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コラム 2026.07.13

ミニマムタックス税制の見直しとは?
M&A・事業承継を検討する経営者が押さえるべき影響と対策

ミニマムタックス税制の見直しは、中堅・中小企業のオーナー経営者にとって無関係ではない。


正式には「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」と呼ばれる制度であり、株式譲渡益や配当所得などの金融所得が多い高所得者層の税負担の公平性を確保するために導入されたものである。財務省「令和8年度税制改正の大綱」では、特別控除額の引下げと税率の引上げが示されており、M&Aによる自社株売却や事業承継を検討するオーナー経営者にも影響が及ぶ可能性がある。


特に、M&Aで会社を売却したときの手取り額がどう変わるのか、ミニマムタックス税制の見直しで追加課税の対象が広がるのかは、早い段階で確認しておくべき論点である。本稿では、ミニマムタックス税制とは何か、令和8年度税制改正で何が変わるのか、M&A・事業承継にどのような影響があるのかを、公的機関の公開情報に基づいて整理する。


この記事の要点

  • ミニマムタックス税制とは、正式には「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」である。
  • 制度の背景には、金融所得の多い高所得層で税負担率が下がりやすい、いわゆる「1億円の壁」がある。
  • 財務省「令和8年度税制改正の大綱」では、特別控除額を3億3,000万円から1億6,500万円へ引下げ、税率を22.5%から30%へ引上げる見直しが示されている。
  • この見直しにより、M&Aによる株式譲渡益が数億円規模となる中堅・中小企業オーナーにも影響が及ぶ可能性が高まる。
  • M&Aや事業承継を検討する経営者は、売却価格だけでなく、税引後の手取り額まで見据えた資金シミュレーションが必要である。



ミニマムタックス税制の見直しとは? M&A・事業承継を検討する経営者が押さえるべき影響と対策

なぜ今、ミニマムタックス税制の見直しに注目すべきなのか

ミニマムタックス税制は、これまで「超富裕層向けの制度」と受け止められることが多かった。しかし、財務省が公表した令和8年度税制改正の大綱では、追加負担の計算の基礎となる特別控除額が大きく引き下げられ、あわせて税率も引き上げられている。これにより、M&Aによる株式譲渡益が数億円規模に達するケースでは、従来以上に追加課税の影響を受けやすくなると考えられる。


中堅・中小企業のオーナー経営者にとって、M&Aは単なる会社売却ではない。事業承継、人材確保、成長戦略、引退後資金の確保など、多面的な意味を持つ経営判断である。したがって、ミニマムタックス税制の見直しは、税務論点としてだけでなく、事業承継・M&A・資本政策・個人資産設計を横断する経営テーマとして捉える必要がある。


ミニマムタックス税制の正式名称は、「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」である。国税庁の説明では、これは「特定の基準所得金額の課税の特例」として位置づけられている。


ミニマムタックス税制が導入された背景――「1億円の壁」とは何か

ミニマムタックス税制の背景には、いわゆる「1億円の壁」がある。財務省政策研究所の論文では、所得税は本来、所得が増えるほど税負担割合が高まる累進課税である一方、株式譲渡益や配当所得などの金融所得には総合課税よりも低い税率が適用されるため、高所得層では実効税負担率が下がりやすい構造があると整理されている。


つまり、金融所得の割合が高い層ほど、見かけの所得水準に比べて税負担が相対的に軽くなりやすい。その是正策として導入されたのが、富裕層ミニマム税、すなわちミニマムタックス税制である。


現行のミニマムタックス税制の仕組み

国税庁の案内資料によれば、現行制度の主なポイントは次の通りである。


対象者:その年分の基準所得金額が3億3,000万円を超える個人

税率:3億3,000万円を超える部分に22.5%

開始時期:令和7年分の所得税等の確定申告から


ここでいう基準所得金額には、総所得金額だけでなく、分離課税の対象となる各種所得金額も含まれる。したがって、M&Aによる自社株売却で大きな株式譲渡益が発生した場合には、この制度の対象になる可能性がある。


出所:国税庁「特定の基準所得金額の課税の特例 -極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置-」、国税庁「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置について」


令和8年度税制改正でミニマムタックス税制はどう変わるのか

財務省「令和8年度税制改正の大綱」では、ミニマムタックス税制について次の見直しが示されている。


1.特別控除額が引き下げられる
追加負担を計算する基礎となる特別控除額は、現行の3億3,000万円から1億6,500万円へ引き下げられる。実質的には半減である。


2.税率が引き上げられる
税率は、現行の22.5%から30%へ引き上げられる。


3.適用時期
この見直しは、令和8年分以後の所得税について適用するとされている。


この2つの見直しにより、これまで追加負担が発生しにくかった所得水準でも、今後はミニマムタックス税制の対象になりやすくなる。特に、オーナー経営者がM&Aで自社株を譲渡する場合には、譲渡価格が同じでも税引後の手取りが変わる可能性が高まる。


