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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2023.05.01

Vol.91 原点を忘れない:しんぼり

しんぼり「チョコQ助」

観光客をメインターゲットに商品を展開していたため、コロナ禍で売り上げが激減。地元消費者向けに作った同商品は口コミで広がり、売り切れが続出する人気商品に

 

 

何のために始めたか

 

少し前の話ですが、2月下旬に茨城県桜川市の「真壁のひなまつり」を訪れました。

 

古い蔵が立ち並ぶ町として知られる真壁の家々にひな人形を飾って、来る人に見てもらおうという催しです。現在、類似したイベントは全国各地で見られますが、この真壁のひなまつりは、そうした中でも突出した人気を誇っていると言って良いでしょう。この真壁は大都市圏から遠く離れ、しかも公共交通機関の乏しい地域であり、行くのも大変な場所です。それでもコロナ禍の前は、2月初旬からの1カ月間、毎年10万人が訪れていました。

 

2023年は3年ぶりとなる縮小開催でしたが、6万人を集めたと聞きます。

 

どうしてこんなにも人気なのか。これは私の考えですが「その目的がはっきりしている」から、ここまでの人気を博しているのだと分析しています。

 

イベントを始めた2003年の春、地元商店主たちはこう思い立ちました。

 

「こんな寒い時期に、わざわざ古い蔵のたたずまいを見に来てくれる人が少数ながらいる。ならば、せめてちょっとでも、訪れる人をもてなせないか」

 

そうして、ひな人形を飾り始めたそうです。参加する家は、最初の年は20軒ほど。それがどんどん増えて、今では100軒を優に超えます(コロナ禍の前は160軒を数えていました)。

 

開始から20年を経た現在でも、真壁の人たちの合言葉はこうです。「客引きはしない、大きな音も決して出さない。あくまで来る人をもてなす姿勢を貫く」。この原点を明確にして全員が共有しているからこそ、真壁のひなまつりには温かみが感じられ、人をいざなっているのだと思います。

 

ターゲットは地元消費者

 

ここからが今回の本題です。原点を忘れないことがいかに大事か。これは真壁のひなまつりのような地域の催しに限った話ではなくて、商品戦略でも当然同じことが言えるのではないかと思います。

 

青森県八戸市にある地場の菓子メーカー、「しんぼり」は観光客に向けた商品に特化した企業でした。ところが、2020年のコロナ禍によって大打撃を被ります。観光需要が止んでしまい、売り上げは半減どころか、ほぼ成り立たない状況に追い込まれました。

 

ではどうするか。コロナ禍が一段落するまで耐え続けるか。いや、それでは会社が持ちこたえられません。同社の、製造部第二製造課主任である田村弘文氏は決断します。「地元に暮らす人に対象を絞った新商品を作るしかない」と。

 

同社にとって、地元消費者向けの菓子を開発するのは事実上初めてのことだったと言います。観光客向けと地元客向けでは、中身もパッケージの仕様も価格帯も全く異なりますから、もう全く別領域に挑むのに近い話でしょう。とは言っても、すでにある商品から全くかけ離れたものを作るのは現実的ではありません。田村氏はどうしたのか。

 

「割れたり欠けたりした南部せんべいを、利用できないかと考えたのです」(田村氏)

 

確かに、それなら、もうすでにある商品でしょうし、何より価格を低く抑えることが可能ですから、地元客の日常購入にも合いますね。

 

でも、そのまま規格外の南部せんべいを安く売るのでは太刀打ちできないはずです。同じような商品を販売する地場のメーカーはすでに多く存在していますから。

 

だったらと、田村氏は動きました。「あっ、チョコレートがあるかも、と頭に浮かんだんです」(田村氏)

 

想定外の完売続き

 

コロナ禍の前から準備していたチョコを使った新商品開発のことを、田村氏は思い出したのです。そして南部せんべいにチョコをかけてみたら「『おいしいじゃないか』と思いました」(田村氏)。

 

南部せんべいとチョコという組み合わせは既存メーカーも手掛けていましたが、線状にチョコがけする手法はまだありませんでした。

 

そうして2021年3月、「チョコQ助」と名付け、1袋200円台前半で売り出しました。手作業で製造するので、作れるのは1日に100袋ちょっと。ですから、八戸市内にある同社の直営店だけで販売したのですが……。

 

「毎日、瞬く間に商品が消えていきました」(田村氏)。地元に暮らす人がちゃんと振り向いてくれたのですね。実際、口にすると分かるのですが、チョコの甘みと南部せんべいの塩味のバランスが良くて、一気に食べ尽くしたくなるような出来栄えです。それがリピート購入を誘う要因となったのでしょう。

 

いっときは製造中止に

 

発売したのはコロナ禍の真っ只中の時期でしたから、購入するのは当初はもっぱら地元の消費者でした。ところが徐々にインターネットを通してチョコQ助の存在が全国に知れ渡りました。

 

観光客が少しずつ戻ってきた2022年の春には、1日に1000袋製造できるところまで増産をかけたのですが、それでも追い付かなくなった。そのころには地元スーパーマーケットにも卸していましたが、直営店を含め「1人3袋まで」と数量限定での販売となりました。すると、それがまた口コミを呼んで、人気はさらに上がるという循環になりました。

 

ところが2022年夏、チョコQ助は突然の製造中止に追い込まれます。暑さと設備不足によってチョコが固まらなくなってしまったのです。夏の間の2カ月、作るのを諦めざるを得なくなります。「苦渋の決断でしたが、できないものをできると言う方が、この品薄状態の下ではお客さまに対してさらに迷惑をかけると判断しました」と田村氏は振り返ります。

 

この休止によって、過熱していたチョコQ助ブームは去ったのでしょうか。いえ、ファンは待っていてくれました。その人気は全く衰えることなく、9月に販売を再開するや否や地元でも大きく報道され、再び品切れ状態になったのでした。現在では1日4000袋体制にまで整えられていますが、それにもかかわらず、今でも直営店、地元スーパーとも購入困難となっています。

 

同社にとってまさに救世主となったチョコQ助ですが、現在も購入できるのは八戸市にある直営店とスーパーが中心です。同社はネット通販も手掛けていますけれど、そこでは売っていません。なぜか。

 

「地元向け商品ですから」と田村氏は強調します。そうですね、コロナ禍の苦境の中で必死に作った商品を、他ならぬ地元の人たちが支えてくれた。だからこそ口コミで広がり、大人気につながったわけです。その原点を貫くためにも、今も販売エリアをほぼ地元に限っているのでしょう。

 

これだけの反響でも浮き足立たない。そこに意味があります。その結果、一時のブームだけで終わらず、売れ続けているのですね。

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。
製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。
日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。
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