2018年5月、タナベ経営代表取締役社長・若松孝彦が、米国シリコンバレーのテック系企業を中心に訪問した。今なおスタートアップ企業が日々生まれ、投資家が新しいアイデアを求めて集まるシリコンバレー。今回は視察企業の一部(Comet Labs、Microsoft、LinkedIn、Khan Academy)をご紹介したい。
Comet Labs
まずは、サンフランシスコを拠点に、有望なスタートアップや技術に投資を行っているComet Labsの共同創業者であるAdam Kell氏の話を伺った。Comet Labs は2015年に設立されたベンチャーキャピタル/インキュベーターである。特に初期段階のAIロボティクス分野への投資を行っている。
共同創業者のKell氏は、フォーブスが将来有望な30歳未満の30人を選んだ「30アンダー30」(製造業&エネルギー分野)に選出されたこともある
「これまでの技術が発展してきた歴史を見ても、新しい技術が台頭してくるときにはまずインフラが構築されます。それに合わせて新しいアプリケーションが出てくるという順番があると思います」とKell氏。
「インターネットもスマートフォンも同じ。AIも同じ順序(で発展していく)でしょう。そして、AIをサポートするインフラの発展自体が、これまでに比べてより広範にわたって行われると見ています。例えば、高速通信をサポートする5Gなどがインフラとして構築されています」(Kell氏)
「5Gの他に、インフラとしてはどのようなものが挙げられますか」という若松の問いに対して、「専用アプリのチップやセンサー、衛星打ち上げに絡んだ技術。基本的には物理的な環境をサポートするための、あらゆるインフラ技術を含みます」とKell氏。この用途に特定すれば、マシン間のコミュニケーションでは、ブロックチェーンが重要だという。
「インフラの分野では既存の企業が新たな分野としてスタートアップするのか。新たな企業が新たな分野としてスタートアップしていくのが多いのか」という問いに対しては、両社のミックスであるという。例えば、インテルは最近インフラとして使える技術を持っている3つの会社を買収し、新しい分野に備えている。同社のような規模の大きなプレーヤーが開発していくパターンが多いだろうと同氏はみている。
「クラウドコンピューティングもインフラの一つに挙げられますが、この分野は規模の経済がかなり有効に働くため、今後はスタートアップよりもアマゾン・グーグルなど既存の大きな企業が牛耳っていくでしょう」とKell氏。
また、技術の変遷の歴史を見ると、何らかの技術が生まれて、それが台頭した初期は数少ないプレーヤーが差別化を図り、収益を独占するが、(今のAI・ロボティクス分野では)比較的早い段階で技術が普遍化し、誰もが使えるようになってきているという。2013~14年にドローンの活用が始まったが、今は誰でも買えるようになっている。それほど、新技術が実用化・普遍化されるペースが速いのだという。
AI、ロボティクス分野は注目度が大きい分、資金も集まりやすい。「これから新たに台頭してくるインフラ技術は追い風になっていくでしょう」(Kell氏)
話題の自動化についてはどうか。製造現場でデジタル化を行う場合、必ず現場に「今は測定できていないけれど、測定することができれば役に立つと思うデータは何か」と聞くのだという。例えば生地を作るメーカーなら、生地の編み目の数を数えれば、糸の消費量や作業の量などを割り出すことができて便利だろう、といった意見が挙がる。
データの取得が終わったら、ネットワークにつなぐのが次の工程だ。すると、材料の残り具合などが分かる。そこまでデータが集まってくると、自動的に必要な材料をオーダーするということが3つ目のステップとなる。
自動化を進める時に難しいのが、データを集めただけではインフラの構築に費用がかかること。例えば自動運転車は1分間に何ギガバイトという情報を生成するため、データだけがあふれると扱いきれなくなり、余分な作業が発生する。「そうなると次のレイヤーを作ってネットワークでつなぐことが必要ですが、価値が生まれるのは自動化できた段階。そこにたどり着くまでには時間もお金もかかるので、結果をすぐに求める大企業にとっては取り組むのが難しいかもしれません」とKell氏。
Comet Labsが過去に支援した事例をいくつか紹介したい。