ミニマムタックス
ミニマムタックスの仕組み

出所:国税庁「特定の基準所得金額の課税の特例 -極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置-」、国税庁「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置について」、財務省「令和8年度税制改正の大綱」をもとにタナベコンサルティング戦略総合研究所作成



M&A売却ではどのような税負担が発生するのか

株式譲渡益にかかる通常の税率

国税庁によれば、株式等の譲渡益は申告分離課税であり、上場株式等・一般株式等のいずれについても税率は20%である。内訳は、所得税15%、住民税5%である。さらに、平成25年から令和19年までは復興特別所得税が加わる。


M&Aによるオーナー株式の売却でも、この株式譲渡課税が基本となる。しかし、譲渡益が大きくなると、これに加えてミニマムタックス税制による追加負担が生じる可能性がある。

出所:国税庁「No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」


M&A売却時の追加納税額の簡易イメージ

以下は、オーナー個人の所得の大部分が株式譲渡益であることを前提に、公表されている税率・制度概要をもとに整理した簡易イメージである。実際の税額は、他の所得、控除、源泉徴収税額などにより変動するため、あくまで制度理解のための概算である。


株式譲渡益のイメージ 現行制度での追加負担イメージ 見直し後の追加負担イメージ
3億円 0円 0円
4億円 0円 約924万円
5億円 0円 約2,392万円
10億円 0円 約9,735万円
12億円 約1,197万円 約1億2,672万円

出所:財務省「令和8年度税制改正の大綱の概要」、国税庁「No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」、国税庁「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置について」をもとにタナベコンサルティング戦略総合研究所にて作成


この簡易試算から分かるのは、現行制度では追加負担が生じにくかった水準でも、見直し後は追加課税の対象となる可能性が現実的に高まるということである。M&Aで会社を売却する際には、売却価格ではなく、最終的にいくら手元に残るのかを事前に把握することが不可欠である。



ミニマムタックス税制の見直しは誰に影響するのか

次のような企業・経営者は、ミニマムタックス税制の見直しの影響を早めに点検しておきたい。


  • 人材不足や物価上昇などを背景に、単独での事業継続に不安を感じている企業
  • 後継者不在など、事業承継の方向性を整理したい企業
  • 第三者承継やM&Aを選択肢として検討している企業
  • オーナー個人の株式譲渡によって数億円規模の利益が見込まれる可能性がある企業

これらの企業では、企業価値評価や譲渡時期の検討と並行して、税引後手取りの試算を進めることが重要である。



譲渡企業側と譲受企業側、それぞれどう見るべきか


譲渡企業側――影響を受けるのは会社よりオーナー個人である

直接的な影響を受けるのは、通常、会社そのものではなく、自社株を保有しているオーナー個人である。したがって、譲渡企業側では、次の論点を早めに整理すべきである。


売却時期によって税負担がどう変わるか

株式譲渡以外の選択肢を含めた出口戦略をどう設計するか

売却後資金を、引退後資金、再投資、相続・贈与などにどう配分するか

企業価値向上によって税引後の実質的なメリットをどこまで高められるか


事業承継・M&Aは、価格交渉だけで決まるものではない。税負担を含めた総合設計が、最終的な満足度を大きく左右する。


譲受企業側――M&Aを後押しする制度もある

一方で、買い手側には、M&Aを後押しする政策措置も用意されている。中小企業庁によれば、「中小企業事業再編投資損失準備金(中堅・中小グループ化税制)」では、一定の要件のもと、株式取得価額の70%を準備金として積み立てて損金算入でき、特別事業再編計画の認定を受けた場合には、1回目90%、2回目以降100%まで積立率が拡充され、据置期間も10年とされている。適用期限は2027年3月31日までである。


また、2025年版小規模企業白書では、この税制について、成長意欲のある中堅・中小企業による複数回M&Aを集中的に後押しする観点から、適用期限を3年間延長し、準備金積立割合を最大100%、据置期間を10年に拡充したことが整理されている。


つまり、売り手側では個人課税の影響が重くなる一方、買い手側では政策面からM&A活用を促す流れも存在する。経営者は、この両面を踏まえて判断する必要がある。



M&Aは成長戦略としても有効

中小企業庁「2024年版中小企業白書」では、M&A件数は近年増加傾向にあり、2022年は4,304件で過去最多、2023年も4,015件と高水準であったとされている。また、事業承継・引継ぎ支援センターの相談社数と第三者承継の成約件数はいずれも増加傾向にあり、中小企業においてもM&Aが広がっていることが示されている。


さらに同白書では、2017年度にM&Aを実施した企業は、2017~2021年度に一切実施していない企業に比べ、売上高、経常利益、労働生産性を向上させている傾向が示されている。買い手側にとってM&Aは、単なる事業承継支援ではなく、売上拡大、市場シェア拡大、人材獲得につながる成長戦略でもある。


したがって、譲渡を検討する側にとっても、譲受を検討する側にとっても、M&Aをめぐる意思決定はこれまで以上に高度化している。税制、企業価値、成長戦略を一体で考える視点が必要である。



