「創造的伝承」アルチザンシップ×モダンデザインの融合が生み出すブランディングとイノベーションを学ぶ
スペインは、古代ローマ時代からイスラム統治、キリスト教勢力の再拡大を経て現代に至るまで、多様な文化が幾層にも折り重なって形成されてきた国だ。カトリック教国としての伝統、ガウディの建築に象徴される革新性、キリスト教とイスラム教の融合などに代表される独自の文化は、訪れる人々を魅了し続けている。
近年は、スマートシティ化を推進しながら歴史的景観の保全にも取り組み、IoTなどの技術を活用した公共サービスの効率化や、市民参加型の意思決定を取り込んだ都市運営を進めることで、先進的な都市開発モデルを体現している。
また、現在はEU内でもトップの経済成長を誇っている。その背景には、観光業の回復や堅調な個人消費があるが、特にユニークなのはその移民政策にある。EU各国が移民規制を厳格化している反面、スペインは積極的に移民の受け入れを行い、国内の労働力不足を補っている。
産業においては、ワインやオリーブオイル、ファッションといった伝統産業を戦略的にブランド化する取り組みと、IT・バイオテクノロジーなどの新興産業を育成する政策を両立させてきた点が挙げられる。
例えば、トーレスワイナリーでは伝統的な製法を核に据えつつ、現代的なマーケティング戦略で価値を拡張しており、スペイン発ブランドもクラフトマンシップを土台に革新的なデザイン展開を行っている。
これらの事例は、伝統のエッセンスが最先端技術や新しいビジネス手法と結びつくことで競争力を生む、「伝統と革新のシナジー」を示している。今回のスペインの視察は、文化資産や既存の強みを生かしながら持続可能な成長戦略を構築するうえで、有益な示唆を提供する学びの場となった。
Altios(アルティオス)社訪問
~世界に価値を届けるトリガーとなるスペイン~
ALTIOS社は1991年創業、フランス本社の国際事業拡大支援コンサルティング企業である。世界26か国に40以上の拠点を展開し、グローバルな視野と現地密着の実践的アプローチを両立している企業だ。アジアにも拠点を持ち、各国企業間の橋渡し役として活動している。
同社は単なる市場参入にとどまらず、各プロセスで伴走しながら現地での持続的な存在感を確立することを目標としている企業だ。支援するクライアントは中小から大企業まで幅広く、国際展開の基盤構築や、単発の参入支援で終わらない長期成長の支援を得意としている。
Altios Iberia(スペイン&ポルトガル)においては、2020年にサービスを開始して以来、既に100社以上のクライアントを支援している。スペイン市場での成功ポイントは、マドリッドなどの主要都市での存在感およびスペインとポルトガル両市場の一体性の活用である。スペイン・ポルトガルには多くの大学やビジネススクールがあることから優秀な人材が多数輩出されることも特徴の1つであり、ビジネスを優位に進めることが可能となっている。
スペインはEUの中でも強いポジションを長期的に堅持しており、経済的に競争力のある国である。空港・高速列車・コンテナ港・高速道路が整備されており、ヨーロッパだけでなく、世界のロジスティックス・ハブとして機能できる国でもある。別の言い方をすれば、スペインはエコノミック・エンジンとも表現できる国だ。
この国への日本企業の進出は、他のアジアの国(中国、韓国、台湾など)と比較しても少ない。日本は世界的に見ても技術力と経済力があるにもかかわらず、ヨーロッパにおけるポジションが相対的に低い。これはある意味チャンスでもあるということだ。この流通のハブとも言える魅力的な国でのビジネス展開のポイントは、人間的な信頼関係を構築することだという。
良い意味でも「直接的な表現」を好み、日本とは考え方や文化が違うことは明白だが、自社の価値をヨーロッパに届けるための橋頭保として、スペインは注目すべき重要な国である。
講演の様子
ITコンサル企業 REACTID(リアクティッド)社訪問
~逆境で鍛えたITソリューション技術を世界実装へ~
REACTIDはデジタルおよび生体認証の本人確認プラットフォーム導入に関して30年以上の国際的な実績を有しており、その対象地域は欧州、中南米、米国にも及ぶ。
具体的には、書類(身分証)の認証、顔認証、虹彩認証、指紋、音声など、さまざまな識別技術を活用し、ID WalletやID Verifierといった独自ソリューションを開発してきた。
