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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2023.04.03

Vol.90 DX、もともとの意味は?:但馬漁業協同組合、ミライス

但馬漁業協同組合

新鮮なベニズワイガニをセンサー入りの箱に入れ、運搬中の温度や湿度などを記録。店頭のPOPから履歴を確認できる

 

 

ミライス

CG(コンピューターグラフィックス)で商品をデザイン。3Dプリンターとレーザーカッターを活用しながら木材を加工するため、早ければ受注翌日には製品を納品できる

 

 

「より良く」できるか

 

今回はDX(デジタルトランスフォーメーション)についてお話しさせてください。

 

そもそもDXって何なのか。そう問われると少し困ってしまうかもしれません。IT化の導入や推進と何が異なるのでしょう。

 

このDX、もともとは2000年代の前半にスウェーデンの大学教授が提唱したキーワードとされています。「デジタル化の技術によって、人々の生活がより良く劇的に変わること」を指す言葉です。

 

近年では、「企業活動の効率化を通して生き残りを目指すためにDXは不可欠」と言われています。そのことを真っ向から否定するつもりはありませんが、DXによって「より良く劇的に変わる」と表現される方が、私には納得できます。どうしてか。

 

現在「DXを意識しないと企業は時代に取り残される」といったように、経営者層を焦らせるような風潮があります。これはかつてのマルチメディア化などと同じ話のような気がします。でも、もともとのDXの意味合いを踏まえれば、「IT化を通して、何かを劇的に変える」ために動けば良いのだと、前向きな気持ちになれそうです。一度落ち着いて、DXの示す意味を考えた方が良いとすら思います。

 

 

DXでカニが大冒険

 

1つ、こんな事例をお伝えしましょう。兵庫県の但馬漁業協同組合が2021年秋に実証実験を行いました。身が繊細なために長距離の配送に向かなかったベニズワイガニを、何とか大都市圏に届けられないかと考えたからです。水揚げされたベニズワイガニを朝ゆでし、すぐさまトラックに載せて、昼過ぎに関西の都市部へ運ぶ実験でした。

 

「それのどこがDXなのか」「トラックの運転手が頑張るという話なのか」と思うかもしれませんね。いえ、この実証実験では、ベニズワイガニを但馬の港で箱詰めする際に、箱の中へセンサーを入れました。温度や湿度、衝撃度を随時測るためです。

 

そして、この履歴を消費者が閲覧できるようにしました。大都市圏のスーパーマーケット店内に掲示されたPOPにある二次元コードを読み込めば、それらの情報を確認できるという仕組みです。これによって、ベニズワイガニがどのように運ばれてきたのかを確認できるのです。

 

この実験、消費者には「香住ガニの大冒険」と銘打って告知されました。ネーミングが絶妙ですね。この結果、但馬漁協から配送されたベニズワイガニ300杯は、見事に完売したそうです。

 

DXによって、漁師さんも漁協も配送業者も、さらには消費者にとっても、文字通り「より良くなった」という話でしょう。

 

この事例から何が言えそうか。「目指したい姿がまず明確にあって、その手段としてのDXと踏まえることが肝要」ということではないかと私は考えます。

 

とはいえ、企業の競争力を強くし、独自性を会得するためのDXも確実に存在します(但馬漁協の事例にしても、結果的には漁協としての競争力を高めることとなっています)。

 

では、こんな事例はどうでしょうか。東京都府中市のミライスという企業の話です。2018年に第1号商品を出してから、4年間で売上高を初年度の10倍以上に伸ばしているそうです。

 

同社が企画・製造・販売しているのは木工商品。安いものであれば110円の小物、高いものは4万円を超える灯具です。それぞれの商品には東京都檜原村産のヒノキを素材にしているという共通点があります。

 

 

木があるじゃないか

 

同社の代表取締役である片桐勝利氏が起業したきっかけは、生活小物の多くが樹脂でできていることへの違和感でした。

 

「環境のことを考えたときに『このままでいいのか』と、ふと思ったのです」(片桐氏)

 

それは今のようにSDGsという言葉が浸透する前のことですから、動きとしては早かった方だと思います。

 

片桐氏は「『木があるじゃないか』と気付きました」。では、どんな木を使うのか。片桐氏はすぐにあることを知りました。東京都の檜原村が、実は世界有数の森を有していることを。

 

「もし、檜原村の木を使えたら、東京の素材で東京発の商品をつくれるという話です」(片桐氏)。片桐氏は檜原村を何度も訪れ、ある製材所の社長と交渉する場を持てました。

 

「製材所の社長はこう話してくれました。『自分たちはずっと建材中心の仕事をしてきた。でもこのままで良いのか。新たな領域を広げる好機になるかもしれない』と」(片桐氏)

 

この製材所は、建材よりもはるかに薄い6mmの板(つまり、加工に手間がかかる)を、快くミライスに提供してくれることとなったのでした。これで、何を原材料にするかが決まりました。でも、DXの話はまだ出てきませんね。ここからが重要なのです。

 

 

取引先が驚く翌日納品

 

檜原村の木材を使って、木工商品を製造するというところまでは進みました。さあ、それではどうやって商品化するのか。

 

「3Dプリンターとレーザーカッターを活用する。この手でいこうと判断しました」(片桐氏)

 

どういうことか。CG(コンピューターグラフィックス)で商品のデザインを起こして、このデータを基にそれらの機材を用いて加工するという話です。片桐氏はCGの専門家ではないので、起業するに当たってCG分野のプロをメンバーに加えました。

 

これがどのような効果を生んだか。取引先から商品化の依頼を受けると、翌日には商品を完成させて相手に届けることができるのです。念のため言いますと、試作品ではなくて完成商品です。「取引先の担当者はもうただびっくりします。こんなにすぐに出来上がるのかと」(片桐氏)。それだけではありません。この製造工程を採用することで、10個、20個といったごく小ロットでも、難なく注文に応じられる態勢にできたのです。

 

そんな情報は、業界をまたいで瞬く間に口コミで広がりました。

 

その結果、名の通った神社の木札のオーダーや、国産高級車ブランドのコレクターアイテムの発注など、取引先がぐんぐんと広がっていきました。開発を手掛けたアイテム数は1万点にも及ぶと言います。

 

「つまり、木工商品の分野をDXで変えたという話なのですね」と私が尋ねたら、片桐氏は笑って言いました。「やっとそのことを分かってもらえた感じです」。

 

大事なことを念押ししましょう。ミライスは、ただやみくもに「DXを実践しなきゃ」と焦ったのでは決してなかった。そこには目的が明確にあったということです。

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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