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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2023.09.01

Vol.95 光を放てる伝統産業:榛原

榛原「蛇腹便箋レターセット」

巻紙から発想を得た便箋。折り目ごとにミシン目があり、長さを調節できる

 

 

そこに無理はないか

 

全国各地には数々の歴史を刻む伝統産業があります。木工や織物、塗り物、金属加工など、長年培ってきた技術を伝承して、今も奮闘を続ける事業者にこれまでたくさん出会ってきました。

 

ただし、21世紀の社会になじむものをどうやって商品化してゆくか、ここが非常に難しい。現代的なアイテムに無理やりはめ込むようなやり方では、魅力のある商品はなかなか送り出せません。だから苦労されているところが多いのでしょう。

 

考え方は恐らく大きく2つあります。1つは、蓄積してきた技術を生かしながら全く新しい商品をゼロから作り上げてしまう方法。もう1つは、伝統的な商品の形をあえてほぼ変えずに現代の生活の中に溶け込ませようとする方法。いずれにしてもやはり大変な作業になります。答えは簡単に出ないかもしれません。

 

そうした中、先日、とても興味深い商品を目にしました。今申し上げた話になぞらえて言いますと、過去にありそうでなかった商品にも感じられますし、捉え方を変えると昔ながらの商品にも見える。そんな印象なのです。だからそこに無理がない。というより、必然性のある商品開発姿勢によって登場した商品と思えてくる。もしかすると、伝統産業から生み出される商品のお手本の1つとなる存在かもしれません。

 

どんな商品か。その名を「蛇腹便箋レターセット」と言います。写真をご覧いただくと、どんなものかすぐにお分かりになるかと思います。風合いの優しい紙で作られた便箋なのですが、一冊の中に重ねて折り畳まれるように収まっているのです。

 

で、その便箋には等間隔でミシン目が入っており、使う人は望む位置で切り離せます。つまり、長い手紙をつづっても良いし(ミシン目のところでうっかり簡単に切れてしまうような作りではないので)、一筆箋のようにして短いお礼をしたためるのも良い(力をそんなに込めなくても、きれいに切り離せます)。値段は550円からと、思ったより手頃なのも良い。

 

 

ありそうでなかった

 

この商品を開発したのは、東京の日本橋に本店を構える榛原。1806年から一貫して和紙を取り扱ってきた老舗です。創業から2世紀余りが過ぎた2009年にこれを発売したそうです。念のために言いますと、この便箋、昔から存在した商品というわけではなくて、あくまで新規開発されたものです。私には、ありそうでなかった形の商品だなあと感じられました。

 

「この時代に手書きの便箋?」と思われる読者の方がいるかもしれませんが、考えてみれば、ちょっとメモを残すとか、アイデアをぱっと書くとか、手書きする機会は意外とあるものです。実際、手書き用の紙の手帳は、デジタル化全盛の現在でも国内で年間1億冊ほども販売されていると聞きます。しかも若い世代が手帳を携えていたりしますよね。

 

私が会社員だったら、ちょっと贅沢な使い道かもしれませんけれど、仕事机にこの便箋を忍ばせておいて、上司などの机に置く伝言を書き留める場面などで使ってみたい。

 

さて、この蛇腹便箋がどのようにして生まれたのか。同社の本店外商部、山田美香氏に話を聞いてきました。

 

山田氏はまずこう言います。「当社の財産は、紙を扱ってきたノウハウだけではないんです」。というと? 「さまざまな柄の原画がそうです」。ああ、確かにそうですね。同社の店舗を訪れると、「復刻図案ぽち袋」という商品が並んでいます。これがまた美しい。

 

 

蓄積を力に

 

同社では、創業以降残してきた昔ながらの原画をデータ化しているそうです。「データとして取り込むことで、新しい商品にそれらを生かすことができます」と山田氏は説明してくれました。ぽち袋にしても今回の蛇腹便箋にしても、その取り組みの一環として生まれた商品だったのですね。便箋の紙には、柄が薄く入っていて、それが良い雰囲気を醸し出しています。

 

さらに詳しく聞いていくと、蛇腹便箋を登場させた背景には、また別の蓄積があり、力になっていたといいます。それは、同社がこれまで作ってきた巻き紙や計測記録用紙の開発で得られた技だったそうです。言われてみれば、それらをほうふつさせる作りになっています。

 

こうして話を聞くと、蛇腹便箋がまさに必然性ある商品開発の下で生まれたことが理解できるかと思います。しかも、商品のありように無理がない。先ほどお伝えしたように、現代の生活シーンの中ですんなりと使いこなせるものになっていますね。

 

もう少し言いますと、便箋には柄が入っていると説明しましたが、いにしえの原画を用いているのに、これが新鮮に見えるのです。そこがまた面白い。これは私の感想ですが、便箋へのレイアウトの妙がそう思わせるのでしょう。その意味でも、古くさくないと言いますか、商品として無理がない。

 

 

OEMで100アイテム超

 

この蛇腹便箋、さらにもう1つ、注目すべき話がありました。榛原のオリジナル仕様の商品の他に、OEMによって世に送り出されているものも多種存在するそうです。例えば、東京の老舗である山の上ホテルの客室に備えられていたり、早稲田大学の公式グッズとして販売されていたりといった具合です。山田氏に尋ねたら「そのアイテム数は100を超えています」とのこと。これは相当に立派な数字であると思います。

 

「正直、OEMでここまでの受注があるとは予想できませんでした」と山田氏は言います。それだけ、商品としての強さが蛇腹便箋にはあったことの証しであると見て取ることができます。

 

同社が蛇腹便箋のOEMを積極的に手掛けてきたのには理由があると山田氏は話してくれました。

 

「OEMの仕事には、私たちが持っている図柄以外を使えるという楽しさがあるんです」(山田氏)

 

そういうことなのですね。同社がデータ化を進めてきた古い原画はオリジナル商品で生かす。一方、OEMの案件では、先方が有する図案(例えば、ホテルや大学のキャンパスを描いた絵などですね)をいかにレイアウトするかを考え抜く仕事ができる。そういうわけですね。

 

私が個人的に引かれたのは、名編集者であった故・花森安治氏が筆を取ったイラストをあしらっている「暮しの手帖」のOEM商品です。この仕事は榛原の担当者にとって、緊張感がありながらも実に楽しかった仕事だろうなと想像させます。

 

どうでしょうか。伝統産業から生み出され、業界外からもOEMの声がかかるほどに育っているこの商品から、各地の事業者にとっての良いヒントをいくつにも渡ってくみ取れるような気がしませんか。

 

 

 

Profile
北村 森 Mori Kitamura
1966 年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。
製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。
日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。
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