①3次元で正確に自分の位置が把握できる技術を持つ高性能のドローン。
②高感度の指先センサー。温度センサーも搭載しており、どれだけ熱を吸収するかを調べることによって、触れた素材の特徴がわかるほどの性能だという。これを生かして、まるで本革のような手触りのフェイクレザーを開発したりしている。
③デジタル式電動工具(カッター)。きれいな円などの図形を、フリーハンドで切り取るスキルがなくてもカットできる。切りたいイメージを紙にプリントしておくと、工具のカメラがそれを読み取る。あとはガイド通りにマシンを動かせば手軽に美しいカットが実現する。
④あらゆる音を聞き分けられるセンサー。工場などで発生する音を聞き分けることでエラーを見分けることができる。現場で機械の音を聞いたり、織機の編み目の数を音で数えたりといった用途が考えられる。
⑤既存の衛星地上基地(アンテナ)をネットワークでつなぎ、アンテナを自前で用意しなくても衛星通信を使えるようにしたシステム。アンテナを独自に建てるのには多くの費用がかかるが、このシステムを使うと世界の30以上のアンテナを安価に使用することができる。アンテナを貸し出す側は、現在使用していない帯域だけを開放するため、有効利用できる。
Microsoft
出迎えてくれたのはテクニカル・ソリューションズ・プロフェッショナルのGarth Honhart氏。サポートとサービスの両方に携わっている。
サポートとサービスの掛け持ちのような立ち位置というHonhart氏
「Microsoftは商品戦略・サービス戦略以外にどういったところに力を入れているのか」という若松の問いに対し、「クラウドに力を入れています。Surfaceのようなデバイスも作っていますが、どちらかというと他のメーカーがWindowsをサポートする商品を作るときに、最高のデバイスができるようにプッシュしています」とHonhart氏。
職場でGoogleやサイボウズなどが提供するグループウエアを使っている企業も多いだろう。Microsoftの提供する『Microsoft Teams』も、従業員間のチームワークを高める機能が多数盛り込まれている。チームチャットやオンライン会議、電話や顧客情報の共有管理などだ。手軽にチームでコミュニケーションを取れて便利だが、Honhart氏は「ハッシュタグ以上の機能を持っているシステムを提供する時は、(システムの使い方の)トレーニングを用意する方がよいと考えています。そうしないと、システムとして提供しているのに、使ってもらえないということが発生するからです。使ってもらうことが、一番大切ですから」と強調する。
ユーザーのシステム利用を助けるため、同社ではCustomer Success Manager(CSM:カスタマー・サクセス・マネジャー)と呼ばれる職務を2017年より設けた。法人向けのサポートを行う部門で、企業のビジネスゴールを支援・推進するサービスの活用方法を提案するだけでなく、その後も定期的にクラウドサービスの利活用状況を各種レポートに基づき定量的に検証することで、カスタマーの最終的なゴール達成を支援するというものだ。
社風について、Satya Nadella氏がCEOに就任した2014年以降、「失敗してもよい。素早くそこから学ぶ」という風土に変わったそうだ。また、同社はこのところ米国で広まりを見せている「NoRating(評価をしない)」という人事評価制度を採用しているので、失敗をしたからといってそれが即座に個人の評価に反映されることはないという。
LinkedIn
「ビジネス版のSNS」と説明されることも多いLinkedInは、2002年に共同創業者であるReid Ho?man氏によって開発され、翌年5月5日に正式リリースされたサービスだ。現在、全世界でおよそ5.6億人が利用しており、約60%が米国外からの登録である。LinkedInには誰でも無料で登録でき、これまでの職歴や自分の有するスキルなどを掲載する。自分の経歴やスキルを企業にPRできる一方、その情報を基に企業側が検索し、自社に加わってほしいスキルや経歴を持つ人材に連絡を取ることもできる。日本国内では約210万人ほどの利用者がいる。
LinkedInのビジネスモデルは、採用ソリューション、広告ソリューション、個人向けのプレミアムプラン(購読料)の3つの収益源から構成されている。2016年12月、LinkedInは米国Microsoftによって262億ドルで買収された。