経営者が今から準備すべきことは何か

1.実行時期を含めた資金シミュレーションを行うこと

まず必要なのは、税引後手取りの試算である。M&Aを今すぐ実行するかどうかにかかわらず、譲渡益がどの程度見込まれるか、制度見直し前後で差がどの程度出るかを、複数パターンで確認しておくべきである。


2.出口戦略を設計すること

事業承継か、第三者承継か、株式譲渡か、事業譲渡か。出口の選び方によって、税務・法務・経営承継の構造は大きく変わる。税制改正を前提条件の一つとして、出口戦略全体を設計する必要がある。


3.自社の企業価値を把握し、磨き上げること

税負担が増える局面では、企業価値を高める重要性はむしろ増す。収益力、組織体制、人材基盤、ガバナンス、成長ストーリーなどを整理し、買い手から見た魅力を高めることが、結果として税引後の実質的な満足度にもつながる。


4.「決める前」に相談できる体制をつくること

中小企業庁の資料でも、事業承継・引継ぎ支援センターへの相談や成約は増加している。事業承継やM&Aは、決めてから相談するほど選択肢が狭まりやすい。構想整理の段階から、税務・財務・M&Aの観点を横断して相談できる体制を持つことが重要である。



まとめ――ミニマムタックス税制の見直しで経営者は何を確認すべきか

ミニマムタックス税制の見直しは、一部の超富裕層だけの話ではない。中堅・中小企業のオーナー経営者が自社株を譲渡する場面においても、税引後手取りに大きな影響を及ぼし得る制度変更である。


とりわけ、M&Aや事業承継を少しでも視野に入れている経営者は、次の3点を早めに整理すべきである。


ミニマムタックス税制の適用ラインがどう変わるのか

M&Aで自社株を売却したときの手取りがどう変わるのか

実行時期やスキームの違いで何が変わるのか


時間がないからこそ、「決めてから相談する」のでは遅い場合がある。情報収集と試算を早期に始めることが、納得度の高い事業承継・M&Aにつながるのである。



よくある質問(FAQ)

Q1. ミニマムタックス税制とは何か
ミニマムタックス税制とは、正式には「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」であり、一定以上の高所得者に対して追加的な所得税負担を求める仕組みである。


Q2. ミニマムタックス税制の見直しで何が変わるのか
財務省「令和8年度税制改正の大綱」では、特別控除額を3億3,000万円から1億6,500万円へ引き下げ、税率を22.5%から30%へ引き上げる見直しが示されている。 出所:財務省「令和8年度税制改正の大綱」「令和8年度税制改正の大綱の概要」


Q3. M&Aで会社を売却するとミニマムタックス税制の対象になるのか
M&Aで自社株を売却し、オーナー個人に大きな株式譲渡益が発生する場合には、ミニマムタックス税制の対象になる可能性がある。特に見直し後は、従来より低い所得水準でも対象になりやすくなると考えられる。


Q4. ミニマムタックス税制は中小企業経営者にも関係あるのか
関係がある。特に、中堅・中小企業のオーナー経営者がM&Aや事業承継の一環として自社株を売却し、数億円規模の株式譲渡益を得る場合には、税引後手取りに影響が及ぶ可能性がある。


Q5. M&A売却前に経営者は何を準備すべきか
税引後手取りの試算、出口戦略の設計、自社の企業価値向上、そして「決める前」に相談できる体制づくりが重要である。



事業承継・M&Aに関するご相談

タナベコンサルティングでは、事業承継・M&Aに関する構想整理から候補先選定、デューデリジェンス、交渉、契約、PMIまで一貫して支援しています。税制改正を踏まえ、売却・譲渡後の手取りまで見据えた検討を進めたい場合は、早めの相談を推奨いたします。



事業承継・M&Aに関するご相談
https://www.tanabeconsulting.co.jp/manda/


M&Aアドバイザリー/M&A一貫コンサルティング 譲渡・売却
https://www.tanabeconsulting.co.jp/manda/service/advisory_assignment/






出所一覧

財務省「令和8年度税制改正の大綱の概要」
https://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2026/08taikou_gaiyou.htm


財務省「令和8年度税制改正の大綱」
https://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2026/20251226taikou.pdf


国税庁「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置について」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/shinkoku/kiwataka/index.htm


国税庁「特定の基準所得金額の課税の特例 -極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置-」
https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/shinkoku/annai/gengaku/02.pdf


国税庁「No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1463.htm


財務省政策研究所『金融所得課税・富裕層課税の新たな展開』
https://www.mof.go.jp/pri/publication/financial_review/fr_list8/r157/r157_6.pdf


中小企業庁「中小企業事業再編投資損失準備金(中堅・中小グループ化税制)」
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/kyoka/shigenshuyaku_zeisei.html


中小企業庁「2024年版中小企業白書 第2節 中小企業の成長に向けた取組」
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2024/chusho/b2_3_2.html


中小企業庁「2025年版小規模企業白書 6.税制改正事項」
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2025/shokibo/b4_7.html