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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2023.03.01

Vol.89 目指すゴールと、その理由:東京丸惣

東京丸惣「U-shot」

スマホで撮影した写真や作成したイラストを、1枚張りの折り畳み傘の生地にプリントできるサービス。画像を専用サイトにアップロードするだけで、簡単にオリジナルの1本が作れる

 

 

傘の中心部に柄を固定するための穴を開けないので図柄のデザインを損なわない

 

 

先に決めるべきこと

 

商品開発に当たって重要なのは何なのか。この連載ではそこを明らかにしたいと努めてきました。たった1つだけ挙げるというのは難しいのですが、真っ先にやるべきことならば即座に言えます。

 

それは「ゴールを最初に決めてしまうこと」。どんな商品を作るのか、目指すところを端的かつ明快に言葉にするべきです。それと同時に「なぜ、そのゴールにたどり着きたいのか」もはっきりさせておけば、より良いと思います。

 

「なんだ、そんなの当たり前の話じゃないか」と思われるかもしれませんね。商品を開発する上で何を作るかを決めるなんて自明のことじゃないか、と。確かにそうなのですが、私のお伝えしたいことは次のような話だと言えば、ご理解いただけるでしょうか。

 

この連載で過去に取り上げた事例をひも解きながら説明します。記事のバックナンバーは、ウェブサイト「TCG REVIEW」でご覧いただけます。よろしかったら併せてご覧ください。

 

岐阜県関市の三星刃物が開発したチーズナイフは「どんなに硬いチーズでも柔らかいチーズでも、この1本でたやすくきれいに切れる」という商品でした(本誌2017年12月号、Vol.27)。同社によると、こんなナイフはそれまで存在していなかったそうです。でも、同社はそこを目指した。どうしてか。チーズを扱うプロは、チーズの硬さに合わせるようにして、何本ものナイフを使い分けざるを得なかった。その状況を打破したかったというのですね。で、悪戦苦闘の末に開発成就したのです。

 

もう1つだけ例を挙げましょう。本誌2018年3月号(Vol.30)で取り上げた静岡県の山本食品が作った金属製のワサビおろしです。ステンレス製なのに、料理人が使うさめ皮を張ったワサビおろしをしのぐレベルで、ワサビを驚くほどおいしく、しかも誰でも簡単におろせてしまいます。

 

この商品、同社は最初にこう目標を掲げました。「さめ皮のワサビおろしと『同じくらい』ではなく、『むしろこっちの方がおいしい』と思えるようなステンレス製の商品をものにする」。それはなぜかといえば、さめ皮のワサビおろしは扱いが難しいからなのです。ステンレス製なら洗うのもメンテナンスも、はるかに簡単で済みます。そして、試作を300パターン以上も繰り返した結果、それは完成しました。

 

 

何を成したいのか

 

この両者には共通項がありますね。「実際にできるかどうか、全く見当が付かないけれど、何を成したいのかだけは明確に意識できている」という点です。そしてもう1つは「それまでにまず存在しなかったものを作りたい」という思いです。中堅・中小企業におけるものづくりとは、つまりここが大事なのではないかと私は考えています。よそと同じことをしていては、大手どころも交えた価格競争に埋もれますから。

 

さて、大変お待たせしました。ここからが今回の本題です。

 

東京・中央区に本社を構える東京丸惣は、1949年の創業から傘を扱い続けている会社です。で、同社がちょっと面白い商品を開発・販売しています。「U-shot」という折り畳み傘がそれです。

 

値段は1万6500円(税込み)。「えっ、折り畳み傘がそんなに高いの?」と思われるかもしれませんが、もちろんただの傘ではありません。

 

スマートフォンなどで撮った写真を傘の全面に印刷可能で、オリジナルの傘をたやすく手に入れられるという商品です。オーダーは1本からでも大丈夫で、注文後1カ月から1カ月半で完成できると言います。これまでの実績を尋ねると、個人客だけでなく、ノベルティーグッズとして製作してほしいという企業からの問い合わせも多数、同社に届いているそうです。

 

「ずいぶんとニッチな商品領域だな」と、感じる読者がいらっしゃるかもしれません。もう少し説明させてください。

 

東京丸惣の代表取締役である相馬和之氏は、このU-shotを開発するに当たって、単に画像を印刷するだけではだめだと考えました。では何を試みたのか。普通、傘というのは、骨に沿って何枚もの生地を縫い合わせて完成させます。それをやめて、生地の1枚張りにしたいと決断した。そうすれば、印刷する画像にズレが生じないからですね。さらに、単に1枚張りにするだけではなくて、傘の先端部に柄を固定するための穴すらも開けることなく、正真正銘の1枚張りを実現しようとしました(このページの写真に目を凝らしてください。傘の中心に穴は開いていません)。

 

こうすることで、図柄にズレが生まれないばかりか、使っているうちに雨が漏れてくるのも防いでくれる折り畳み傘が完成したというわけです。

 

 

その狙いは単純明快

 

こんなふうに生地を張った折り畳み傘というのは、これまでありそうで、ほぼなかった存在だと私は同社から聞きました。骨と生地の固定に新たな素材を使うなどして、どうにか完成したらしいのです。ただし、職人が仕上げる時間は通常の折り畳み傘に比べると3倍もかかるそうです。およそ3時間――。それでも同社は商品化に踏み切りました。またどうして?

 

相馬氏はこう言います。「傘に進化がないままの状態なのを、どうにかしたかったからです」。この言葉を耳にして感じることが私にはいくつもありました。

 

もし、画像を傘に印刷できるというだけの商品だったとしても、この傘はそこそこの反響を得られていたような気もします。でも同社はそうしなかった。相馬氏にとってU-shot開発のゴールは、「好きな画像を印刷できる傘を作ること」ではなくて、むしろそれはゴールに向かう過程だったとも捉えられます。この商品のゴールは「傘に進化をもたらす」ことだったのです。

 

成熟商品の領域で奮闘する企業はたくさん存在するでしょう。そうした企業が悩んでいるのはコモディティー化にどう対処していくかだと思います。技術競争が行き着くところまで到達してしまい、後は価格競争に陥るだけという状況になってしまうことをコモディティー化と言います。

 

では、そうした局面から一歩踏み出して、どう活路を見いだすか。このU-shotから1つのヒントを得られそうです。ゴールを真っ先に決める。たとえ「傘に進化をもたらす」といった抽象的な言葉でも良い。そこから始められる取り組みがあります。

 

そういえば、先に挙げたチーズナイフも、ワサビおろしもまた、成熟商品領域ですね。やはり、できることはまだ存在するのです。

 

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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