これらのツール開発により、迅速かつ安全な本人確認が可能となり、さらには政府、民間企業、公共機関の情報システムと連携して統合できるようになってきた。同社は、スペイン、ヨーロッパ、アメリカとのフィンテックビジネスをつなぐビジョンを掲げている。
フィンテックとは、金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた造語で、金融サービスと情報技術を結びつけたさまざまな革新的な動きを指し、登場してから20年以上経過しているソリューションである。
スペインにおけるフィンテックは、単に国内独自に行うというより、EU法制の枠組みの中で最適化が行われてきた。
現在のEU内ではさまざまな規制や規則が多くあり、他国から新しい技術を入れようとしても規制が厳しくて中々進めることができない。このような環境下で、30年以上の実績を持つ同社は、EU内・スペインでの展開が早期に可能で、また、その厳しい規制をクリアしているノウハウは、海外においても差別化要素となっている。
一番の強みは、1つの国で開発されたソリューションが欧州5大国への展開が早期に図れる点だ。また、ラテンアメリカ(中南米)においては、文化や言葉など共通する部分が多く、スペインはハブ的な役割も果たすことができる。このような環境があるため、スタートアップ企業も多く輩出されている国でもある。
EU内での厳しい規制を逆手に取り、その過酷な環境下で生み出させるソリューションは、世界的なポジションも獲得できる。これは、単なる技術開発としてではなく、国を超えたソリューションビジネスの展開モデルとして学びを得たのであった。
講演の様子
バルセロナ商工会議所
~市と連携し1つの経済圏(ユニット)をつくる強力な第3セクター~
15分以内で必要な店に出会えるバルセロナ。徒歩圏内に必要サービスが集積し、回遊性が高く、市内に40の商業地区が存在している。バルセロナ市には約1万5000店舗、バルセロナ県域では約2万5000事業者が存在している。
規模別構成は、家族経営の単独店舗が85%、中小(2〜25/30店舗、フランチャイズ含む)が10%で、残り5%が大手・国際企業となる。年間賃金の目安は平均総額2.5〜3万ユーロ(日本円で450万程度 ※1ユーロ183円で計算)だ。
その中での商工会議所の役割は、単に1つの企業を支援するのではなく、1つの区画をエコシステムとして考え、最適な提案を市と連携して行っている。
主な支援は下記の通りである。
・地区アイデンティティーを定義し、業種構成・テナントミックスを最適化
・必要店舗のプロ化支援と合同プロモーションを実施(面としての集客力を重視)
・出店/運営アドバイス(ワンストップ)
・許認可:市役所とのパーミット取得をフルサポート(手続きのノウハウ提供)
・B2B/国際化支援や視察/展示会などへ企業同伴、パートナー探索を支援
・人材:育成プログラム・求人支援(公共職業紹介との連携)
相談は無料で、課題に応じて関係機関や専門家を紹介するなど事業者と市や専門家とのハブ的な役割を果たしている。バルセロナの商工会議所は日本の会員制の地域総合経済団体とは違い、公法上の団体として位置付けられ、行政の諮問・協働機関かつ、全企業を対象にした「公的機能」を担っている。
講演の様子
バルセロナ・スマートシティ(22@ Barcelona)
~長期視点での付加価値投資「市民中心の都市計画」~
スマートシティとは都市に存在するデータ(人流・交通・環境・設備稼働など)を収集・統合し、意思決定とオペレーション運用に反映することで、都市サービスを継続的に改善する仕組みのことだ。このスマートシティを世界でもいち早く導入し、発展させてきたのが、スペインの大都市、バルセロナだ。
バルセロナは近くに空港もあり、観光地でもあるため収益性も高い都市である。2005年、元々工場地帯だった土地にシンボルタワーのトーレ・アグバール(Torre Agbar)を建設し、2013年以降、多くの特徴的なビルを建設してきた。
トーレ・アグバール(Torre Agbar)
中でも特徴的なのは、バルセロナ唯一の蚤の市、エンカンツ(Encants)である。かつて、蚤の市を残すか否かの住民投票を行い、結果、蚤の市は残す形となりエンカンツ(Encants)が建設されたのだ。この近代的な建物と中で売っている物のアンバランスさが、スペインらしさを反映している。