現在は、CEOのJe?Weiner氏を筆頭に、Yahoo!、Google、Microsoft、TiVo、PayPal、Electronic Artsで実績を持つ役員によって運営されているLinkedIn。2015年にオンラインの教育プログラムを提供していたLynda.comを買収し、個人の能力を高めるためのラーニング分野にも力を入れている。
「企業が抱える人の問題としては、業務上で必要とされるスキルと従業員の現在持っているスキルにギャップがあったり、リーダーシップの能力を開発する必要があったり、また新しい課題を与えて従業員のモチベーションを高め、離職率を抑えたい、ということもあります。そのような課題を解決するためにラーニングシステムを活用していただいています」と話すのは教育分野を担当するMatt Clugston氏。
ラーニングの主な目的について、「変化の激しい時代、自分の持っているスキルがあっという間に陳腐化してしまうという現実があります。(私たちは)継続して新しいスキルを得る必要があり、それをサポートするサービスです。スキルにはプログラミングなどのハードスキルと人との接し方やチームワークというようなソフトスキルがあり、両方のコンテンツを用意しています。」とClugston氏は説明する。現在は6000種類ほどのオンラインコースを有しているという。
「自分がスキルアップすると感じられれば離職率が下がるといわれており、私たちはこのようなサービスを提供しています。また、講師がいて、一斉に学ぶというよりは、オンラインで各自が好きな時間に学べるという方が使われる率が高まっています」と同氏。
ラーニングには大きく2種類があるという。「ちょっとこれが分からない」というときに行う2分程度の短い学習「マイクロラーニング」と、しっかり時間をかけて学ぶ「マクロラーニング」というものである。今米国ではマイクロラーニングに注目が集まっているようだ。
シリコンバレーのテック系企業では、福利厚生の一環でランチを無料で提供しているところも少なくない。LinkedInでもヘルシーなサラダやサンドイッチ、コーヒーなどを提供
Khan Academy
無料で、誰でもどこからでも教育コンテンツを利用できる「Khan Academy」。話を聞かせてくれたのはシニア・インターナショナルプログラムマネジャーのShao氏
サンフランシスコから少し南下した、気候の良い地域「マウンテン・ビュー」に拠点を設けるのは「Khan Academy」。オンラインのラーニングサービスを提供しており、登録者数は全世界で7000万~9000万人ほど。月に2時間以上使用するアクティブユーザーの数も100万人だ。「算数」「数学」「理科」「歴史」といった教科から、「コンピュータープログラミング」「ミクロ経済」「マクロ経済」や「SAT」などの統一テスト対策、「貯金の仕方、予算の立て方」「賃貸物件と購入物件はどっちが得?」という一般向けのコンテンツまで、登録さえすれば誰でも無料で学習することができる。
全年齢を対象としているが、メインターゲットは5~24歳の若年層。現在36以上の言語でサービスを提供している(言語により対応教科は異なる)。個人で学ぶこともできるが、学校などの集団単位で使用することも可能だ。コーチ(先生)を登録すると、コーチは自分の指導する児童・生徒の学習状況をWeb上で把握することができる。
「教材は全て内部で作成しています。博士号を持った担当者が、専門知識や(博士号を取る過程で得た)教える経験を生かしてコンテンツ作りをしています」と説明するのは、シニア・インターナショナルマーケットマネジャーのIrene Shao氏。
驚いたことに、Khan AcademyはNPOであり、資金は全て寄付金で賄われているのだ。寄付者にはバンク・オブ・アメリカやビル&メリンダ・ゲイツ財団をはじめ、Google、ウォルト・ディズニー・カンパニー、AT&Tなどが名を連ねている。
Khan Academyは2005年、創業者でCEOのSalman Khan氏が、自分の従兄弟を手助けするために作ったのが初め。同氏は現在も、動画コンテンツを自ら手掛けているという。Salman氏はMITの3つの学位と、ハーバードのMBAを持つ。