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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2022.12.01

Vol.86 最も大事なことを挙げるなら:東大阪ブランド推進機構|紋別市|「八丈レモンフェス」実行委員会

東大阪ブランド推進機構

「カニニカ」と小学生が名付けたカニの殻むきロボット

 

 

紋別市

「紋別タッチ」の様子。紋別空港デッキに立つ紋別セントラルホテルの田中夕貴氏

 

 

「八丈レモンフェス」実行委員会

2022年開催「第2回八丈レモンフェス」のオンライン配信風景

 

 

座組みより重要なこと

 

事業者や自治体が地域ブランディングを進める上で、最も大事なことは何か。全国各地を巡る中で、私はよく尋ねられます。

 

まず、最初の段階で大切になってくるのは、「座組み」の策定でしょう。座組みとは、何を、誰が、いつまでに、どのようなお金で完遂するかを決める約束事のようなものです。これを真っ先に固めないと、地域ブランディングの作業が途中で崩れてしまいがちです。

 

また、地域ブランディングの過程で迷いが生じないようにするためには「差別化にこだわらない」ことも肝要と感じています。差別化とは、結局のところ、よそを気にする行為です。他地域や他社の事例に振り回されて、袋小路にハマってしまうよりは「よそがどうであろうと、うちはここで攻める」と覚悟を決める方が、道の開けるケースが確実にあります。

 

さて、ここからが本題です。地域ブランディングで欠かせない要素は、今挙げたようにいくつか存在します。しかし、もし1つだけ最も大事なところを言えと質問されたら、私はどう答えるか。

 

それは「続けること」。これだと思います。「えっ、そんなシンプルなことなのか」と感じられるかもしれませんが、できそうでなかなか難しいのです。今回は3つの事例を挙げていきましょう。

 

 

成功を収めた、すぐ後に

 

1つ目の事例です。少し前の話になりますが、ものづくりの街として知られる東大阪市で、2015年から16年にかけて、地元小学生が考案した発明のアイデアを実際に形にしようというプロジェクトが立ち上がりました。主催は、官民連携組織である東大阪ブランド推進機構です。230を超えるアイデアが集まり、選考を重ね、その結果、2つの企画を現実に製造してみよう(ただし市販はしない)と決めました。

 

そのうちの1つは、カニの殻むきロボットでした。これがまた、ものにするのが極めて厳しい。しかし、東大阪の職人や経営者が半年以上粘って何とか完成させることができました。そのお披露目会の後の打ち上げで、1つだけ申し合わせたことがあったのです。それは「第2回を必ずやること」でした。「確かにきつい作業なのですが、続けないと意味がないと考えました」と、当時の理事だった河北一朗氏(株式会社カワキタ社長)は言います。「ようやく成功した」「ああ良かった」で終わってしまっては、せっかく盛り上がった協業の意識が途絶えてしまいますからね。

 

 

空港のデッキに毎日立つ

 

2つ目の事例です。これは最近の話。みなさん「紋別タッチ」という言葉を耳にしたことはありますか。羽田空港から北海道の紋別まで1時間45分、ANA便に搭乗して紋別に到着後、たったの40分後に、乗ってきた航空機で羽田にとんぼ返りする行動を指すのが、この「紋別タッチ」です。

 

往復すると、数十日前に押さえる必要のある超割引料金でも3万円ちょっと、普通運賃なら9万円台です。なぜそのようなもったいないことをするかと言えば、ANAの搭乗ポイントを稼ぐためなのです。ラウンジ利用をはじめとする数々の得点を得るのが目的。

 

搭乗ポイントを稼ぐためだったら、羽田から沖縄に飛ぶ方が効率的です。それなのになぜ紋別なのか。紋別には深刻な事情がありました。紋別空港に就航するのは、羽田と紋別を結ぶANA便だけで、それも1日1往復だけです。紋別と他の地域を結ぶ鉄道は1989年に廃止となっています。このANA便は、東京から紋別に医師を運んでくれる、まさに生命線の路線です。しかし、コロナ禍で搭乗率は30%ほどに落ち込み、このままでは廃止を余儀なくされる可能性があった。

 

地元の紋別セントラルホテル常務である田中夕貴氏が、ここで動きました。SNSを通して、航空マニアに訴えたのです。「ぜひ、紋別に飛んでください」と。そして、ポイント稼ぎに余念のない航空マニアが、その思いに応えました。

 

その結果、2021年度の紋別便の搭乗率は6.7ポイント増。これは「紋別タッチ」の効果であると、地元の方々は受け止めているようです。

 

多くのマニアたちが紋別をポイント稼ぎの搭乗に選んだのは、ただ単に紋別の状況を救う一助になろうとしただけではありませんでした。空港での歓待がすごいのです。わずか数十分の空港滞在ですが、カウンターで記念品をくれたり、土産物屋のスタッフが親切だったり、何より、航空機からタラップで降りると空港ビルのデッキでボードを大きく掲げ、手を振る人がいるのです。とんぼ返りで再び搭乗するときにも見送ってくれました。

 

誰がデッキで出迎え、見送ってくれているのか。それが前出の田中氏です。全くのボランティアだそうですが、なんと「去年の夏から1年3カ月、毎日ここに立っています」とのこと。なぜそこまでするのでしょうか。

 

「せっかく『紋別タッチ』で来てくれた人が『なんだ、自分のときは出迎えなしか』と落胆したら申し訳ないので」と言います。だから、多忙な仕事の合間を縫って、1日1便の到着と出発時に出向くそうです。

 

ちなみに1年3カ月続けて立って、「紋別タッチ」の搭乗客がゼロだったのはわずか4日だけと聞きました。すごい話ですよね。

 

 

たとえ形を変えてでも

 

3つ目の事例です。東京・八丈島にはいくつもの特産品がありますが、その1つがレモンです。古くから栽培されていて、果肉も皮も雑味がなくおいしいのですが、全国的には知れ渡っていません。

 

2021年、島で暮らす若い世代が中心となり、「八丈レモンフェス」が催されました。地元住民向けの小さなイベントでしたが、それでも300人は訪れて、盛り上がりを見せていました。別の仕事で偶然に八丈島へ出張していた私は、このフェスを見ることができました。

 

コロナ禍が続く中、2022年はどうなるのかと思っていたら、「第2回」がちゃんとあったのです。10を超える島の飲食店でレモンを使った特別メニューを3週間ほど提供していたほか、1日限定ですがオンラインで音楽フェスを開催。閲覧者は1000人を超えました。

 

実行委員会代表の千葉将太氏は言います。「オンラインでのイベントによって、島の外の人にもレモンの素晴らしさを伝えることができました」と。つまりはコロナ禍の苦しい状況を逆手に取ったわけですね。そしてさらに語ります。

 

「来年はリアルとオンラインのハイブリッドを実現したい」

 

形はどうあれ続ける。歯を食いしばってでも動く、という話です。

 

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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