市場は3層で構成され、鏡になっている黄金色の天井には市場に集まる人々の活動が反射増幅して見える建築となっており、蚤の市が開催されているかどうかは、外からその天井を見れば分かる仕組みとなっている。
バルセロナ唯一の蚤の市エンカンツ(Encants)
中には多種多様なアイテムが並ぶ
住民主体の街づくりでは、中でも、歩行者優先のモビリティーを実現させる「スーパーブロック」が注目を集めている。碁盤の目状に区分けされた区画の一部をスーパーブロックとし、その内部の道路は地元住民の自動車、自転車、歩行者のみが通行できる仕組みだ。一般市民の意見が分かれる中でも、試行錯誤しながらルールを見直し、継続して取り組んでいる。
このように、バルセロナの大都市の中には、さまざまな「極端な新旧」や「賛否」が同居し、その中でイノベーションが生まれている。
FCバルセロナ「カンプ・ノウ」
~カタルーニャのアイデンティティーが可視化される公共空間~
FCバルセロナの本拠地「カンプ・ノウ」は現在改修中で、完成後は収容人数が約10万5000人に増える予定である。ヨーロッパ最大級となり、サッカー専用スタジアムとしては世界でもトップクラスの規模を誇る。
FCバルセロナは、スポーツ組織でありながら、地域文化・教育・市民性と結びついた物語をまとっており、スタジアムは、旗・言語・歌・振る舞いが一斉に立ち上がる、地域の自己表現が最も大規模に現れる場でもある。それゆえ、カンプ・ノウは単なる競技施設ではなく、地域の誇り・自分たちの場が可視化される場所でもあった。
「集まる」「声を合わせる」「同じ体験を共有する」こと自体が価値となり、そのブランドを形成している。
この場所は、「街の文化が集団で表現される場」として、劇場や広場に近い役割を持っている。実際に現場に立つと、その臨場感や、長年培ってきたブランドアイデンティティーやその歴史を目の当たりに体感することができた。
現在建設中のスタジアム
大迫力のスタジアム
ワイナリーBODEGAS ALANTERRA(ボデガ・アランテラ)
~その地域でしか体感できないエノンツーリズム~
マドリードのセゴビア地方は、標高約665m〜1000mの高原地帯に位置し、夏は40℃超になるほど非常に暑く乾燥し、冬は氷点下になるほど寒さが厳しい大陸性地中海性気候である。1年を通して降水量が少なく、空気が乾燥しており、昼夜の寒暖差が激しいのが特徴だ。
今回訪問したワイナリーは、セゴビアの北部、海抜980メートルの地にあり、標高、大陸性気候、そして土地への情熱が1つになった約25ヘクタールのブドウ畑を持つ家族経営のワイナリーだ。グアダラマ山脈を望む、ブドウ畑は素晴らしい眺望で、訪れた人々を魅了する。
我々はワインの製造工程を見学し、50名超が入れるテイスティングルームに案内された。試飲で用意されたのは、赤・ロゼ・白ワイン。過酷な気候条件で栽培されたテンプラニーニュ品種の最高ブドウを選定し、10日間の発酵プロセスを得て、アメリカンオーク樽で4カ月以上熟成されて製造された赤ワインであった。
ワインの生産地を訪れ、ワイナリー見学やブドウ畑の散策、試飲を通じて、その土地の風土・文化を楽しむエノツーリズムのビジネスモデルを体感することができた。
熟成中のワイン樽
試飲会場での集合写真
「伝統と革新のシナジー」を生み出し続けているスペイン
気候環境を見ても、北の極寒の地から、南アフリカからの熱波による灼熱の地まで幅広く内包するスペイン。ワインや食、ファッションなど伝統産業のブランド力を競争優位に変えつつ、フィンテックやデジタルID、スマートシティなど新領域で実装を進める国でもある。ガウディに代表される文化資産を「体験」として収益化し、官民連携で実証から市場展開へつなげることで、伝統を守りながら成長産業を育てる経済モデルを築いている国であった。
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村上 幸一
むらかみ こういち
タナベコンサルティング 常務取締役

林崎 文彦
はやしざき ふみひこ
タナベコンサルティング 北陸支社 副支社長

張 鎧瑩
チョウ ホイイン
タナベコンサルティング グローバルビジネス