が同業種内にとどまらなくなっている以上、中堅企業には採用時点での見極めに加え、入社後に定着してもらうための処遇設計、働き方設計、キャリア設計まで含めた一貫対応が求められる。
4.人材育成:中堅・管理職層のマネジメント強化が成長の分岐点
教育・研修の実施状況を見ると、中堅企業では「全社的に計画的な研修を実施している」が58.0%と過半を占めている。一方で、「必要に応じて都度対応している」も20.0%存在しており、大企業と比べると、育成体系の整備にはなお高度化の余地が残されている。
「研修を実施すること」と、「育成が経営成果につながる形で設計されていること」は全く別物である。人手不足、賃上げ、AI活用、現場マネジメントの複雑化が同時進行する今、育成は単なる知識付与ではなく、事業変化に対応できる人材を計画的に増やすための投資として位置付ける必要がある。
さらに、今後強化したい育成テーマでは、中堅企業において「管理職のマネジメントスキル強化」が27.0%と、中小企業・大企業より高い。中堅企業は、組織規模が拡大する局面にあるからこそ、現場を束ねる管理職の力量が、組織全体の生産性やエンゲージメントを左右しやすい。
とりわけ重要なのは、この層を単なる“板挟みの調整役”として消耗させないことである。中堅・管理職層が、事業と組織を前に進める中核人材としてやりがいを持ち、成長実感を得ながら定着してくれるか――ここに中堅企業の人材戦略投資の真価が問われる。
5.定着施策:処遇・キャリア・1on1を含む再設計が必要
今回の調査で特に注目すべきなのが、離職理由の変化である。全体では、「処遇・待遇への不満」(48.1%)が最大の離職理由となり、「上司・同僚との人間関係」(38.4%)を上回った。さらに「キャリア展望の不透明さ」(35.5%)も高い水準にある。
また、中堅企業では「離職率10%以上」または「不明」の合計が33.0%となっており、一定規模以上の組織ならではの離職抑制の難しさと、実態把握の難しさが表れている。
2026年の雇用環境を踏まえると、より重く受け止める必要がある。賃上げの広がりと求人需要の高止まりを背景に、人材の流動性が高まり、特に専門人材や管理職層ほど、自社の処遇やキャリア機会を外部市場と比較しやすい環境になっている。従来のように「対話機会を増やす」「上司との関係を良くする」だけでは、離職抑制の決め手になりにくい局面に入っている。社内コミュニケーションの強化や1on1などの対話施策は引き続き重要だが、今後はそれに加え、報酬水準の見直し、キャリアパスの明示、育成と配置の連動まで含めた“処遇と成長機会の再設計”が求められる。定着とは、居心地の良さだけで実現するものではない。「ここで働き続ける理由」を制度と実感の両面からつくれるかどうかが、中堅企業の競争力を左右する。
まとめ
中堅企業の人材・組織戦略において重要なのは、採用、育成、定着、組織運営を個別最適で進めないことである。
採用では自社にマッチする専門人材の確保が求められ、育成では管理職と中核人材の底上げが急務となり、定着では処遇とキャリア形成支援の重要性が高まっている。さらに、こうした打ち手を実行する前提として、経営幹部・マネジメント層と現場のギャップを埋める組織運営が不可欠である。
すなわち、中堅企業に必要なのは、単発の人事施策ではなく、“経営と人材戦略の一体設計”である。
完全版のサマリーレポートでは、各設問の詳細データに加え、企業規模別・業種別の分析および提言を掲載している。中堅企業の人材・組織課題をより立体的に把握する資料として、ぜひご活用いただきたい。
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調査概要
アンケート名:人材・組織の取り組みに関する企業アンケート調査
調査目的:企業における人材・組織の取り組みについて把握し、今後の企業の成長と発展を支える提言を行うため
調査方法:インターネットによる回答
調査期間:2026年5月11日〜5月29日
有効回答数:372件
参考資料
帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2026年4月)」
帝国データバンク「生成AIに関する企業の動向調査(2026年3月)」
帝国データバンク「2026年度の賃金動向に関する企業の意識調査」